みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

変わることなく、しかし変わった

話は昨年末まで遡る。

今さら思い出したくもないが、かといって(ブログを進める上で)避けては通れない話題なので仕方ない。

当時サガン鳥栖の評判は「不祥事」で地に堕ちていた。

migiright8.hatenablog.com

(今回のブログとは趣旨が逸れるため割愛するが)まさかあんなことになるとは思いもせず、(それなりの想いをもって)当時書いたブログは、そこそこの反響を得て多くの方に広がっていた。ただ、その後の顛末を受け、必要以上に自分ごととして落ち込んだことを思い出す。まあ....こればかりはどうしようもなかったのだが。

特に心を深く切り裂いたのは、「そんなものから生まれたフットボールなど認めない」という声だった。

自分が惚れ込んだあのフットボールは、多くの鳥栖サポーターが熱狂したその日々は、それを生み出すために毎日チームを磨き上げた現場の人たちの努力は、全部認められないのか。嘘っぱちだったと言うのだろうか。

そう自問自答して過ごす日々は、自分がフットボールを好きになってから初めての経験だったと言い切れる。

一つだけ、心に誓ったというか、決めたことがあった。

このクラブを追い続けること。追って、どう感じるか。あの日々は終わってしまうのか。それが知りたかった。

あの時、答えは見つからなかった。でも、多くの批判も全てを受け止め、それでも前に進むしかないのだ。進んだ先にもし何か見つかれば、「一年後」シーズンが終わる頃にこのことも書こう、実はそう決めていた。

問題があるとすれば、そもそもこのクラブに前へ進むだけの余力が残されるか。試練はここで終わりではない。

あの頃、ファンサポーターの気持ちはどうだったろう。

 

主力は去り、まさにチームは解体状態

2021シーズンを彩った主力たちはチームを去った。

解体とまでは言わないが、「ほぼ」解体状態であり、心が折れかかったファンサポーターも少なくなかっただろうと思う。これはなにも外部の人間に限られた話ではない。2020シーズンから積み上げてきた歩みが終わる。そう覚悟した現場のスタッフだっていたかもしれない。

ただそれでも月日は進むわけで、今季はやってきた。

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この沈みかかる船に〝即決〟で加わったのが川井健太。

しかし希望に満ちた船出だったとは言い難い。なにせサガン鳥栖の前評判は最悪。どこをみても予想は最下位。こいつら呪ってやろうかいや既に呪っていたがそれも致し方なし。むしろ今にも崩れさりそうなクラブを評価しろという方が難しい。私は評価していたが(ドヤ顔)。

ただ、このクラブがどんなフットボールを披露するのか、「順当に」弱体化するのか予想はつかなかった。だからこそというのか、それは一筋の淡い期待にもなりえるわけで、まさにびっくり箱を空ける気分だったというのが本音である。そう、あまりに未知数だったのだ。

迎えた開幕戦。その日は雪の降る特別な一日だった。


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待っていたのは、更なる〝革新〟。

あの衝撃あの鮮烈な姿を昨日のことのように思い出す。

もちろん試合を経てチームはブラッシュアップされていき、戦い方も洗練されていった。しかし一方で、あの日のインパクトに勝るものを探すのは難しい。

それはもう強烈なメッセージだったのだ。

「終わってない」「いや、ここからまた更なる進化を遂げるのだ」と、まるで号砲を鳴らすように。

migiright8.hatenablog.com

 

サガン鳥栖フットボールは「変わった」?

シーズンを終える今、改めて振り返っていきたい。

テーマは大きく分けて三つとなる。

  • サガン鳥栖フットボールは昨年から変わったのか
  • 川井監督はこのクラブに〝何〟をもたらしたのか
  • クラブにとって、今季にどんな意味があったのか

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まずは一つ目、鳥栖フットボールは変わったのか。

昨年も走って今年も走る、という見方もあれば、変わったと言われる方もいて、いろいろな見方があります(引用元:フットボール批評issue37)

シーズン中、川井監督はインタビューでこう答えた。

私は「変わっているようで、しかし変わらないままでいられた」と思っている。その意味を紐解いていきたい。

今季鳥栖の武器となった「岩崎悠人・飯野七聖のウイングコンビ」は昨年には無かったものだ。より厳密にいえば、その〝アイデア〟こそ斬新で、彼らを最大のストロングとし構築されたフットボールはまさに発明だった。

ただ、驚かされたのはその「新しさ」だけではない。

なにより驚いたのは、「変わらなかったこと」である。

あれだけ選手が入れ替わり、いやそもそも監督自体が代わったにも関わらず、ピッチには「鳥栖らしさ」が残った。それはハードワークを前提としたゲームモデルであり、相手に襲いかかるような(しかもマンツーを前提とした)ハイプレスであり、数的優位を築きながら後方から前進していく姿。そしてなにより、不思議と選手たちの〝個性〟が躍動し、観ている者たちに伝わること。

2020シーズンから作り上げてきた鳥栖のスタイルが、「リスタート」ではなく「ブラッシュアップ」した姿だったことが、観ている側とすれば何よりの驚きだった。私自身、例えばモウリーニョのように全く異なるスタイルで勝つだとか、或いは、ペップグアルディオラのようなカリスマ監督がチームを一から作り直して今があるのなら、このブログはきっと書かなかっただろうと思う。

解体したはずのチームが、何故かいまだ積み上がっていくような不思議なシーズンだった。だからこそ、その理由を自分なりに言葉に残したい衝動に駆られたのだ。

驚きと、歓喜。なぜこれが実現出来たのか。

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まずなにより、川井監督自身に新たな環境を受け入れようとする柔軟な姿勢があったことが挙げられる。

今回は鳥栖ということで、僕自身、ほぼきたことのない土地でした。ですから、クラブのカラーやその背景にあるもの、鳥栖の文化などを知り、そこに自分のエッセンスを加えないといけないなと、まずはそうした仮説を立てました。僕の中での鳥栖は、いい意味で九州の荒々しさがありながらも温かみもあるイメージだったので、そういうものをフットボールでどう表現していくか。就任当初は、その面白さやワクワク感をどうもっていこうか考えていました(引用元:エルゴラッソ Issue2622)

その上で、予算規模や選手の入れ替わりも意識した。

一般的に予算が少ない、選手の入れ替えが多いことはデメリットですが、それをメリット化することを含め、「ボールを前に運ぶこと」「ボールとともに前に行くこと」というコンセプトに集約していきました。(中略)そして、ゴール前にもう一人いなければいけないモデルを考えたとき、今の我々の武器である走力を活かせます。そこで終わるつもりはないですが、自分の頭の中で、パズルを組み合わせていきました(引用元:フットボール批評issue37)

川井監督の元々持っていたフットボール観が、鳥栖というクラブにアジャストされていく。極めつけはこれだ。

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まず、このチームでやることを決めた選手を『認める』。そのあとに特徴や武器を出してもらうんですが、足りないところを補うというよりも、そこを伸ばすのは自分たち指導者の腕の見せどころ

ここまで紐解いていくと、あることに気づいた。

実は、前任者と川井監督の「フットボール観」「鳥栖という土地・アイデンティティの解釈」「予算規模や選手構成に対する考え方」「個性の落とし込み方」が、かなり近いものであったことに(過去のインタビューをそれぞれ比較するとよく分かる)。ゆえに(本人は意識しなくとも)前任者が作り上げたものを理解し、発展させられるだけの感性や哲学が備わっていたように思うのだ。

この文脈で、更にもうニ点付け加えることがある。

一つは、2019シーズンまでの残留争いの現実を鑑み、「鳥栖らしいフットボールを作るのだ」と、二シーズンに渡って積み上げてきたものがあったこと。だからこそ、そもそも方向性にブレが生じなかった(クラブに目指すべき指標があった)。故にクラブ側とファンサポーター側の「目が揃っていた」ことも重要な点だ(それで苦しんだのが鹿島ではないか)。この二年で「鳥栖らしいスタイル(それは、インテンシティや運動量を〝ベース〟とし、ボールを運ぶこと)」が共有されており、クラブに対する雑音が少なかった印象を受けた。また、もう一点。これは目立ちにくい部分だが、昨年までのその歩みを理解している既存スタッフ陣の「残留」は、決して見過ごせるものでないことも付け加えておきたい。

〝ほぼ〟解体。しかし残っていたものは沢山あるのだ。

 

このクラブを押しあげた「隠れた要素」

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そもそも、解体し沈みかかる船を救える個性とは何か。

今シーズン選手には残留という言葉を一回も使っていません。結果はジャンケンみたいなところもありますが、結果の確率を高くできるのはプレーだけだからこそ、それを続けなさい、こだわりなさいと。

『難しい』と思ったことはまったくないです。『足りない』と思うことはありますが。

(引用元:Sportiva 2022.10.07インタビュー)

川井監督のインタビューを読んでいて感じるのは、ブレることのない信念、妥協なき理想の追求、そして自身が信じ進む道への揺らぐことなき自信といえる。

このシチュエーションと監督の姿勢に既視感があった。

2017年に初めてJ2で戦うことになった名古屋グランパス、そしてその沈みかかる船にやってきた風間八宏だ。

これは私自身が名古屋での体験から感じるのだが、もし窮地を救える人物がいるならば、それは自信家で、信念があり、ある種のロマンチストで、それでいて自分たちに常に目が向けられる、そんな者ではないだろうか。

よく目標を聞かれますが、僕の立場からすれば『残留です』と答えるのがハードルが低いので、一番ラクです(笑)。でも、選手たちはそういうものを見聞きして、指導者に対するイメージを膨らませるものだと思います。それが選手の中での監督像を形成していくことに繋がるんじゃないでしょうか

(引用元:エルゴラッソ Issue2622)

頑固というか、信念は強く持っているつもりです。信念を持つにあたって外的要因がそれを時にノーと言わせるわけですよね?たとえば試合に負ける、或いは選手が反発する。それはあり得ますけど、それで変わるのはおかしい。どんな状況でも信念は勝てると思っています。それは大切というか当たり前。ブレるという表現があるけど、ブレるということ自体本当は意味がわからない。僕は一択しかないから

(引用元:Sportiva 2022.10.07インタビュー)

新たなチームに誰もが疑心暗鬼で下(残留)を気にしてしまうそのシチュエーションで、一人だけ上(優勝)を見てそこに到達できると信じ今を進むことができる。

その存在が、どれほど選手たちやスタッフ陣、そしてファンサポーターに勇気を与えたことだろう。もちろん、実際のところは私には知る由もない。ただ、とはいえかつて名古屋でそれを味わったことがある立場として、私はどうしてもその力を過小評価出来ないのだ。

この姿勢はおそらく鳥栖に欠けていたものであり、川井監督が新たにもたらしたものといえる。また、あの時の鳥栖が〝なにより〟欲していた要素だったに違いない。

高みに上りつめたいと心から信じ、貫ける者の力を。

 

今季の鳥栖が出した一つの回答

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これまで鳥栖躍進の理由を私なりに追ってきたわけだが、最後、三つ目のポイントをなにより強調したい。

それは〝主体性〟というキーワードだ。

アプローチについて言えば、昨年と今年は真逆なんですよね。180度変わったと思います。(中略)選手には僕らコーチングスタッフが様々な提示をしますが、彼らがそれを見て、聞いて受け取るところへのアプローチが、昨年からいるスタッフに聞くと、180度変わったと。

(引用元:フットボール批評issue37)

僕は監督という職業でフットボールの試合をしますが、グラウンドで試合をするのは選手達なので認めてあげることを一番大切にしています。僕がやりたいことを〝やらせる〟のではなく、選手達に〝表現してもらう〟。だから選手のことを認めて〝託す〟

(引用元:エルゴラッソ Issue2622)

川井監督の言葉を読んでいて気づいたことがある。

それは、昨年の不祥事を経て、クラブの大きく変わった点がこの部分にあること。これまで見てきた通り、見方を変えればこのクラブは「変わらないままでいられた」。でも、きっと本当に価値があったのは、「ただ変わらずに済んだ」なんて単純な話でもないはずだ。

変わろうとし、しかし変わらないままでいられたこと。

つまり「異なる」アプローチを取り、しかし「鳥栖らしさ」は作れるのだと証明したことに本当の価値がある。

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「外の空気を入れず、縮こまっている」と感じた

川井監督がもたらしたものは、上を目指せるのだという〝自信〟、そして選手たちがフットボールを楽しめる〝環境(信頼と期待)〟だったのではないだろうか。

そうだ、ミシャのコメントは今季のハイライトの一つ。

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鳥栖の試合をお勧めする。とてもすばらしい戦いをしている。彼らはフェノメノ(驚異的なもの、非凡なもの)。ぜひ、鳥栖の戦いに注目してほしい

このコメントは、世間が受け取ったインパクトの何倍もサガン鳥栖に関わる人たちにとっては意味があった。

改めて鳥栖のファンサポーターの皆さんに伝えたい。

皆さんのクラブは、たった一年でここまで言わしめた。たった一年で、多くのものを皆さんに〝与えた〟。

あの時、皆さんがどれほどつらい思いをしたか、当時の私はきっと理解出来ていなかった。ただ、悲しいかな今季の名古屋も不祥事があった際に大批判を喰らった。自分ではどうにも出来ない。でも、何故だか自分の何か大切なものが抉られるようなあの日々を体感したとき、少しだけ理解できた気がしたのだ。あの時、鳥栖の人たちがどれだけツラく無念だったか。悲しい思いをしたか。

だからこそ、誇りに思ってほしい。

サガン鳥栖は、変わらなかったのに、変われたのだ。

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ただの良いチームで終わるか、頂を目指すか

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シーズンも残り四試合を残したところで、鳥栖は早々に残留を確定、そして川井監督の契約延長を発表した。

これが意味するところは大きい。

もはや鳥栖は昨年のように「J1だが試合に出られそうなクラブ」ではない。それは今季数多く加入した大卒組が今何人残っているか目を向ければ分かることだ。このクラブには熾烈なレギュラー争いが既にある。

それを来季に向け早々に「継続する」と宣言したのだ。

オフになると主力で引き抜かれる選手もいれば、レンタル期間を終え所属元に帰る選手もいるだろう。

ただ、一方でこれからは「鳥栖フットボールに挑戦したい」「このクラブで一旗あげたい」と野心を持った選手たちがこのクラブに集まるはずだ。激動の一年を経て、そのフェーズに入ったのだと確信している。

だからこそ、全ての鳥栖に関わる人が問われている。

この先どんな姿を目指すのか、どうなって欲しいのか。

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川崎さん相手に、いま非常に調子を上げている中で、対策を練ってやり合うというのももちろんありましたが、いま我々はやはり川崎さんを見習いたいとも思っています。そういう意味ではここでうまくかわしたとしても何も残らない可能性もあったので、僕は選手はできると思っていましたし、その中でただやはり差があったと。その差というのは今後埋められると思いますし、今日に関してはうまくいかなかった、ただそれだけです

今季のフットボールには一つ、大きな特徴があった。

それは前体制時より〝保持〟への強いこだわりを見せていたこと。相手を徹底的に研究・対策し、〝ボールを奪うこと〟に人一倍強いこだわりを持っていた前体制に比べ、今季の鳥栖はより〝自分たち〟にフォーカスしていた印象を受けた。しかも、ときに「意図的に」。

「この戦い方をしないと生き残れない」のではなく、「このクラブはもっとやれる」そんなメッセージだ。

ここに、川井監督のカラーがはっきりと表れている。

特に直近3試合は「今季の集大成」ではなく、「来季への足掛かり」に映った。クラブのステージをもう一段引き上げるために、この取り組みだけは譲れないと言わんばかりに。ときに結果の伴わないチャレンジには賛否両論がでる。「目の前の試合に勝つことだけに全力投球すべき」「自分たちの身の程をわきまえよ」と。

しかし、川井監督は本気だ。〝優勝〟を目指すことに。

今問われているのは、チームと、鳥栖のファンサポーターが〝目指すべき姿〟の目を揃えられるかどうかだ。

優勝争いは出来ないが、常に一目置かれるチームか。

横浜と川崎の二強を本気で追いかけ、優勝を目指すか。

どちらが正解かは分からない。どちらの未来(物語)がエキサイティングか、なら私の答えは一つだが。

ミーティングで選手に口走ることはあります。「日本サッカーの基準さえも変えられたらいいよね」と(引用元:Sportiva 2022.10.07インタビュー)

まず、どのチームとやったとしても〝自分達がパーフェクトにやれば勝てる〟というモノ作りはしています。(中略)一番したいのは横綱相撲です。相手が何を出してこようがドンと受け止めてはね返す。相手はお手上げで、土俵に上がる前から〝勝てないな〟と思わせるチームにしたいというのが将来的にあります(引用元:エルゴラッソ Issue2622)

サガン鳥栖は大きく変わろうとしている。

お金はないが魅力はある。そんなクラブが今、〝外〟から来た者によって本気で頂点を目指すべきだと、現状維持では駄目なのだと問いかけられているのだ。このリスクを伴った冒険に対し、〝内〟にいた者たちはどう応える。愛するクラブのポテンシャルを、どう評価する。

思い出すのは、鳥栖の礎を築いた者のこの言葉だ。

「サッカーを文化に。〝質〟を見ればサポーターの力で鳥栖を更に強くすることが出来る」

私はみたい。内容でも結果でも、二強を凌駕する姿を。