みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

「止める蹴る」の現在地~名古屋グランパスの今、そして風間八宏の理論~

f:id:migiright8:20171102024830p:plain

最近出版された「技術解体新書 著:風間八宏西部謙司」。まず真っ先に「守備」の項目を読み漁ったのは私だけではないでしょう...。

さて、今回はJ1昇格に向けて残り3試合となった名古屋グランパスの現在地について。風間八宏本に触発されたままのテンションで書きます。名古屋は最近、今後の試金石となりえる強豪2チームと対戦しました。湘南、そして長崎。通常であれば戦術論を盛り沢山主観オンリーで書きそうな流れですが、風間さんのチームにそれは不要。あまり意味がない。何故ならそれを最優先で1年間やってきているわけではないからです。おそらく風間体制における1年目はこれで終わるんでしょう。基礎、基礎、基礎。ただやっていることにブレがないので、継続的に見ていくにはこれほど面白いチームはないというのもまた事実です。何が出来て何が出来ていないのか。どんな相手に通用し、また通用しないのか。さて、この2試合を見て改めて痛感した点を私なりに書いていきます。

「良い攻撃があってこそ良い守備が出来る」

風間さんの哲学はこれです。戦術論で守備がどうだと語っていても仕方がない。良い攻撃、それは「相手の陣形を崩せているか」と同義語。良い守備をするにはこの大前提が必要なわけですから、守備ありきで語っても仕方がありません。思い出してみるとこの1年間、トヨスポの練習のほぼ大半の時間をこの攻撃に充てているわけですから、このあたりも風間さんにブレはありません(異論があるのは百も承知)。ただ私は風間さんのチームビルディングで共感する点も多々あります。特に共感するのはまず何よりゴール前でのプレーの向上に取り組んでいる点。何のためにパスを回すのか、それは勿論ゴールをするためです。パス回しは目的ではなく手段。目的がはっきりしない中で手段の向上に励んでも仕方がない。まず目的がはっきりしていて、そこから逆算して考えていくその手法は素晴らしいと思います。ではゴール前のプレーのみ見ていればいいか。私はそうは思いません。何故ならゴール前に「ボールを運ぶ」必要があるからです。

名古屋のビルドアップvs湘南・長崎のプレッシング

湘南、長崎とあたる前、名古屋は東京V、FC岐阜レノファ山口に圧倒的な攻撃力を見せつけました。真っ向勝負を臨んできてくれる相手、守備組織に不安を抱える相手。具体的に言えばスペースをある程度名古屋に提供してくれるチーム相手には滅法強い。それが今の名古屋グランパスです。では湘南や長崎はどうだったか。結論から述べれば、彼らは先ほど挙げた3チームより強固な守備を誇るチームでした。特に「前からのプレッシング」「自由自在の可変スタイル」「リトリートした際のブロック形成」素晴らしく組織だったこの2チームと対戦した際、名古屋が最も苦労したのが前述した「ボールを前に運ぶ」ことです。

湘南戦で起きたワンプレーから紐解く名古屋の課題

さて、一応湘南のスターティングメンバーの確認です。

f:id:migiright8:20171029004746p:plainJ2屈指の3-4-2-1。ただし前から相手にプレッシャーをかける際は4-3-3に変わり、リトリートすれば5-4-1に変わる可変スタイルです。この戦術武装したチームが個の技術を磨き上げる名古屋に立ちはだかろうとしたわけです。前述したように今の名古屋はスペースさえ作れればJ2屈指の攻撃力を誇りますので、相手とすれば彼らの自由を奪いたい。シャビエルの加入もあり引いた相手を崩す技術も磨かれてきていますから、名古屋の出鼻を挫くにはやはりビルドアップを潰す必要があるわけです。

湘南のプレッシングの仕組み

 

f:id:migiright8:20171029010129p:plain

実線が名古屋のボールの流れ(番号が流れた順)、点線が湘南のプレスの方向です。名古屋の最終ライン3枚に対し湘南も前3枚で名古屋のボールを外に外に誘導していきますが、そこまで名古屋の最終ラインに対して深追いはしません。あくまで誘導するためのポジショニングや体の向きを意識しつつ、ボールの取りどころは別に用意しています。それが④のタイミングです。徐々に徐々に逃げ道を消していき、唯一の選択肢である④の田口へのルートでボールが動いた際に田口に対して4枚で囲える状態を作る。ポイントは丸で囲った山田のポジショニングです。最終ラインを深追いせず、方向づけだけしたらプレスバックして名古屋の中央を潰しに行けるポジショニングをする。あとは奪って得意のショートカウンターに移行するだけです。余談ですが湘南は徹底的に名古屋の左サイド(和泉)の背後を狙っていました。プレス位置が若干低いのも、奪ってからの圧倒的な走力に自信があるからこそです。勿論前からハメれる場面では前から潰しにいく。状態が悪ければリトリートして5-4-1を形成する。3-4-2-1のセオリー通り可変し名古屋に対応しました。せっかくなので長崎も。f:id:migiright8:20171029012524p:plain

見て分かる通り湘南よりもプレスの開始位置が高いのが特徴です。実線のワシントンから和泉へのパスに至るまでの流れがこの画像では分からない為、長崎の選手が名古屋のどの選手を掴まえに行っていたかを〇で囲っています。外へ追い込むチーム戦術という点で湘南との違いはありませんが、長崎の方がより高い位置で、尚且つ明確に対面する相手を掴まえに行く。ですので前3枚の運動量、プレス強度は相当なもので、方向づけはしながらも奪い取れるなら局面ごとで奪い取ってやろうという点が湘南との大きな違いです。

f:id:migiright8:20171029013530p:plain

これは先ほどの画像の後展開された場面です。長崎の3番飯尾が和泉にプレスをかけたタイミングで長崎のシステムは4-3-3に可変していますが、寿人にも右SBに可変した13番乾がしっかり前にでて潰しにかかる。長崎は高い位置でボールを奪い両シャドーの幸野と澤田のスピードで一気に名古屋ゴールへ向かい、ゴール前で圧倒的な存在感を誇るファンマが仕事が出来るよう、手数をかけず、高い位置で陣形を保てるプレスにこだわりました。チームの特色もさることながら、「誰がプレーしているか」個の特性をしっかり加味したうえで名古屋に対して戦略を立てています。

この場面を紐解く

f:id:migiright8:20171029021644p:plain

 

この画像は先程の湘南戦の場面の直前に起きていたことです。まずワシントン。ムルジャのプレスを警戒しボールを後ろ側に「運ぶ」選択をしていますが、このトラップで結果的に自身で選択肢を削っています。ボールを正確に「止める」ことを選んでいれば田口へのパスルート(縦)が存在しましたが、プレスを警戒しムルジャから逃げるように運んだことでそのルートは消え、同時にムルジャに寄せる時間を与えています。またこの後の櫛引へのパスも彼が前向きで受けれる右足側でなく、後ろ向きで受けざるを得ない左足側に送り櫛引の選択肢も奪うことになります。見て分かる通りワシントンがパスを出す前、櫛引の前方には縦につけるだけのスペースが存在しました。こういった細かい部分にもワシントンが相手のプレッシャーに動揺していることが窺えます。

f:id:migiright8:20171029022450p:plain

その後の櫛引です。窮屈な態勢でボールを受けたため視野の確保が出来ておらず、目線がボールにいっていることがこの画像からも分かります。唯一確認出来るポジションにいた宮原に預けますが、実際には宮原にも相手の左WB(29番杉岡)がプレスをかけに来ており、その後の状況は前述した通りの展開です。

名古屋のビルドアップはGKを組み込むことがほぼないため(武田になってから増えましたが)、相手が同数の3枚であててくると一つのミスで簡単にサイドに追い込まれてしまう実態がここにあります。個人的にはこの場面も櫛引が思い通りにボールコントロール出来ていないのであれば一度武田に戻すのも手かと思いますが、どうしても繋ぐ意識が強いため窮屈な選択をしてしまう。「そこまで求めるのは酷だ」と思われる方もいるかもしれませんし個人批判をするつもりもありません。ただここで満足してしまったらこれ以上は勿論ないわけで、チームが取り組んでいること、またチームのプレーモデルを考えれば本音はここまで求めたい。ここの水準が上がってこなければ上のカテゴリーに上がっても間違いなく苦労すると思います。サイドで縦に行きたいのではなく、そこのエリアで進むしか選択肢がなく意図的にボールの流れを作られている。その原因は相手の戦略だけではなく、自分たち自身にも課題はあるのです。

風間さんのサッカーは「繋ぐ」ことが目的ではありません。正確なトラップ、パスを駆使して「相手を崩しゴールを狙う」のが目的。では何故そこに正確な技術が必要なのか。それは「相手を見るため」です。相手を見るにはどれだけプレッシャーをかけられてもそれに屈することのない「視野」が必要になる。その視野を作るために正確な技術が必要なのです。正確にボールが止められればその分相手をよく観察できる。観察できれば相手の動き(風間用語でいえば「矢印」)が分かり、その逆を取れる。これは受け手も同様です。しっかり止めてくれればいつボールがでてくるかタイミングが分かる。同じように相手の逆を取ることが出来る。これが風間さんがいう「目が揃う」です。

何故このワンプレーを切り取ったか。この2試合の私の感想ですが、このレベルの強度で前からくるチームにまだまだまともにビルドアップが出来ていない。勿論彼ら二人だけの問題ではありませんが、同時に彼らが攻撃の出発点なわけです。風間さんがこういった志向のもとチーム作り(プレーモデル)をしている以上、彼らだけボールを闇雲に蹴るわけにもいきません。だからこそ風間さんのチームはCBの人選が最も苦労するのです。守備がどんな理論のもと作られているかは是非前述の西部さんの本を読んでいただきたいですが、それと同時にこのチームのCBにはこのビルドアップの技術が絶対に必要になる。風間さんは「型」というものをあえて作らない監督なので、余計に逃げ道がありません。頼れるのは己の技術のみ、です。湘南戦は後半からあえてシャビエルを左において、サイドを起点に人数をかけてボールを前進する形に変え逆転に繋げました。長崎戦はビルドアップの際小林の位置を1列上げ、玉田、田口も含めて中央に3枚配置して数的優位の形を作りつつ前進しようとした。風間さんなりに現状を受け止め、「勝たせる」采配をしているなと思いました。その意味でもシャビエルの不在はとてつもなく大きい。ビルドアップの場面での技術、ゲームを作る力。相手ゴール前での存在感。とにかく圧倒的です。そういった選手を欠くことは、このように相手が強くなればなるほど痛い。何故ならその「個」の力に頼れないからです。脱線しますが強化指定の秋山があれだけ重宝されたのもこのビルドアップへの関わり方、止めて蹴る、視野を確保する技術が圧倒的に上手かったからだと思っています。私がこの2試合を見ていて最も気になった点がこのビルドアップにおける基本的な技術の部分でした。

余談にはなりますが宮原は守備の安定感に加えボールを扱う技術がシーズン開幕時に比べ格段に上がりましたね。タッチミスがほとんどない。置きたい場所にボールが置けるのでちょっとのことでは動揺しません。相手をよく見てプレーを選択出来ています。来シーズンの去就が不透明ではありますが、このまま風間式に2~3年漬けておけば十分代表も狙える素材だと個人的に感じています。縦にも運べるようになりましたし、慣れました右SB。和泉は攻撃特化型に進化していきそうですが、なんにせよ名古屋の両SBは魅力的です。

次にこの試合を助けてくれた選手にも触れさせてください。

「風間理論など全く必要としない規格外の男、ロビンシモビッチ」

名古屋はこの絶体絶命の状況だった湘南戦、また先日の群馬戦でも彼の圧倒的な「個」に助けられてきました。でも彼は見ているととても面白い選手です。いや、あくまで風間さんの下でやっているという前提で見たとき面白い選手だなと。

f:id:migiright8:20171102010434p:plain

ロビンの特徴が詰まったシーンです。玉田が中央にいるロビンにあて、走り込む田口にダイレクトで落としたシーン。彼はこのエリアの中、長崎の選手が5人で密集を作りスペースがほぼない状況で平然とボールを受けられる能力があります。これだけのプレッシャーの中で。流石にこのエリアで持たれると相手がどれだけ警戒するかはこの実線(相手の目線)に注目すれば一目瞭然。彼はそもそも動かない。自分のポイントにくると判断したら相手を「外す」のではなく相手を腕で「止める」。これが彼にとってのボールを呼び込む合図です。自身の懐に収めれば絶対に取られない自信がある。だから彼にとってはこれがマウントポジション。これが活きたのが先日の群馬戦でした。

規格外です。「外す動きなどいらない」風間理論に逆行するこの圧倒的なプレースタイル。特に彼は腰から下にボールを入れてやると芸術品のような柔らかいタッチでボールを落とします。懐が深く、それでいて足元の技術が信じられないほど繊細。勿論高さという武器もある。ただ個人的に風間さんが描くプレーモデルから考えると、このポストになる際のプレーの質こそ最大の武器です。私は風間さんが名古屋に来て監督として手に入れた最大の武器は彼にこそあると思っています。何故なら風間理論で崩せなくても、相手を押し込むところまでもっていけば最終兵器として彼を使ってしまえばいいわけですから。その証拠として、風間さんはロビンがベンチの際、相手に追いつかれたりリードされた場面でほぼ間髪入れず彼の投入に踏み切ります。群馬戦も追いつかれた際ベンチを見ていましたが即決でした。それだけ押し込んだ相手、守りに入ろうとした相手にとって彼は脅威なわけです。

ただし彼が常にスタメンではない理由も存在すると思います。まずは守備。個人の力量勝負な風間さんですから、彼のファーストディフェンス能力、運動量、機動力はどうしても目につきます。例えば長崎戦のファンマと比べるとその違いは明らかです。

あと個人的にこれが最も気にかかる部分ですが、彼は前述したあのボールの呼び込み方をどのエリアでも同じように行うため、例えば湘南や長崎のように相手が前からプレスをかけている展開の際にその矢印(相手からすると前向き)の逆を取れない。要は相手の最終ラインに仕掛ける動きが足りない。なのでそこへのパスコースを塞がれると有効に彼を活用出来ない場面が度々見受けられます。だからこそ相手を押し込むために後方からのビルドアップがより重要になるわけですが、ここで躓くとボールが前進しない為、彼の位置が低い状態のままパスの受け方もあいまって攻撃が詰まる現象が起こります。彼は相手ゴール前でこそ活きる選手。だからこそ彼を使うには相手を押し込むのが絶対条件というのが私の考えです。

違いを見せた杉森

逆に群馬戦では杉森がきらりと光るプレーを見せました。

f:id:migiright8:20171102014250p:plain

この場面、宮原にボールが入る前のタイミングで杉森は相手の白で囲ったCBに対し宮原の前のスペースを使う動きで仕掛けを始めます。よく見ていただければわかりますが、杉森はこの動きの最中、相手にこの動きを抑えるための矢印がでたことに気づきその場で急停止しています。

f:id:migiright8:20171102015122p:plain

その後の流れです。急停止したことで相手CBと入れ替わった杉森は当初のサイドへのルートではなく、よりゴールに直線的な縦のルートに進路を変えることで相手の背中を取ることに成功。この後玉田に決定的な折り返しをしますが玉田が一歩届かず、という場面でした。

相手の最終ラインに仕掛けるとはこういった動きかと思います。おそらくロビンではこの動きは出来ない。ですのでどうしても相手の視野内でのプレーを強いられますから、相手の最終ラインを下げることもそのプレーだけでは難しい。このあたりのチームの特性、相手との噛み合わせでロビンを使うか否か、いまだに風間さんは試行錯誤しているのではないか、そんな印象を私自身は受けています。使う場面(相手を押し込めている展開)が限定されるのではないかと...。

f:id:migiright8:20171102024141p:plain

5レーン4レイヤー理論ともいいますが、特に横に4つのゾーンで区切った際の色掛けの2レーン(分かりやすいよう少し色掛け部分を離して表示)。相手のFW-MF間のライン、相手のMF-DF間のライン。このエリアで何が出来るか。風間さんはこの点を重視しています。ここが攻略できないとボールは前進しないと。この各エリアでどう受けてボールを出し入れするか。この点が風間理論では特に重要になるかと思います。

残り3試合、ビルドアップが上手くいっているか、止める蹴るは正確に出来ているか、相手の守備ラインに効果的に仕掛けられているか、この点を中心に見ていくとまた違う面白さがあるかもしれません。特にビルドアップ。「良いビルドアップなくして良い攻撃は生まれない」です。ではまた。