みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

赤い悪魔が「挑戦者」となったとき

力のあるものが相手を格上だと認め腹を括った。この凄みを知るにはこれ以上の試合はなかった。日本に土俵際寸前まで追い詰められるものの、自力でベスト8の舞台に辿り着いたベルギー。おそらくベスト16の面々で最弱の位置づけだった日本を倒した先に待っていたのは、優勝候補の筆頭ブラジルだった。

そしてこの試合で彼らは今まで見せてこなかった「チームとしての」真価を発揮する。

日本戦とは全く異なるプランでブラジルに勝負を挑むベルギー

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試合が始まり、日本戦とは配置もプランも全く異なるベルギーの姿に誰もが驚いたことだろう。ブラジルの最終ラインにプレッシャーをかける最前線にはデブルイネ、その両脇に立っていたのがアザールルカク。中盤は本来サイドプレイヤーであるシャドリを含め3センターで陣容を組んだベルギー。ただこの形はあくまで相手のビルドアップに対抗する手段の一つにすぎない。一旦ボールを保持すれば最終ラインは3枚に変化し、シャドリとムニエがワイドに張る可変式のシステムが特徴だ。ここから彼らが何通りものオーガナイズを見せていく中で、とりわけこの試合のゲームプランをはっきり示していたのがベルギー陣内でブラジルがボール保持した際の彼らの姿にあった。

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この試合、両サイドに位置したアザールルカクは自陣に必死に戻ることはせず、高い位置にあえて「残った」。代わりにトップだと思われていたデブルイネが残りの守備ブロック7枚とともに後方に下がる役目を担う形。この試合に臨むにあたり、彼らのプランをブラジル側が想定していただろうか。ベルギーが天秤に掛けたのは、前線を一人削って3センターにした際の振る舞い方だ。両ウイングもしっかり帰陣し、4ー5で強固なブロックを形成するか、前線に2枚の「槍」を残すか。彼らのプランが秀逸だったのは、結果後者のプランを選ぶことで、ブラジル側の攻撃の人数を割くことにも成功した点だ。

ブラジルはベルギーのプランに対してルカクにはミランダを、アザールには右サイドバックであるファグネルを、また数的優位を保つためにチアゴシウバを中央に残した。両サイドバックのどちらを後方に残すかと考えた際、マルセロではなくファグネルを残すのは当然だろう。よって基本的には右ウイングに位置するウィリアンは孤立しており、彼にボールが入りファグネルがフォローしようとアザールを離せば、アンカーのフェルナンジーニョがその空けたスペースにスライドして穴を埋めた。ただしそれらの移動を伴った際、例えばフェルナンジーニョが空けたスペースを誰が埋めるのか、そこまでの準備はできていなかったように感じる。逆にブラジルの左サイドに対するベルギーの考え方は、後方から攻撃参加するマルセロにある程度自由にボールを持たれても、ネイマール-コウチーニョ-マルセロに対しムニエ-フェライニ-ウィツェルで応戦するというものだった。

ブラジルで最も危険な左サイドのエリア。ここで起点を作られてもベルギーの同サイドに位置する選手(ルカク)は決して引こうとしなかった。この試合の戦略下におけるマルティネス監督の最大の賭けだっただろう。大きなリスクが存在しても、それを受け入れることで大きなリターンを取りに行った。これがこの試合における大きな肝となった部分である。ルカクアザールが頑なに前線に残り続けたことで、ブラジルの後方3人は完璧にピンどめされた状態が続いた。

これで試合の様相は「攻めるブラジルvsカウンターのベルギー」となる。

そして前半13分、ベルギーが均衡を破る。得意のセットプレーからコンパニのヘディングで先制。続く前半31分には日本戦を彷彿とさせる高速カウンターからデブルイネの右足一閃。「高さ」と「カウンター」。まさに彼らの飛び道具とも言える二つの武器でブラジルから二点をもぎ取った。特にカウンターはスピード、精度、破壊力。どれをとっても今大会No1だろう。

前半を通して見ると、ベルギーが前線に残した2枚(ルカクアザール)にブラジルが相当手を焼いた印象だ。ブラジルが押し込む時間が続いてもこの2人の選手が高い位置から離れないため、必然的に彼らをケアするブラジルの3選手と、ベルギー陣内で押し込んでいる残りの7選手の距離感は間延びした。ブラジルとすれば、ボールを奪われるとそのスペースを駆使してカウンターのスイッチを入れるデブルイネを止めることが出来ず、単純なベルギーのクリアにしても迷いなく前線の2人めがけて蹴られるため、そこでボールを収められてしまうと即ピンチを招くシーンが何度も発生した。ベルギーとすれば前線が数的不利という感覚はおそらくなかったのではないか。極論デブルイネも含めた前線3人で十分ゴールを奪える自信があったと推測する。特にアザールは珠玉の出来だった。ボールロストはほとんどなく、特にデブルイネとのパス交換を止められるものは誰もいなかった。対して右のルカクは二点目のカウンターの立役者でありながら、試合を通してマッチアップしたミランダにほぼ完封された。

そしてデブルイネ。あの役目を彼以上のクオリティでこなせる選手はいないだろう。彼なくしてこのプランはありえなかった。その意味で彼のポジションをこの大一番の舞台で最も得意とする前目の位置に引き上げたマルティネス監督の手腕は見事だった。そしてその効力は絶大だった。

このままでは終わらなかったブラジル

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ブラジルは後半開始のタイミングで右サイドのウィリアンに代えてフィルミーノを投入。また58分にはジェズスに代えてドグラスコスタ。この結果ブラジルの攻撃は左サイドに重心を置いたコンビネーションからの崩し、また右サイドに展開してドグラスコスタが1on1を仕掛けていく流れとなる。ベルギーとすればマルセロに人をつけていないため、彼にボールが入るとどうしてもアプローチが遅れ、再三にわたりこのゾーンを起点にサイドを抉られる展開が続いた。これは日本戦同様、彼らの「中」に圧縮した守備構造を突いた盲点で、フリーで受けるマルセロに加え、中央から左サイドに流れてくるネイマール、その背後で起点となるコウチーニョのトライアングルは相当に強烈だった。

73分にはパウリーニョに代えてレナトアウグストを投入。そしてその3分後、ベルギーの一瞬の隙をつく形でそのレナトアウグストが遂にベルギーのゴールをこじ開ける。

レーンを埋め、逃げ切りを図るベルギー

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一点差に迫られ、ベルギーは陣形の変更に着手する。83分にシャドリに代えヴェルメーレンを投入。4枚で守っていた最終ラインにヴェルメーレンを追加し、5枚でレーンを埋め、サイドから攻め込むブラジルに対しスペースを消すことで応戦する。特に右サイドのムニエ、中盤のフェライニやウィツェルは横移動を頻繁に繰り返していた為疲労の色も濃かっただろう。この戦術変更でかなり負担は減ったのではないだろうか。

87分にはルカクに代えてティーレマンスを中盤に投入。これで試合をクローズすることに成功したベルギーが、優勝候補ブラジルを破り見事ベスト8進出を果たす結果となった。

突然の戦術変更に対応した高スペック集団

この試合におけるベルギーは、日本戦で観た彼らとは全く別の姿だった。相手が格上であることを認め、自分達のエゴを捨ててピッチに立った。前線に攻撃的な3選手を置き、ボランチにデブルイネを置く超攻撃的な布陣は日本戦でも弱点を露呈していた。それは例えばセットした際のブロック守備におけるバイタルエリアの対応であり、ボールを奪われた際のネガティブトランジションの強度であり。個性が強い分、チームになった時の稚拙さも同時に持ち合わせる隙の多いチームがベルギーだった。

そんな自分達の弱点を認め、3センターでブラジルの攻撃を凌ぐ決断をしたこと。しかしながら最も自分達の武器になるカウンターの影をちらつかせ、ブラジルを牽制した見事な駆け引き。そして何よりそんなこれまでとは全く異なる戦い方を実践の舞台、しかもブラジルという最強の相手に対して完璧に遂行した選手達。高い戦術スペックを備える選手達が、一つの目標に対して意思統一できたからこそ可能となったこの戦略。

個々の圧倒的な技術やスピード、パワー。高度な戦術理解力。なによりそんな彼らに「チームとして」策を授けられる監督の存在。それらが全て高度に交わった結果がブラジル撃破という事実である。この試合を制するために、彼らは彼らにしか出来ない策を講じ見事にその目標を達成した。

それは私たちの応援する日本代表にとって、もしかしたら彼らに敗戦したあの試合以上に、世界のとてつもなく高い壁を知らしめられる試合になったのかもしれない。