みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

タイトルに向けてさらば苦手意識

さて、『天敵』FC東京との準決勝がやってきた。

彼らとの対戦で波紋を呼んだ9月22日のリーグ戦。内容自体は素晴らしく、しかし、ゲーム終盤のラフプレーで試合後の様相は一変。惜しむらくは、ゲーム内容すらそのワンプレーのインパクトが凌駕してしまったことだ。


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ただ、今回はそのことに触れるつもりはない。

名古屋の前に立ちはだかる壁が川崎フロンターレだとすれば、『最も苦手意識が強い』のが、このFC東京ではないだろうか。なぜ、毎度彼らには苦労するのか。マッシモ、長友とイチャこいてる場合じゃないんだよ。ここからは、先日の試合で感じたことをまとめてみる。

結局のところ、FC東京をなぜ手強いと感じるのか。

 

一言でいって、個が強烈(元も子もない)

とにかくディエゴオリベイラが嫌なんです。

この結論でまとめたいところだが、ブログのボリュームに難があるので、以下、肉付けのために続けたい。

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ただ正直にいえばそれが理由だ。どっか行ってくれディエゴオリベイラ。前線と最終ラインの『個』が強烈。名古屋が苦手とする理由は、つまるところそれに尽きる。

Jリーグ史上でも過去に類を見ないほどの堅守でここまで勝ち上がってきた名古屋。その堅守のベースとなる前提は『構えた=セットした』守備である。もしくはリトリートした(=一旦引いた)守備とも言い換えられる。

常にリスクマネジメントし、人数を確保したうえで、一糸乱れぬ統率された守備が特徴の名古屋。しかも個々の守備スキルが高く、1vs1に絶対の自信を誇り、最終ラインの負担を軽減する二列目(サイド、ボランチ)の運動量は規格外と、ロジカルでありながらも実はめちゃくちゃ体育会系だからこそ、現在の堅守は築かれた。

つまり、非力な人間が緻密な組織に活かされ生まれた堅守ではなく、あくまで大前提は圧倒的な『個』であることは名古屋も同様。そのうえで嫌らしいほど守備に比重を置くからマッシモは憎たらしい(言葉遣い)。

ただ、仮に相手の個が上回れば。これが大きな問題だ。

先日の試合を観ていて感じた点。それは、東京の選手たちが名古屋の守備陣を苦にしていないのではないか、そんな疑問である。パワーで負けることもなく、狭いエリアでも卓越した技術で簡単にはボールを奪われない。さらにいえば、ポジショニングが良くも悪くも厳密ではない故、所々で密集が生まれ、結果として局所的に圧がかかる。具体的にいえば、それは『中央』だ。

さらにもう一つ、大きな特徴が『サイド』にもある。

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東京の配置をみると、常にサイドで一箇所は質的優位(担保)を設けているのが分かる。昨シーズンでいえば右サイドに位置したディエゴオリベイラ(でた)。先日の試合でいえば、左サイドのアダイウトンが該当する。

宮原和也をいたぶるアダイウトン。俺たち私たちのアイドル和也に対し、地上でも空中でも無許可でごりっごりに身体を擦りつける特権階級それがアダイウトン

さて、これらによってピッチ上に何が生まれるか。

それは、『後退する』名古屋守備陣となる。最終ラインが押し込まれ、全体が間延びする。結果として、中盤の選手たちの担当範囲が拡大する。中央に人数をかけられ、2枚のボランチでは対応不可となる。この悪循環。或いは、先日の広島戦でいえば、相手のハイプレスと徹底した名古屋最終ラインの裏を狙った動きにより全体が間延び。そう考えると、手段はともかく『名古屋の最終ライン』を狙われるのはどうやら都合が悪いようだ。

さらに、名古屋にとってはもう一つ難題が残される。

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屈強な東京センターバック陣だ。ただでさえ孤立気味な名古屋のストライカーに対し、彼らがそこへのルートを悉く遮断する。クバならなんとかするやろ!とたかを括っていたが、ここにオマリをぶつける長谷川健太(オマリの連行に成功したレバノンに乙)。全体が間延びすればパスコースは限定され、結果『相手に背を向けて』ボールを受けるケースが増える。一方で迎え撃つ相手は『前』に大きな矢印をだして身体をぶつける。

その結果、失点に繋がったのが先日の広島戦。

腹立たしいが良いケーススタディだった広島に感謝。

つまりだ。前後で起きるパワー対パワーの対決で、ことごとく劣勢に立たされているのが大きな問題といえる。横綱同士が小細工なしで正面からぶつかり、どちらが相手を寄りきれるか競い合う。裏を返せば、東京の得意な土俵にならざるを得ないのが名古屋の抱える悩みだ。ここでボール保持に舵をきれれば試合の様相も変わるだろうが、現状の名古屋はその手段を持ち得ないだろう。

乱暴な発言をすると、今のJリーグで名古屋の守備組織を凌駕する相手はほとんどいない。そして、そんな常識には収まらないクラブが川崎、東京だと考えれば、なぜか毎試合劣勢に立たされる状況も納得がいくのである。

 

強者と対峙し繰り返される試合展開

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結局のところ、『構える』は『受けきれて』成立する。

そう考えると、『受けきれない』相手に出会した時が最大の問題であり、マッシモ自身、今後のキャリアを踏まえても解決すべき点になるのかもしれない。

『マッシモに金を掴ませるな』この格言をご存知か。

ネタのようだが、実はこれが一つの真理、だ。守れる人間を中心に、チームの重心を後ろに置く。その分、前に出ていけるパワーと個で打開できる能力を備えた選手で得点をとる。ある意味、最もリスクがなく且つ効率の良い戦い方は、このリーグにおいて資金力のある名古屋と絶妙に噛み合った。但し、裏を返せば攻守に個のパワーで対抗できる相手に屈したとき、マッシモの戦術は悲しいかな破綻する可能性が高い。『個の能力で屈しない』、そう書くと何だか元も子もない気になるが、実際のところその前提で成り立つ戦術であることも確かだ。

そういえば、先日の東京戦でふと感じたことがある。

それは、この試合で起きた現象が、豊田スタジアムでの川崎フロンターレ戦に非常に似通っていたことだ。


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名古屋のセンターバック陣に対し、鬼神の如く振る舞うレアンドロダミアン。彼が最前線でイニシアチブを取り、結果として生まれた中盤のスペースを制圧する川崎のスリーセンター。サイドから中央に遠征し、何故かそこに加勢する家長昭博。『中央』で川崎に屈する中、『サイド』から和也を追い込む三笘薫。やっとのことで名古屋がクリアしても、孤立する名古屋の前線を何食わぬ顔で潰し続ける川崎の両センターバック

面白いのが、ここでマッシモが手を打った内容だ。

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山﨑に代えて長澤を投入し、米本をアンカーに置いたスリーセンターに変更する。そこにはおそらく二つの意図がある。一つは、中盤の人数を相手と揃えることで、攻守に対抗するため。もう一つは、前線の枚数が減る分を、長澤の推進力でカバーするため。勘の良い方は分かるだろう。この手は、先日の東京戦でも同様だった。米本に代えて長澤を、そして相馬に代えて木本を投入し、彼をアンカーに配置。以前と変わったことがあるとすれば、高さのある木本がアンカーで評価を上げていることであり、それはキムミンテ加入の影響が大きい。

これでひとまず『穴』が塞がるのは間違いない。

但し、毎度問題となるのは『どう得点を獲るか』だ。このスリーセンター、保持が前提の修正とは言い難く、チームの重心は後ろに重く残るのが事実。故に、前の枚数が減れば、その分、攻撃の迫力も削がれるだろう。

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また、他方では相手の保持を助長する可能性もある。東京戦で残った課題は『クバのワントップが果たして機能するか』だ。運動量に難がある彼のワントップでは、東京センターバック陣に規制が効かない点は気がかりだ。また、押し込まれる展開は更に悩ましい。動きの量が少なく、相手が潰しにくる圧を丸ごと受けてしまうからだ。ただでさえ孤立する中、しかも動きが乏しければ狙いは定めやすい。それもあってか、後半早々に彼とサイドに配置転換した前田直輝をセットでベンチに下げた采配は目についた。ニコイチ、ではないが、この二人は攻守に二人揃ってはじめて威力を発揮するのではないか。

チームのために走れないのなら次からの起用はないということは選手に理解してもらいたい。そういうことが許されるという雰囲気が少しあるので、私の中ではしっかりと線引きをし、そうでないと人の分も走らないといけないという負担が増えますし、そういうことは今のグランパスにとって必要ではありません。もう次の試合から、それを自分たちの中での当たり前とし、しっかりと線引きをして取り組みたいと思います

これは広島戦後のコメントだが、なんとも示唆に富む。

走らない方が上手くいくこともあるじゃねえかと思ってた人たち、反省しなさい。マッシモ怒ってるから。

私も反省します(正直、マッシモの作る枠以上のものを目指すには彼の常識すら超えていく必要があるはず。しかし、悲しいかな苦境に立てばたつほどそうも言ってはいられないジレンマが彼の戦術には内在する)。

さあ、そんなこんなでルヴァンでの再戦にどう挑む。

 

東京こそタイトルに向けた最大の障壁

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ひとまず長友の獲得に動くべきでは(ちがう)。

誤解してはいけない点として、毎試合『拮抗した試合が出来ている』ことだ。もちろん押し込まれるシーンも目立つ。しかし、大量失点はしていない。但し、得点がなかなか獲れない。んー、焦ったい。毎回、一点勝負になるわけで、その是非をどう判断するかだ。個人的には、名古屋側が常に劣勢の印象が強いため、『ギリギリの橋を渡っているな....』と感じてはいるのだが。

そんな危惧が結果として表れたのが先日の広島戦であり、先制点を許す展開だけは避けたいところ。

ただ、マッシモはこの土俵での戦いを選ぶに違いない。

その場合、修正点(見どころ)があるとすれば、前線の構成ではないか。ひとまずアンカーシステムにすることで安定を図るのであれば、ワントップのチョイスをどうするか。個人的には柿谷曜一朗を推したい。また、思い切って従来のシステム(4-2-3-1)で戦う場合はどうか。中盤にうまく加勢しながらボールが運べるタイプ、結果として東京のセンターバック陣とも正面からぶつからない噛み合わせだと様相も変わるかもしれない。

そこで思い出すのが昨季、豊田スタジアムの試合だ。


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おいおい阿部浩之はどこいったんだよ。マッシモ、俺たちの阿部ちゃんは秘密兵器にはたぶん向いてないぞ。

東京との戦いでここ近年、最も可能性を感じた試合にこちらを挙げたい。シャビエルと阿部ちゃんの『ゼロトップ』と、空けた中央のスペースに飛び込むウインガー。そして今だから告白できる、この試合に向かう途中に車のタイヤがパンクして、トヨタの某ディーラー店に大変お世話になったことを。だから猛攻を仕掛けた前半の冒頭を観れていないが、たぶんこれがベストに違いない。

さあ結論である。端的に、この東京戦こそが最難関だ。

俺たちは分かってる。マッシモや米本拓司、そして丸山祐市がどこよりもFC東京を意識していることを。彼らの強さを認めていることを。だからこそどうしても彼らに勝ちたいことを。タイトルを獲るために名古屋に来たのなら、自分たちが選んだ道が正しかったと証明するには、やはりFC東京こそ乗り越えるべき相手だ。

降格、昇格プレーオフ、残留争い、そしてACL出場権争い。いろいろあった。けれど、ちゃんと繋がってる。

次は、国内タイトル。これしかない。

拝啓、マッシモフィッカデンティ

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もうマッシモのことで書きたいこと、ないと思ってた。

でも、シーズンも終盤に差し掛かろうというこの時期に、何故だかマッシモを語りたい熱が妙にアツい。

その理由はどうすれば伝わるだろう。思案した結果、過去から順を追って白状するしかないとの結論に至った。ということで、いきなりだが私とマッシモとの馴れ初め(意味ちがう)を語りたい。受け取ってくれマッシモ。

 

好きとか嫌いではなく、興味が湧かない

まずは率直な想いから伝えていきたい。

正直、マッシモに対する想いが特になかった。これが本音。好きでもないし、だからといって特段嫌いでもない。まあ、興味がないのかもしれない。例えば風間八宏体制時を思いだせば、自分は必死に応援していた側。八宏を応援したいというより、変わろうとするクラブを応援したかった。しかし、他方では『風間だけは許すまい』な人たちがいたのも知ってる。その裏返しで、当時、風間八宏を支持していた者に対し、『アイツはマッシモを嫌いな奴だ』そう定義したい人もきっといる。

でも、自分は嫌いじゃない。率直に興味がないの。

その証拠として、こうやって文章を綴る機会が減った。文章を書くモチベーションは、『誰かにこの想いを届けたい』それだけだ。『想い』は、好きでも、或いは嫌いでも成立する。好きだから伝えたい、これだけ嫌いな理由を伝えたい。良くも悪くもそのムーブメントのピークが風間体制時にあったことは、SNSを楽しむ多くのグランパスファミリーがきっと認めるところだろう。

風間大戦争。そう、あれは戦争だった(気がする)。

余談だが、私には上記の理由以外に書くモチベーションがない。例えば昨今、書き手が増えた戦術の解説。或いは、率先して輪の中心に立ち自チームを盛り上げようとする内容。そういった欲、全然ないわ。良いと感じたから勧めたい、その欲だけが異様に強い。それはある意味で自己中心的な発想なのだけれど、だからといって自己を肯定して欲しいものでもない。好きなものを好きと言い、ただただこの想いを誰かと共感出来ればいいなと願う。つまり自己中なお節介だ。これは母親からの遺伝。

話を戻すが、マッシモに対してはそれが何もなかった。

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なんだか選手がロボットのように機械的で、一つのミスも許されないパーツのよう。ボールを保持することに拘りはなく、むしろ走ってる時間の方が圧倒的に長い。しかも、あろうことかそれが『守るため』ときた。美しさや華麗さとは無縁で、ボールを介した『人と人の繋がり』も感じない。いつも固定されたメンバーで、若い選手の台頭も乏しい。ていうか大卒新加入どこいった。

もちろん、これらは完全に個人の主観だ。

ただ、どうにもこうにも興奮出来なくなった自分がいた。ゴールが決まっても飛び跳ねて喜ぶような感覚はなく、試合を何度も見返すような日々は過去のもの。勝ったか負けたか、重要なものはそれだけになった。

でも、クラブのことは大好きだから(ていうかもはや人生そのものだ)、もちろん毎試合応援するし、行けるときはスタジアムにも足を運ぶ。例えそれが好みでなくとも、揶揄するつもりもない。だってそれもまた、個人の感想でしかないでしょう。だから、腐しても仕方ない。

ただ、結果だけの世界はやっぱ寂しいなって。だって結果だけを追い求めるなら、ミスは『恐れるな』ではなく、『してはいけないもの』でしょう。それがなんだか味気なく感じられて、正直に、魅力がなかった。今出来ることが全ての指標になるから、今出来なければ排除される。未完成品はこのチームには不要で、『可能性』なんて未知な言葉は、最も疑うべきものとなった。

結果を得るには勝つための戦略と戦術があることも理解してる。そこを読み解く楽しさがあるのも分かってる。でも、『今が全て』だったら、期待とか驚きって必要なくて。子ども育てるとき、我が子がどんな大人になるか分かってたら面白くないじゃん。『この子はどんな大人になっていくのだろう』そう想像するから、楽しい。

まあ、プロの世界で子育ての喩えはおかしいけれど。ただ、そうやって試合を観る喜びは削られていった。

そんな私が、どうにもこうにも最近夢中なのは何故だ。

 

ヤバい気づいたらタイトル争いの渦中にいる

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いきなり文章を書きたくなったのはどうしてだろう。

この疑問をなんとか形にしようとずっと考えていたけど、明確に言語化できるほどまだ整理はできていない。

ただ、そんな中でも、一つだけ気づいたことがある。

トップカテゴリーでのタイトル争い、めちゃくちゃ久しぶりなんだ。約10年ぶり。まあリーグは相変わらず厳しいけれど、その他にもルヴァン杯天皇杯、そしてなんといってもACLのタイトルも可能性が残されている。

こういうヒリヒリする戦い、いつ振りだよおい。


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燃えないはずないじゃん。ここまできたら勝ちたいに決まってるじゃん。要はさ、勝ち負けだけでも満たされるレベルまで、このチームが登り詰めてきたってことだ。ただ目の前の勝敗だけに人一倍こだわってきたマッシモについてきたら、いつの間にかここまでやってきた。

しかも、ここにきてやっとどの選手にも『個性』を感じられるようになった。プレーから『顔』が見えるようになった。それはきっと、マッシモが求めるタスク以上のものを表現できる選手が揃ってきた証だろうし、そのラストピースがクバだったのも間違いない。彼が入って、それぞれがそれぞれの場所でピースとしてカチッ!とハマった結果、観ていて『無理をしている』選手がいなくなった。いや、実際はめちゃくちゃ無理してるんだけど、それが自分の武器だと思ってる選手たちがやってるから違和感がない。直輝なんか、生まれ変わりだろ。

監督がマッシモでもクバはクバ。必要なピースだった。

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結果のみを追い求めてきた先にあった世界

さて、気づいているだろうか。

風間体制時、『もっとも魅力的なフットボール』を展開していた時期は就任から2年後。つまり2019年初期だ。

そして今、マッシモが就任してから、ちょうど丸2年。

ひたすらに勝敗に拘ってきたチームが2年後に辿りついた姿は、まさに『もっとも強いフットボール』である。

しかし一方では、将来へ向けた不安ももちろんある。

マッシモ体制後に今の財産はどれだけ受け継がれるのか。今この瞬間、未来への投資はされているのか。アカデミーには一貫性を感じるけれど、トップとちゃんと連携されているのか。ていうか大卒新加入どこいった。

このチームのピークも今なのかな。とことん風間体制期とは真逆の道を突き進んできたこのチーム、だからこそ起きる現象も似ているのかもしれない。ピクシー期の焼き直しでは、そう思う気持ちもないわけではない。

でもまあいいや。それで今すら楽しめないの勿体ない。

そう思えるのは、おそらく、ピッチでプレーする選手たちから『勝ちたい』という想いを感じるからだと思う。タイトルを獲りたい、そんな想いに、心が動くから。

マッシモが作った今のチームに、突き動かされる。

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あの川崎との2連戦から、よくぞここまで立ち直った。あれほど自信に満ち溢れ、国内無敵の川崎を喰ってやろうと立ち向かい、しかし、なす術なく返り討ちにあったあの2連戦から。8月15日の湘南戦以降、9勝1分4失点。あの川崎戦に至るまでの戦績、9勝2分1敗3失点。そう、完全に立ち直った。選手たちの不屈の精神と、結果をだし続けてきたマッシモに最大のリスペクトを。

結果だけを追い求めた先に何があんだよとずっと思ってきた。そして、結果だけを追い求めるなら『絶対にタイトル争いをしろ』、これが今実感している私なりの結論だ。何かを掴み取りたいと願う気持ち、掴み取れそうだと感じられる距離感。これはこれで、悪くないな。

ただ、もしこれがピクシー期の焼き直しだとするなら。

タイトルを掴まなければならないタイミングって必ずある。今を逃したら、もうそのチャンスは巡ってこない、そんなタイミングが。そして、それはたぶん、今季だ。

ここまできたら、タイトルを獲ってほしい。降格してからの5年間、それだけの苦労はしてきたのだから。

マルのためにも、このチームでタイトルを。

2010シーズン以来の栄冠を、我々名古屋の地に。

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森保ジャパンのこと全部聞いた

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久保建英の涙を、地元の駅にあるカフェで観ていた。

(スポーツバーではないので)テレビは無音。ただ、画面に映しだされた彼の姿は、なんだかショッキングで、胸を締めつけられるようで、『あぁ、俺はこの光景をきっと一生忘れないだろうな』そう思った。

振り返ると、オリンピック開幕直前の頃は7月末に発売予定だった『フットボリスタJ』の原稿執筆と校正にかかりきり。正直にいえば、大会を心待ちにする余裕などあるはずもなく、オリンピックより原稿に夢中だったことを今更だがここで白状したい(だから買ってくれ)。

そんな頃、オリンピック代表チームに密着し、チームの様子をつぶさに観察していた男がいた。

サッカーライター、飯尾篤史氏だ。

U-24日本代表を立ち上げ当初から追い続け、本大会も事前合宿からあのメキシコ戦に至るまで、最後の最後までこのチームと共に駆け抜けた。たとえ遠征先が地球の裏側だろうと躊躇なく取材を敢行した熱の入れよう。オリンピックを心待ちにしていた者は、ここにもいる。

そして何を隠そう、私の原稿を編集したのもこの人だ。

悩める子羊(私です)に全力で鞭を振るったと思えば、他方では代表の活動を密着取材。いったいどこにそんな時間があったのかと問いたいが、裏を返せば何があろうとオリンピック代表チームを最優先にしてきた。飯尾さんだって大会後は語りたいことが山ほどあるだろう。

だから私は期待した。論文ばりの超大作待ったなしと。

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飯尾篤史は、やはりプロだった。決められた文字数、的を絞ったテーマ設定、無駄のない構成。さすがは『みぎさんダラダラ書きすぎ。書きたいこと全部詰め込みすぎ。素人がやりがちなことやりすぎ』と罵った男よ。悔しいくらい綺麗にまとめてきやがる(言葉遣い)。

でも、だからこそ言いたい。

飯尾さん、貴方が言いたかったことは全て出し尽くせたのかと(何目線)。使いなよ、素人が無限にダラダラ語れるこのブログを。多くのサッカーファンに、その宝のような貴重な取材記録を語らないのは罪だ。この先にある未来に向けて、今を、形として残して欲しい。

そんな素人の誘いに、あろうことか飯尾篤史はのった。

『いいよ。無償で受けるよ』

素人を散々こき下ろした罪滅ぼしのつもりだろうか。見返りを求めず、素人の土俵に自ら降りてきた一流ライター。しかしその御好意、ありがたく受け取ろうではないか。理由はただ一つ、金がない。私はサラリーマンだ。

『みぎさんのところで思う存分、語らせてもらうよ』

なんて男前なんだ飯尾さん。そう思った矢先だった。


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文字より動画。飯尾さんは、YouTubeに出演した。

その名も『川端どフリー談論』。企画がモロ被りだ蹴球メガネーズ。そして潔いほどのダブルブッキング。飯尾さん、あんたもしや金に魂売ったんじゃないだろうな。

約40分間の動画か、それとも過去最高12,000字越えの文字数か。絶対に負けられない戦いが、そこにはある。

W杯最終予選前に今一度、オリンピックを振り返ろう。

 

『4位』という結果

みぎ(以下、省略)まず率直に、4位という結果に関してはどう思われていますか?

飯尾(以下、省略)選手たちの持っている力はかなり出せたと思うんですよね。これが限界だったというより、出し尽くしたんじゃないかと。だから妥当な結果かなって思います。もちろん、何かがうまく転がれば銅メダルに手が届いたし、それこそ準決勝のスペイン戦は115分まで0-0だったわけで、勝負のあや次第で銀メダルだって取れたかもしれないから、惜しいな、残念だなっていう思いは強いです。ただ、ブラジル、スペインは抜けていたし、メキシコも総合的に見れば向こうのほうが上だと感じたので、仕方ないのかなと。

やっぱりメキシコのほうが上だった、と。

久保建英は「スペインは格上だけど、メキシコは格上なんかじゃない」と言っていて、実際、個人個人を見たら決して負けてないと思います。でも、なんて言うのかな、3位決定戦で3点ともセットプレーでもぎ取ってしまうようなしたたかさとか、老獪なゲーム運びとか。2大会前の金メダリストだったり、ワールドカップでも8大会連続決勝トーナメントに進出していたりする国力も含めて、メキシコのほうが一枚上手だったかなと。ただ、ドイツやフランスがベストメンバーを揃えていたら、日本はベスト4にも行けなかった可能性があるわけで。そういう意味では、日本はしっかり準備を進めてきたし、闘えるチームの雰囲気になっていた。短期決戦のトーナメントを勝ち抜くためには、そういうのってすごく大事なので。単なる戦力、実力で測れない部分も総合して、よくやったなって思います。

 

久保建英の涙

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出し尽くしたという点では、3位決定戦後の久保建英の涙がすごく印象的でした。相当な責任を負ってプレーしていたんだなって僕は感じたんですけど、飯尾さんは現地であの涙を見て、どんな想いを抱かれましたか?

久保ってこれまでクールなイメージがあったと思うんですよ。メディア対応でも饒舌ではなかったから。ただ、今大会では彼の情熱的な言葉を何度も聞く機会があって。例えば、南アフリカとの初戦は久保のゴールで勝ったけど、試合後、「今日ゴールを決めるとしたら自分だと言い聞かせていた」とか。ニュージーランド戦のあと、次の対戦相手がスペインに決まると、「次は自分がチームの勝利に導いてやるぐらいの活躍をしようと、ちょっとビッグマウスになろうと思ってます」とか。スペイン戦後には、「もう涙も出ないぐらい悔しい」とか。

今大会にすごく懸けていたんですね。

彼は子どもの頃にスペインに渡ってすごく苦労したと思うんですね。さらに13歳で日本に戻ってきて、そこでも嫌な思いをしたことがあっただろうし。努力と才能を頼りに、理解者のサポートも得て道を切り開いてきたなかで、日本でオリンピックが開催される。やっぱり日本を勝たせたいとか、スペインに対して「どうだ、見たか」みたいな思いもあったと思うし、大会中に「チームメイトにもスタッフにも恵まれて、このチームで6試合戦いたいし、金メダルを取りたい」と言っていたけれど、それは本音だと思う。そうした思いに触れていたから、あの号泣にそこまで驚かなかったというか。

 ただ、気持ちが張り詰めていた部分もあったと思うんですよね。攻撃の中心選手として責任を負っていたと思うし。久保に限らず、今回はコロナ禍でバブル措置が取られていたから、練習以外はホテルの部屋に閉じこもっていて、メンタル的には相当辛かったはずなんです。ある選手は「気分転換は窓から外を眺めること」と言っていたくらいなので。家族に会えないどころか、自由に外にも出られない状態だったから、リフレッシュするのが難しかったと思います。3位決定戦なんかは、肉体的な疲労だけでなく、メンタル的な疲労も感じました。

スペイン代表の選手が選手村の中をサイクリングしている動画を見ましたけど、日本代表は選手村ではなく、ホテルに滞在していたんですね。

そうですね。選手村に入ったほうが買い物などでリフレッシュできたかもしれないけれど、スタッフの人数は制限されてしまうんですよ。医療スタッフとか、サポートスタッフとか、万全の体制は組めないそうです。幕張のホテルを拠点にしたから、使い慣れた夢フィールドでリカバリーを行えたのであって、吉田麻也も大会中「夢フィールドを使えるのは大きい」と言っていましたからね。だから、幕張に拠点を置いたのは間違っていないと思うけど、メンタルケアのスペシャリストを帯同させるとか。これはコロナ禍に限った話ではなく、選手、監督の心理的なケアに関しては、今後に向けて検証、検討すべきテーマになると思います。

 

オリンピック本大会に向けた準備

それ以外の準備に関しては、どうだったのでしょう?

今回、地元開催だったこともあって準備は周到だったと思います。2020年2月に欧州に拠点を作り、藤田俊哉さんをはじめヨーロッパ駐在強化部員を派遣して、海外組が所属するクラブとコミュニケーションをしっかり取ってきた。だからオーバーエイジもそうだけど、24歳以下の選手たちだって森保(一)さんが希望する選手を呼べたわけじゃないですか。

 リオ五輪ではエースの久保裕也を招集できませんでした。オーバーエイジに関しても、反町(康治)さん(現技術委員長)が率いていた北京五輪のときはひとりも呼べなかったし、リオ五輪のときもA代表の主力は呼べなかった。そういう意味では今回、森保さんがA代表の監督兼任していること、日本協会が欧州のクラブと事前交渉を入念にしていたこともあって呼びたいメンバーを呼べたし、他チームに先駆けて6月からオーバーエイジの融合を図れたと。もっと遡れば、17年12月にチームを立ち上げて、海外遠征を何度も重ねてきました。大会直前は7月5日から静岡でキャンプを張って、コンディショニングや暑熱対策、疲労回復のプログラムを行ってきた。こうした部分はすごく評価できるので、あとは先ほど言ったメンタルケアの部分ですかね。

 

では実際の試合内容はどうだったか

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ピッチ内の印象はどうでしょう。久保選手や堂安(律)選手に依存してしまうような部分も感じましたか?

いや、そこはあまり感じていないですね。そもそも森保さんも、このチームの強みは三笘薫、相馬勇紀も含めた2列目だと認識していただろうし、彼らを最大限に生かすことがチームコンセプトのひとつだったので。実際、ボランチでゲームを作るという過去の日本代表のサッカーというより、ボランチのふたりは縦パスを入れて2列目に早く預けて、彼らが勝負しやすい状況を作っていた。それは頼っていたわけではなく、チームとしての狙いだったと考えます。特にグループステージでは、狙いとしていたサッカーをかなりやれていたと思うんです。ハイプレスとミドルプレスの使い分けも良かったし、中盤に誘い込んで遠藤航、田中碧のところで奪い取ったり、トップ下の久保建英が相手のアンカーを消すような守り方も良かった。フランス戦では田中碧と久保がインサイドハーフに入って、5レーンを埋めてロジカルに崩したりもしていた。

4-3-3気味でしたよね。あれは事前のスカウティングの効果?それとも選手が自発的にピッチ内で判断した?

両方だと思います。フランス戦に関しては、田中碧が「相手を見て立ち位置を変えた」と言っていましたけど、そうしたピッチ内での判断力は森保さんがずっと求めてきたもの。一方で、スカウティングもしっかりやっていて、グループステージのメキシコ戦の先制点の場面で相手左サイドバックの裏を突いたところや、相手の10番のライネスへの対応なんかは、分析の賜物だと思います。ただ、グループステージではかなりやれていたけれど、決勝トーナメントに入ると相手にかなり対策されていた。特にニュージーランド戦では、相手は5-3-2にしたり、中盤がダイヤモンドの4-4-2にしたりして、日本の嫌がることをしてきましたから。

 それでも、大会全体を通してこれだけ個の能力でやり合った日本代表を見たのは初めてかもしれないです。オーバーエイジの3人はもちろん、谷晃生、中山雄太、板倉滉、田中、久保、堂安、相馬……最後の最後でようやく三笘も、これまでの鬱憤を晴らすようなプレーを見せてくれましたし。特に守備陣は本当に頼もしかったです。3位決定戦のあと、3失点に絡んだ遠藤が「あそこで自分がやられたのがすべて。批判は全部自分にしてもらえれば」と言ったけれど、それまでの活躍、奮闘を見れば、誰も彼を責められないなと。

とはいえ、決勝トーナメント3試合で1点しか取れなかったことも事実です。この点はどう感じていますか?

セットプレーで点が取れなかったのは痛かったですね。久保、堂安、相馬とプレースキッカーは揃っていたし、吉田、冨安、板倉、遠藤、酒井、中山、林大地、上田綺世と、ヘディングの強い選手もこれだけいた。3月のアルゼンチンとの親善試合では久保のコーナーキックから板倉が2回も頭で点を取っている。スペイン戦なんか、0-0で耐えていたんだから、まさにセットプレー一発で仕留められたら、というゲームだったと思います。もちろん準備はしっかりやっていたと思うし、運、不運もあるけれど、相手に見切られた部分もあったと思うので、もったいなかったですね。

 

森保一監督をどう評価しているか

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森保監督のマネジメントについては、どうですか?

レーニングでは選手と本当によくしゃべっているんですよね。練習前には必ず1人、2人捕まえて議論しているし、リカバリーの選手たちとは一緒にジョギングしながらコミュニケーションを取っている。「あの場面ではどうしたら良かったと思う?」とか、「こういうやり方もあったよね」とか。今大会が終わった後でも、試合であまり使わなかった選手全員に、起用できなくて申し訳ない、こういう理由で起用できなかった、こういうところをもっと伸ばせば成長できる、といった話を1人ずつしたみたいで。大会期間中も三笘や林が言うには、森保さんは背中を押して勇気づけてくれる、言葉が響くと。そういう意味で、不平不満はあまり聞こえてこないんですよね。A代表でも、選手の言葉に耳をしっかり傾けてくれるといった話は出てくるので、モチベーターとしての手腕は高くて、マネジメント能力は非常にあると思います。

 どの試合だったか、吉田麻也が戦術ボードを使ってチームメイトに指示を出していて、その横で森保さんが見守っている様子がテレビカメラに抜かれて。「吉田監督かよ」なんて揶揄されていたみたいですけど、これは森保さんが就任当初からずっと求めていることで。試合中に選手自らの判断で問題を解決していく能力を高めなければ、日本代表は世界で勝てない。相手の出方に応じて後出しジャンケンのように素早く対応していくには、ベンチの指示を待っていては間に合わない。そうしたところを就任してからずっとアプローチしてきたわけですから。吉田麻也の行動についても、きっと頼もしく思っているはずですよ。

では、采配や選手起用に関しては、どうですか?

選手の状態に関しては、インサイドのほうが確かな情報を持っているので、外からどうこう言うのは難しいですよね。どうしても結果論になるので。例えば、スペインとの準決勝で延長戦に入るとき、久保と堂安を同時に交代させたことに関していろいろ言われているけれど、僕はそこまで気にしていなくて。実際、普段は強気の発言が多い堂安ですら「身体も本当にボロボロだったので。代わって正解だなと、自分でベンチで思っていたくらいだった」と言うくらい疲弊していた。なので、久保もどれくらい疲弊していたのか外からでは分からない。それに、代わって出場した三好(康児)と前田(大然)はいずれも決定機を迎えたわけで、どちらかが決めていたら采配ズバリということになる。だから、そこは結果論になってしまう部分が多くて。

 あえて采配に関して個人的にストレスを感じた点を挙げれば、3位決定戦のメキシコ戦のハーフタイムくらいですかね。大会最後の試合で前半を終えて0−2だったと。流れを大きく変えるために、旗手、上田、三笘を一気に入れても良かったけれど、旗手の投入にとどまった。5人交代における3枚替えの効果って、去年のJリーグではかなり目にしたじゃないですか。森保さんは5人交代の試合をほとんど経験していないから、3枚替えの効果を実感していないのかもしれないけれど、あの大一番で流れを変えるにはメッセージ性の強い交代をしないといけないと思うんです。それこそ97年のワールドカップアジア最終予選で岡田(武史)さんがゴンさん(中山雅史)、カズさん(三浦知良)を同時に下げて城(彰二)、呂比須(ワグナー)を投入したように。ああいう采配ってピッチ内の意識を変える強いメッセージになるし、指揮官の覚悟を示すことにもなりますから。

確かに。3枚替えの勝負に出てもよかったですね。

ただ、選手起用に関して、触れておかないといけないのはケガ人の影響です。大会後、森保さんに「誤算はなんでしたか?」と聞いたら、真っ先に挙げたのが上田綺世と三笘のケガだったんです。上田は6月22日のメンバー発表直前に足を傷めて、そこからずっとリハビリ。三笘はACLでケガをしてしまって、7月12日にチームに合流してからずっと別メニューで、初戦の南アフリカ戦はベンチ外。本来は、上田がスタメンで、林大地がスーパーサブ。三笘と相馬はどちらかがスタートで、どちらかがスーパーサブだと森保さんは思い描いていたはずで、ふたりのケガが采配の幅を狭めたのは確かだと思います。もうひとつ、冨安が初戦前日に負傷したことも痛かった。冨安の穴は板倉がスーパーな働きで埋めてくれたけれど、ボランチの三番手としての板倉を失ってしまった。実際、三番手と言うのは失礼なくらいレベルの高い選手なわけで、遠藤、田中碧にかなりの負担がかかったのは間違いないです。

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遠藤選手と田中選手は全試合スタメンでしたもんね。

その点で言うと、試合中の選手交代より、どこかでターンオーバーを使う必要はあったと思います。僕も第3戦のフランス戦でターンオーバーするべきだと思っていたし、森保さんは必ずするはずだ、という原稿も書いたんですね。なぜかというと大会前、オリンピックを2回経験している吉田麻也が、大会を勝ち抜くポイントとして「どのタイミングでターンオーバーするか」と話していて。真夏の東京で、中2日で6試合を同じメンバーで戦い抜くのは不可能だと。もうひとつは、18年のロシア・ワールドカップで、当時の西野(朗)監督が「ベスト8を狙うには余力を残して決勝トーナメントに進出しないといけない」という考えで、1勝1分で迎えたポーランドとの第3戦で大迫、香川、原口、乾、長谷部、昌子と主力を6人入れ替えた。結果、0-1で敗れたけれど、決勝トーナメント進出を決めた。ベルギーにも2-3で敗れるんだけど、あれだけのゲームができたのは、主力がフレッシュな状態で臨めたから。これは日本サッカー界が生かすべき経験だし、森保さんもコーチとしてベンチにいたわけだから、西野さんにならってターンオーバーすると思っていました。それこそ、0-1で負けてもいいという覚悟を持って、久保や堂安、吉田を休ませるんじゃないかって。そうすれば、サブ組の士気も上がるでしょうし。

 日本人が代表チームを率いることの大きなメリットは、過去の成功体験や課題を生かせることだと思います。2度もオリンピックに出場した選手がキャプテンで、技術委員長も五輪の経験があって、指揮官自身もコーチとしてワールドカップでの成功体験があるんだから、そうした経験をチームとして共有する、歴史を継承することは、日本人が監督をする以上、大事なポイントだと僕は思います。ましてや今大会は、金メダルを狙っていたわけですからね。

 

今大会の目標設定について

金メダルという目標設定はどうだったんでしょうか。選手にとって重荷になったり、準決勝で敗れたときの大きなショックに繋がった可能性はないですか?

もともと17年12月に東京五輪代表チームが立ち上げられたとき、森保さんが掲げていた目標は「メダル獲得」だったんです。それが金メダルに変わったのは、僕の記憶と認識が正しければ、18年8月にインドネシアで開催されたアジア大会でした。その2ヶ月前に森保さんはコーチとしてロシア・ワールドカップに帯同して、1ヶ月前に日本代表監督に就任した、というタイミング。この大会中、森保さんは選手たちに東京五輪での目標を確認しているんですよね。そうしたら、どの選手も「金メダルを獲りたい」と答えた。そこで「金メダル獲得」へと目標を変え、より高いレベルを求めるようになった。「オリンピックに出場した選手がA代表に昇格するのではない。A代表の選手がオリンピックに出るようでないと、金メダルは獲得できない」と言うようになったのも、この大会からです。

 その目標設定に関しては、間違っていなかったと思います。例えば、19年11月にホームでコロンビアにいいところなく敗れたあと、このままでは金メダルなんて到底無理だと、選手たちが真剣に向き合うきっかけになった。ブラジル・ワールドカップのときに一部の選手たちが掲げた「優勝」とは違って、南アフリカ・ワールドカップのときに目指した「ベスト4」に近いというか。もっとやらなきゃいけないという意識づけになっていたし、実際には南アのベスト4よりも可能性のある目標でもあったと思います。たしかに準決勝で敗れて、金メダルの夢が絶たれたショックは計り知れなかったと思うし、結果的にそのショックから立ち直れなかったと言えるかもしれません。でも、金メダルという目標を掲げたからこそここまで来られた、という面も大きいんじゃないかと思います。

 

話題となった田中碧発言を掘り下げたい

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メキシコとの3位決定戦のあと、田中碧選手が「僕たちはサッカーを知らない」と発言したことが記事になりましたけど、あの発言については、どう感じましたか?

あれは、監督だとか特定の誰かに対して言ったわけではなく、自分自身だったり、自分も含めたチーム全体に向けた言葉だと感じました。その前後も含めると「2対2、3対3になったりすると相手はパワーアップするけど、自分たちは何も変わらないというか。それがコンビネーションという一言で終わるのか、文化なのかは分からないですけれど、サッカーを知らなすぎるというか。彼らはサッカーをしているけれど、僕らは1対1をし続けているというか。それが大きな差なのかな」と言っているんですよね。

 例えば、スペイン代表は、ポジショナルプレーの概念がチーム全体に浸透し、そのベースのうえで連動しながらボールを効果的に前進させていたじゃないですか。チーム内にゲームモデルとプレー原則があり、選手一人ひとりのグループ戦術、個人戦術のレベルが高いのは、育成年代からそういうサッカーに触れ、所属クラブでもそういうプレーをしているからだと思うんです。これは代表チームだけの問題ではなく、育成やリーグ、クラブの問題。じゃあ、スペイン代表の(ルイス・)デ・ラ・フエンテ監督が日本代表監督になったら、日本はスペインのようなサッカーができるようになるのか。おそらく難しい。なぜなら、スペインのあのサッカーは、デ・ラ・フエンテ監督が植え付けたものではないから。

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重要なポイントですね。では、そもそも論として『代表監督はどうあるべきなのか』も問いたいです。

これまでの日本代表は、外国人監督がヨーロッパのスタンダードやサッカーの新しい知見を代表チームにもたらしてくれて、それを学ぶという流れがあったと思います。特にオフトさんやオシムさんはまさに先生という感じだった。僕も外国人監督から多くを学ばなければならないと思ってきたし、今もそう思っています。ただ、一方で代表監督に求められるものがこの数年、相当変わってきていて。昔と違い今はインターナショナルマッチウイークしか代表活動が行われないし、短期の国内合宿も一切ない。そもそも代表チームのほとんどが海外組になったから、選手全員が揃うのは試合の2日間なんてこともある。しかも時差のあるヨーロッパから帰ってくると。こうなると、練習なんてできません。

ましてや代表チームはメンバーも毎回変わります。

例えば、ペップ(グアルディオラ)が日本代表監督をやってくれたとして、「なんだ、そんなことも知らないのか」という話になって、代表チームでそれを一から教える時間はない。それでもワールドカップでベスト8を狙うなら、5バックで守ってカウンターが一番確実だ、っていうことになるかもしれない。もう少し現実的な話をすると、もし浦和レッズリカルド・ロドリゲスが日本代表監督になったとして、今年1月、2月にレッズで繰り返し行っていたような、敵がいない状態でポジショナルプレーの基本的な動き方を体得するようなシャドートレーニングを1年経っても、2年経っても毎試合前に繰り返さないといけないかもしれない。それで選手たちが監督の指示に縛られて、試合では相手のハイプレスに簡単にハマって失点して……なんて姿が思い浮かぶんですよね。かつてゾーンプレスフラット3、接近・展開・連続、に縛られた時期があったように。しかも、以前のようにソーンプレスやフラット3習得のためだけの合宿なんて張れる時代ではない。

 だからといって、もう外国人監督から学ぶ必要はないのかと言ったら、そんなことはなくて、それは育成やJリーグのクラブが招聘して学ぶことなんじゃないかと。古くはベンゲルとか、オシムさん。近年ではミシャさん、ポステコグルー、ロティーナ、リカルド・ロドリゲスがやって来たように。そうしたリーグで育った選手が代表に選ばれて、パッと集まってサッカーをする。それが代表チーム。だから、Jリーグ川崎フロンターレ横浜F・マリノスのようなチームが10チームくらい出てくれば、Jリーグだけでなく日本代表のサッカーもずいぶん変わると思います。そうなったら、リカルド・ロドリゲスが代表監督になってもパッとポジショナルプレーのサッカーができるでしょうし、森保さんが監督になっても、そうしたビルドアップがパッとできるんじゃないかなって思います。

 当然、戦術的な整理をまったくする必要がないわけではなくて、今の代表チームもワールドカップ本番までに整理しなければならないことはたくさんあるはずです。プレスの掛け方、ビルドアップの仕方、ボールの運び方、ボール保持時の選手の立ち位置など。もう少し整理できないものかなと感じることはありますし、最終予選を通じて改善されていく部分もあると思います。

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確かにそう考えたら、最近のイタリア代表の流れはある意味そうですね。EUROで優勝して、イタリアのサッカーが変わったと言われるのも、ここ10年、15年くらい国としての文化が少しずつ変わって来て、セリエAでもアタランタみたいなチームも出てきて、指導者も変わって来て、その結果として代表のサッカーも変わってきたという見方ができるかもしれません。

やっぱり代表チームって、その国のサッカーレベルを映す鏡でもあると思うんですよね。それに、ヨーロッパや南米では昔から代表監督はセレクターであり、モチベーターだと言われてきましたけど、日本代表監督もここを最も重視して選ばないと、チームとしてまとまるのが難しくなってきていると思うんです。あと、監督の仕事ということで言えば、海外だとかなり分業制じゃないですか。トレーニングはコーチが仕切っていたりして。Jリーグでもロティーナとか、ポステコグルーとか、そうですよね。その意味でいうと、森保さんもオーガナイザーというか。トレーニングはコーチの横内(昭展)さんが仕切っていますしね。

 一方、森保さんが就任以来ずっとチャレンジしているのは、さっきも少し話ましたけど、ピッチ内で問題を解決する力、臨機応変にプレーするうえでの主体性や自主性を伸ばすこと。これは、サッカー選手に限らず日本人の国民性というか、苦手とされていることですよね。ロシア・ワールドカップが終わったときに森保さんから聞いたんですけど、2-0でリードしていたベルギー戦で相手がパワープレーをしてきたと。ベンチでどうする、どうすると相談している間に追いつかれてしまった。森保さんは、植田直通を入れて5枚にして跳ね返しましょう、と西野さんに提案できなかったことを悔やんでいました。ただ、その一方で、ベンチの指示を待つのではなく、ピッチ内で問題を解決できるようにならないと、ベスト8、ベスト4を狙うのは難しいとも思ったと、森保さんは言っていたんです。

 カタール・ワールドカップへの道は、そこからスタートしているんですよね。これは吉田麻也原口元気といったロシア大会経験者も話していることです。森保さんがなぜ選手たちに話し合わせ、自分たちで問題を解決させようとしているのか。彼らは分かっています。そういうチャレンジをしなきゃいけないということも理解している。だから、「森保さんは何もしない」なんて不満は選手たちから漏れてこない。それがカタール・ワールドカップに向けたチャレンジだから。相手が形を変えるたびに、ベンチから監督が飛び出し、ああしろ、こうしろ、なんてやっている暇はないですから。

まさに、選手たちがピッチ内で解決しない限り、上には行けないというわけですね。

19年のアジアカップの決勝を思い出してほしいんですけど、相手のカタールは3バック+アンカーの4人で攻撃をビルドアップしてきました。日本は前線からハメられずにボールを運ばれて、2点を先制されてしまった。でも、森保さんは試合前に、相手はアンカーがいるよ、こうやってくるよ、その場合はどうすればいいか分かっているよね、という確認をミーティングでしていたそうです。だけど、いざ試合が始まったら、選手たちが後手を踏んでしまった。2点を先行されたあとの前半35分ごろ、大迫がピッチサイドに来て、森保さんが「サコと(南野)拓実が縦関係になって、両ワイドが行けばハメられるよ」ということを伝えて、ようやく修正できた。

 それに対して修正が遅いという指摘はもっともなんですが、一方で森保さんからすれば、ミーティングで確認したのだから気づいてくれるはずだと考えた。森保さんが反省していたのは、修正が遅かったことではなくて、伝えたつもりになっていたことだと。伝わっていなければ意味がないということを反省している、と言っているんですよ。自分たちで考えて行動するのが苦手な日本人のメンタリティをどこまで変えられるか。このチャレンジがどんな結果をもたらすのか、見てみたいと思っています。

 

そして、アジア最終予選が始まる

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では、ワールドカップまでの4年間について、理想的な強化の仕方はどうあるべきとお考えになりますか?

ヨーロッパを見ると、日本のように親善試合ってあまりないですよね。向こうはネーションズリーグがあって、EUROがあって、ワールドカップ予選もあって、ワールドカップがあるので、真剣勝負がずっと続くわけです。その都度、その都度、調子やコンディションのいい選手、旬の選手を集めて結果を出していく。かなり極端に言うと、一話完結の積み重ねみたいなところもある。一方、日本の場合、本気でワールドカップ出場を目指すようになった92年くらいから、4年間掛けて親善試合や合宿をこなしながら戦術を浸透させていき、ワールドカップ1次予選、アジアカップ、最終予選を経て右肩上がりに成長を遂げていった先にワールドカップでの成功があるという見方をしてきたと思うんです。少なくとも僕はブラジル・ワールドカップまでは、そうやって代表を見ていました。でも、右肩上がりの成長の先にザックジャパンのブラジル・ワールドカップでの惨敗があり、頭打ちになった先に南アフリカ・ワールドカップのベスト16進出、本大会の2ヶ月前に監督を交代した先にロシア・ワールドカップのベスト16があった。だから、一話完結の積み重ねによる3年間と、ワールドカップの戦いは別物というか。特にヨーロッパや南米は継続的に積み上げていくような感覚はそんなにないんじゃないのかなって。ドイツがブラジル・ワールドカップで優勝したときには、レーブの長期政権による強みが出ていたけれど、それでもロシア・ワールドカップではグループステージで姿を消してしまった。ワールドカップもオリンピックも、究極の短期決戦トーナメントだから、直前合宿を含めた2ヶ月の勝負だと思います。

 それでも日本の場合、親善試合を多く行っているので、継続性は高い代表チームだと思うんです。ただ、19年のアジアカップに出場したメンバーと今の代表メンバーはすでにかなり変わっていますし、カタール・ワールドカップでは東京五輪組が食い込んでくるはず。さらに変わると予想します。

でも、多くのサッカーファンは、4年間で自分たちのスタイルを築き上げていってほしいと願っているのでは。

そうだと思います。僕だって少し前までそうでしたから。そして今も積み上げや継続はあるんですけど、その継続の仕方はクラブチームとは異なるものだという認識が大事。ワールドカップで勝つのは、また違う勝負になるということを認識するのも必要なことです。カタール・ワールドカップで言えば、現実的な目標、ノルマは決勝トーナメント進出。コンディションをしっかり整えて、主力にケガ人もなく、クラブで出場機会を失ってしまう選手もなく、相手をしっかり分析して対策を立てて、それがハマればベスト8にたどり着く可能性もあると思います。今回の東京五輪でベスト4にたどり着いたように。ただ、本当にワールドカップで優勝を狙うには、何大会も連続してベスト8に入るような国としての地力をつけないと難しい。それくらいになって初めて本気でベスト4や優勝を狙えるのだと。ドイツ、ブラジル、フランス、アルゼンチン、スペイン、イタリアといった国って、そうじゃないですか。なんだかんだとベスト8くらいまで来る力がいつもあって、タレント力、コンディショニング、分析、巡り合わせなどの幸運も加わって優勝する。だから、日本がカタール・ワールドカップでベスト8に進出できたからと言って、地力がすごく上がったわけではなくて。2050年にワールドカップ優勝を狙うなら、46年大会までにベスト8の常連になっていたら……優勝できるかもしれないと思います。

〝攻〟の横綱〝守〟の横綱による頂上決戦

Jリーグは違うスポーツだ

とは話題になった酒井高徳の記事の引用。

newspicks.com

『え、俺たちの愛するJは世界と比較するどころかそもそも違う競技なの!?』あまりに切れ味鋭いその言葉の数々が適当に流されるはずもなく、この記事のインパクトは今もまだ界隈に残り続けている。

どうやら我々が熱中しているこのリーグは世界には繋がっていないようで、〝フットボール〟でなく〝Jリーグ〟という競技を観ているのだと自覚した方が良いらしい。

彼がしきりに口にしたのは〝この国ではこの国でのみ勝てるサッカーが追求されている〟という指摘だ。

では具体的に何をもって〝国内限定〟だと定義しているのか。彼のインタビューから紐解ける要素は以下二つ。

  • ボールを奪われないことを最優先にした攻撃
  • 相手に抜かれないことを最優先にした守備

つまりこれらの要素が交わった結果、一方は前に攻め急ぐことはなく、また一方は奪うためのチャレンジをすることがない。結果的にゲームはスローな展開となり、攻守にアグレッシブな、また狭いエリアで両者が凌ぎを削るような争いがこの国では見られない、ということだ。

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毎週、Jリーグを視察している。時々、いい試合もあるが、それはまれだ。夜に家で海外の試合を見ると、まったく違う世界。海外で何が起きているかをもっと見る必要がある。戦う意識やプレースピードは(日本と世界で)バイクとフェラーリほどの違いがある

元日本代表監督のハリルホジッチがこのリーグにおけるミドルサードでの攻防、つまりインテンシティの低さを嘆いていたのは記憶に新しく、皮肉を込めていえば野球と同じ〝攻守交代制〟に見えていたのかもしれない。

これらは裏を返せば〝奪われるのは悪〟で〝抜かれるのももちろん悪〟問われるのは〝個人〟でなくあくまで〝組織〟。つまり個人の責任を徹底的に追求するでなく良くも悪くも組織優先型なこの国の文化そのものか。

しかしそんな土壌で醸成されるこのリーグが今面白い。

なぜなら圧倒的な〝堅守〟で守りに守り抜くクラブと、圧倒的な〝破壊力〟で攻めに攻め抜くクラブ、つまり対極の思想をもつ二クラブが首位争いをしているからだ。

名古屋グランパスとそして川崎フロンターレである。

 

リーグ史上〝最高の堅守〟

堅い、鉄壁の上の表現があれば使いたいところです


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大分にボロ雑巾の如き扱いを受けたこのゴールから数年後、我々は異なる世界線にやってくることに成功した。試合を実況する者が言葉に詰まる一方で、名古屋をこの世界に連れてきた立役者はいつになく饒舌だ。

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2試合スコアレスドローで壁にぶち当たっているというのなら、他のチームは何にぶち当たっているのか

無失点達成。そんな高い壁に毎試合ぶち当たっていた我々の過去をマッシモ様にだけは知られるまい。

リーグ最小失点28、Jリーグ最多タイ記録クリーンシート17試合、カルチョの真髄ウノゼロ(1-0)9試合。昨季年間を通して作った様々な記録に早々と付け加えられた新たな記録〝Jリーグ新記録9試合連続クリーンシート〟。

何故ここまで堅いのか、何故無失点が当たり前なのか。

それは非保持を前提としたあくなき追求にある。

堅守を築く際、このリーグでの主流は手っ取り早く5人の最終ラインに4人の中盤を敷く、まさに〝人海戦術〟だ。

しかしマッシモにとってそれは〝組織〟ではないはず。

彼のチームの最も大きな特徴は、各ポジションに定められたタスクと、それを十二分にこなせる人選にある。

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横幅を最終ライン4枚で守れないならサイドハーフが相手にへばりついて降りてくる。サイドバックが前に出れば何食わぬ顔でボランチがそこを埋める。なにより重要なのはセンターバック2枚が定位置から極力動かないこと。彼らとミッチがゴールに鍵をかける存在なら、彼らを取り巻く面々がその鍵へのアクセスを防ぐべく身を粉にして走り回る。つまり〝両センターバックが持ち場から離れない〟守り方を徹底しているのが今の名古屋で、それさえ担保されるなら相手のパスもシュートも少々は許容範囲。自分達の〝型〟さえそこにあれば守り抜けるその自信。時間をかければかけるほど整ってしまう名古屋の陣形に対し、打開の糸口を掴むには〝ダイレクト〟だと手数をかけず名古屋攻略に挑んだのがサガン鳥栖。この試合で喫した二失点が今季唯一の〝相手シュートによるゴール〟。この事実が逆に名古屋の鉄壁を物語る。


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では相手のビルドアップに対する振舞いはどうだろう。

チームのバランスを崩して奪いに行くのはご法度だ。昨今様々なクラブがあの手この手のビルドアップを駆使しては、相手の守備に綻びを作ろうと試みる。だがマッシモ、そんな挑発は相手にしない。どのゲームでも共通してハイプレスをかけるスイッチはただ一つ、相手ゴールキーパーへのバックパス。何故なら人と人を最も噛み合わせ易く、故に最も〝ズレる〟危険性がないからだ。出来る限り高い位置で奪いたい。マッシモが唯一色気を出すこの局面ですらリスク管理は徹底的。ではボールを受けようと下がる相手ボランチは誰が追う。名古屋が誇る闘犬米本。誰が付こうなどと迷う余地すら見せるまい。その迷う時間が相手の狙いでありこちらの隙だ。そもそも何故ボランチに追わせるか、各エリアにバランスよく人を配置するにはそれしかない。中央が稲垣一人だがお構いなし、場合によっては柿谷だって戻せばいい。

恐ろしい、これがカルチョフィッカデンティ

彼が最も嫌うのはおそらくリスクであり、リスクとは端的に言えば〝チームのバランスが崩れること〟だ。

だから保持に目を向ければ彼のチームは〝可変〟も好まない。その移動と時間が生む隙こそが命取り。スペースを与える〝可能性〟は排除し、出来るだけ定位置でそしてピッチをバランスよく埋めるべく距離は取ってボールは運ぶ。全ての発想はまず〝非保持〟(奪われた後)。それでも彼がアンカーと呼ばれる中盤底に人を配置した4-1-2-3でなく、頑なに4-4-1-1に拘るのは自らが選手達に課した重荷を理解しているからに違いない。つまりはそれでもゴールを陥れるには前にこそ人が必要で、後ろが重くなりすぎるのを嫌った結果か。しかしそれも先制するまで。それさえ達成すれば〝急所〟といえるアンカーに木本を配置し、場合によっては5バックも躊躇なし。守り切るためなら何でもする。それがウノゼロの美学。

これ以上、堅くなってどうするんでしょうか

イタリアの人聞こえてますか。実況する者もこの始末。

理論上はやれるものなら誰だってやりたい。何故ならこれが最もリスクなく勝ち点が積めるやり方だからだ。

しかしもはや国内で真似できるクラブなどないだろう。

このメカニズムを愚直に徹底し、且つ途切れることない強度で続けられる選手たちをマッシモは名古屋で得た。

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少しでも隙を見せれば牙を剥き襲いかかる攻撃陣のカウンター。何もなくとも突然決定機を作り出す戦術兵器マテウス。何処からともなく現れゴールを攫う稲垣。

例を挙げればその程度かと思うかもしれない。

だがそれで点が取れ且つゴールが守れるのなら、これが勝利に向けた最も確率の高い方程式だ。リスクもロマンもゴールを守るためには役立たず。少なくとも今このリーグで名古屋から点が獲れるクラブも、あるいはこのクラブが擁する圧倒的な個を封殺出来る相手も多くない。つまらない、退屈だ、こんなのはアンチフットボールだ....馬鹿を言っちゃあいけない。この世界に絶対の正義などなく、あるのは〝どの手段を取ることが最も勝利を手繰り寄せられるか〟ただそれだけだ。だからこそ〝ミス〟という名のリスクを常に抱えるボール保持でなく、そのメカニズム通り人が動き、またその身体性を上回られなければ絶対にエラーが起きないボール非保持が基盤のこのチームに付け入る隙などありはしない。

ただ一チームを除いて。王者川崎フロンターレだ。

 

リーグ史上〝最恐の破壊力〟

migiright8.hatenablog.com

彼らはリーグの歴史に残るチームにきっとなる

何目線か分からない宣言をしてからもうすぐ一年。

いまや川崎に敗れるクラブは『相手が川崎なら仕方ない』と自らを励まし、彼らが何点獲ろうがどのクラブのサポーターも驚くことはなくなった。〝一試合につき最低でも三得点〟何を偉そうにと他サポが憤りそうなこのノルマ、今となっては〝川崎なら三点くらい当たり前〟と誰もが思っていることこそが彼らの強さを物語る。

彼らを語る際、毎度風間時代から振り返るのももはや野暮というもの。しかしそのベースを〝勝てる仕様〟へと発展させ、〝シルバーコレクター〟からの卒業そして栄光の数々を築いた鬼木達にとって、2019年等々力で横浜Fマリノスに玉砕したあのゲームは、川崎フロンターレの歴史において大きな分岐点だったのかもしれない。

風間八宏と袂を分かち、彼らが目指してきたもの。

それは端的にいえば〝どこよりも早くボールを奪い、どこよりも正確な技術でゴールを奪うこと〟だ。


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だからこそあの日等々力でマリノスが見せた多彩なビルドアップとそこから繰り出されるサイドアタックの数々は、川崎のハイプレスを潜り抜けるだけの知恵と技術を持つクラブが国内に誕生したのだと我々に知らしめた。

しかし恐るべきことに、鬼木達はこれに屈しない。

彼が偉大でありそして名将足り得たのは、前任者の不足(理想と現実の共存)を補って終わるのでなく、そこも含めてチームを自分色に染め直したことにある。

その最大の功績が4-1-2-3の新システム採用といえる。

語り尽くされた感もあるが、この文脈において重要な点なので振り返ろう。ポイントは大きく分けて二つ。

一つは〝ハイプレスの再構築〟だ。

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高い位置でボールを奪い取るにはボールを外に逃すのではなくむしろ中に誘導する。中央に陣取る中盤三枚が逃場のないボールホルダーに対し前に向かう勢いそのままに狩り取ってしまう仕組みゆえだ。圧倒的なプレススピードとその強度で国内のクラブに関してはほぼ苦労なくボールが奪えるだけのメカニズムを作り出したのが今の川崎の屋台骨。つまりは〝圧倒的な攻撃力〟とは言いながら、他方で彼らが最大の武器とするのはむしろ〝圧倒的なボール奪取力〟であり、ボールを運ぶことに神経を注いだ過去に対し、現在の彼らはボールを奪うことに特化したことで過去の遺産を最大限活用する。何故なら90分間ボールを追い続けるのは本来不可能だからだ。だからこそ奪ってからのボール保持力がモノをいう。

そしてもう一つが〝サイドアタッカー〟の存在だ。

振り返れば風間体制時代を評し、当時の横浜Fマリノス監督モンバエルツはこう述べている。

number.bunshun.jp

もちろん優れたスタイルで、日本ではとてもうまく機能しているが、他の国では少し厳しいように思える。ピッチの横幅をうまく活用できる選手がいないしウィングプレイヤーもいないからだ

それは俺たち八宏のこだわりだと名古屋陣営としてもフォローを入れたい、しかし常にゴールに対し最短距離を目指して向かってくる限り、迎え撃つ側も〝どこを塞げばいいか〟は明白で、狙った通りに奪えればその先には広大なスペースが待っているとはモンバエルツ

この最大の長所且つ短所でもあった武器にメスが入る。

システムが4-1-2-3となり強制的にサイドアタッカーの立ち位置が確保され蘇生したのが長谷川竜也。そして長引く彼の怪我をチャンスに変えた男がその後、川崎のフットボールにラストピースとして見事はまることとなる。

もはやリーグ最高の戦術兵器といえよう、三笘薫だ。

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彼の圧倒的な個人打開力を得た今の川崎は、決して〝中〟さえ塞げば止められるチームではない。打開に困れば外を使い(外に広げ)、1on1ならまず止められないそのドリブルに相手は引き摺られる。ラインはズルズル下がるし選手間のコンパクトさなどそこにはない。そうなると最大の威力を発揮するのが他でもない、彼らの文化である正確な〝止める蹴る〟であり、圧倒的なパススピードを武器に少しでもスペースが生まれようものならその隙間を軽々と縫ってはゴールまで辿り着く。また逆サイドに位置する家長は、絶対に奪われることないそのキープ力でチームに〝時間〟と〝スペース〟をもたらすことに成功した。これら外からの攻撃を手に入れ水を得た魚の如く真価を発揮したのが元セレソンレアンドロダミアンで、いざとなれば彼の体格を活かし無理矢理にでもスペースを創出する力技まで駆使しやがる。

恐ろしい、やはり鬼の子鬼木達

つまりはこうだ。彼らの循環はまずボールを奪うことに始まり、そのままゴールに向かえるなら一直線。難しければ持ち前のポゼッション術をベースに相手を中だ外だと揺さぶりつつ、時に外から切り崩し中の力技すら利用する。それもこれも成立するのは〝外〟があるからだ。

〝良い攻撃の先に即時奪回があり、点と点を極める〟。

彼らが過去に目指したそれは、鬼木達によりブラッシュアップされた。〝運ぶのでなく奪うことが先決で、ピッチを活用すれば点と点は容易に極まる〟のだと。そこに常に生き続けたのは〝止める蹴る〟ただそれだけだ。予測不能な〝驚き〟は失っただろう。しかしながら彼らはそれと引き換えに圧倒的な〝強さ〟を手に入れた。

彼らにとってはこの手段こそ〝最も勝利を手繰り寄せられる方法〟で、ミスがなければリスクにはならないとその圧倒的なボールスキルで相手を翻弄する。身体性に限界はあっても〝技術に限界はない〟。どこかで聞いたことのあるその言い伝えをクラブの文化に昇華した彼らの攻撃を、まともに受け守り切れるクラブは多くはない。

ただ一チームを除いて。そう、名古屋グランパスだ。

 

〝Home & Away〟GWに用意された極上の舞台

ヨーロッパのサッカーに近づこうとしているとか、モダンになっていくヨーロッパのサッカーに近づいているという印象は一切ない

酒井高徳がここまではっきりと断言した我々のリーグ。それを今牽引する二つのクラブの思想はまさに対極だ。

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一方は〝いかに自陣ゴールを死守するか〟に精力を注ぎ、かたやもう一方は〝いかに相手ゴールに迫るか〟に精力を注ぐ。あるいは、一方は自陣ゴール付近1/3のクオリティを徹底的に追求し、かたやもう一方は相手ゴール付近ラスト1/3のクオリティを徹底的に追求する。目を疑うほどの圧倒的にコンパクトな陣形が築かれる場所は、かたや自陣ゴール前、かたや相手ゴール前だ。

〝止める蹴る〟で共鳴した二つのクラブの舞台だったミドルサードでの攻防に別れを告げ、その舞台はそれぞれのクオリティがぶつかり合う〝ゴール前〟に変わった。

攻めきれるか、それとも守りきれるか。

ゴールを奪いに行く観点から見ても、昨シーズンそれができたのは川崎フロンターレだけでした。それ以外のチームも「ボールを取りに行くためにチャレンジ」をしようとしたけれど、結局はやめてしまった

オフェンス面でもディフェンス面でも川崎は良いチームだ。そして1位にいる。なぜならリスクを取っているからだ

期せずして酒井高徳も、そして5年前のハリルホジッチも同様の理由で川崎を評価した。全てがヨーロッパナイズされているとは思わない。しかしながら彼らが度々指摘した〝ヨーロッパ仕様のインテンシティ〟に関して、国内で唯一その標準に達しているのが川崎なのだろう。ボールを奪いにくるスピード、強度、その迫力にどの相手も面くらい、ゴールに向かう彼らの技術と精度、その結果生まれる圧倒的な〝速さ〟にどの相手もなす術なし。つまりは攻守ともに〝球際〟の解釈がもはや国内の仕様ではないわけで、思考する時間も奪えば一方で寄せられる時間も与えない。まさに黒船襲来。少なくとも昨季から今季にかけどのクラブも歯が立たない事実はそうとしか説明出来ない。つまり体感したことのない強度のフットボールが今、川崎によって遂に国内に到来したのだ。

しかしだ、もしこのフットボールだけが評価に値するというのなら、マッシモは己のキャリアと母国で培ったその哲学とプライドにかけ川崎と対峙するだろう。

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舞台が名古屋ゴール前だけだと思ったら大間違いだ。思い出して欲しい。マッシモがチーム構築において〝リスクだ〟と排除してきた全ての事象は、そっくりそのまま相手にも当てはまる。つまりリスクを取ってくるチームこそマッシモにとっては格好の獲物であり、隙さえあれば絶対に逃すまいと牙を研いでその瞬間を待つだろう。

力づくで自分達の土俵に持ち込めるのが川崎なら、その土俵を逆手に取り最終的には自分達の土俵に持ち込んでいるのが名古屋にしかない武器といえる。川崎が中で奪いたいなら回避をし、押し込まれるのが不得手ならあえて押し込みにかかるのもアリだろう。最も気をつけるべきは昨季川崎相手に唯一失点を喫した〝セットプレー〟。それらを乗り越えた先に己の土俵は見えてくる。使える選手は全部使えと5バック3センターも試運転済。破壊力なら川崎しかし戦い方の幅はむしろ名古屋だ。

戦い方に正解などない。勝ったものこそ正義なのだ。


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一時は同じ哲学を共有したはずの名古屋と川崎。

もはや交わらないと思われた彼らに残る共通点。それは苦い過去が生んだ勝利への飢え、その中でも継続的に積み上げた戦力、その末に求めた勝敗に徹底的に拘る監督、その結果手に入れた〝勝者のメンタリティ〟。


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同じ道を歩むかと思われた両者がしかし紆余曲折経た先に正反対な道を選ぶとはあの日誰が予想したか。もはやこの舞台、〝どちらの技術が勝るのか〟そんなエンターテイメントに溢れたものではない。それぞれがそれぞれの土俵を極めた先にあったのは無敗と一敗の首位決戦。

彼らに用意された舞台はACL延期により空き日程となったGW二連戦。さながらチャンピオンズリーグ決勝トーナメントの如く、ここで試されるは互いの守備力と攻撃力なんて上っ面な力自慢でもない。守りきることで世界のスタンダードだけが道でないと証明され、一方攻めきることでこのスタンダードこそ正しい道だと証明される。勝つために無失点を追求し、勝つために三点奪うことを追求する。全ての目的はただ一つ、〝勝利〟のため。

己の選んだ道こそ正義と証明するには、その誇りに賭け戦いそして目の前で叩き潰すことだ。舞台は整った。

どちらが国内最強か、この二試合で決めてしまおう。

鳥栖さんがパない件について語りたい

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今季は名古屋と徳島そして鳥栖を追っかけると告げる。

相手は首を傾げる、『なぜ鳥栖?』と。

シーズン前、サガン鳥栖を上から見下ろした人間の更に高みから今サガン鳥栖が我々を見下ろしていると気づいているか。直近のセレッソ戦には敗れたものの、そこまでは4勝2分得点10失点0の堂々3位(今4位)。鬼強い。

SNSでは彼らの戦術について語られ(俺)、いかに彼らが類い稀なパフォーマンスをしているかと絶賛し(俺)、ほれ見たものかとドヤ顔のそう全部俺。

そもそもなぜあの日『サガン鳥栖は追っかけるに値するクラブ』と明言したかを聞かれてなくとも言わせてほしい。一言で済む。昨季面白かったからだ(語彙力)。

シーズン終盤のパフォーマンスを貴方は見たか。

ラスト10試合、3勝6分1敗だぞ。微妙だろ。

いやでもピッチ上で繰り広げられるフットボールは魅力的だった。ビルドアップは丁寧に、攻撃はピッチ幅をいっぱいに、背後のリスクは覚悟の上サイドバックは高く前方に、奪われれば激しく相手に襲いかかる。

彼らのパフォーマンスを羨んだマッシモはストーカーに勤しみ、結果晴れて名古屋にやってきたのが森下龍矢。

マッシモナイス。やれば、出来る!!!!!!!!

鳥栖サポーターの怒りを買いそうなので話を戻すが、こんな戦いを見せられちゃあ来季も追うしかねーな!と決めやってきた今シーズン。原に原川に外国籍ストライカーも抜けこれは苦労するに違いないと、正直ちょっと高みから見下ろした俺を心の中でぶん殴る。

強い、言葉を選ばず言わせてほしい、クソ強いと。

 

これが21年版鳥栖。モデルはライプツィヒ

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これは第二節、浦和戦後のエルゴラッソのコピーだ。

エルゴラ史上最高級のインパクトで放たれた今季のテーマ(愛知在住でエルゴラ読んでなかったけどな)。マジか、それはやべえと馴染みの鳥栖サポさんに『前々から目指してたんですか?』と即座に問い合わせ。

僕も初めて聞きました!

いつナーゲルスマンを目指したキンミョンヒ。みんな置いてけぼりじゃねえかと安堵しつつ、いや確かに浦和戦の戦い方はセンセーショナルだったと回想する。

昨季からベースは変わらない。そのビルドアップも、横幅目一杯も、前からガツガツも同じ。

ただ何が変わったってさ、試合中にシステムが目まぐるしく変わるんだ。『今季の鳥栖は4-4-2のダイヤだね』『3バックはなんてことない目くらましさ』。

にゃーーーどこの誰が舞の海猫騙しじゃねーから。

そんな簡単に断定されてたまるか。もっと難解だよ、もっと難易度高いことやってるよにゃーーにゃーー。

〝点〟の部分いわゆる今季のパフォーマンスは後に掘り下げるとして、まずは〝線〟を意識した話をしたい。

そもそも何故縁もゆかりもないライプツィヒなんだと。

 

サガン鳥栖モデル〟の存在

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これ、あまり知られていないんじゃないだろうか。

ここ数年、鳥栖はアカデミーをも巻き込んでクラブが目指す指標、看板をデカデカと掲げている。

鳥栖らしさ〟と〝アヤックスメソッド〟の融合だ。

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ざっくり端的にいえば、鳥栖らしいハードワークや球際へのこだわり、その根底にある闘争心に加え、アヤックスの伝統ともいえるボール保持を基調とした攻撃的なスタイルが交われば、それもはや唯一無二という発想。

この取組み、振り返れば2018年のマッシモ時代から始まっており、イタリアにオランダのスパイスを注入する邪道極まりないプロジェクトに見えなくもないが、実際にメスが入ったのはアカデミーだ。一貫したゲームモデルに加え、九州という土地柄的な気質やボール保持をベースとし、安定してトップチームに選手を供給するシステム構築。少なくとも当時はこれが狙いだったはず。

しかし潮目が変わったのが2018年10月。

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俺たちのマッシモがやっちまって、後任についたのが8月からマッシモの救助に駆り出されていたキンミョンヒ。

それまで鳥栖アカデミーで約8年慣らした男が満を持して登場。しかし彼に課せられた使命は外部から見れば尻拭いのそれだった。トップバッターはマッシモで、続いたのが誤報じゃなかったほんトーレスの〝大物路線〟、残留からの締めくくりはどこから来たんだカレーラス

つまり皮肉にも彼が本腰を入れトップチームの改革に取組めたのはあの20億の赤字が発覚した2020年シーズン、昨季からだったと定義しても良いだろう。

そう、未曾有の事態、コロナ禍ど真ん中だ。

 

〝降格なし〟をボーナスステージへ

遂に年間通して指揮を取れるシーズンがやってきた。

しかしそこに立ちはだかったのがコロナ禍による超イレギュラーなレギュレーション、そして竹原さんそこも誤報じゃないのか史上空前の巨額赤字。


【サガン鳥栖】竹原稔が目指したサッカーとは。【Jリーグ裏話】


【サガン鳥栖】竹原元社長が学んだ経営の極意とは。

〝降格なし〟〝しかし金もなし〟これまで常に残留争いと何故か湧きでるあぶく銭に良くも悪くも悩まされてきたキンミョンヒに用意された真逆のシチュエーション。

だからこそ自身がシーズン頭から陣頭指揮を執ると決まった段階で、アカデミーの選手達が活躍できる環境と、且つそれで勝てるフットボールを植えつけなければ、早晩ジリ貧になると危惧していたのではないか。彼が思い描くスタイルやサッカー観、まさにユース時代から目指してきたものを、〝トップチームにおけるサガン鳥栖モデル〟として確立すべき時が、遂にやってきたのだと。

そう思えるのは、今日に至るまでの彼らの歩みだ。

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昨季のシーズン序盤は4-3-3のシステムに取組んだものの、初勝利に辿り着くまで9試合、そこに至るまで4分4敗得点数2の苦難の道を歩んでいる。当時から丁寧なビルドアップとピッチ幅を活用する意図は見えていたもののしっくりこず。それでも〝降格なし〟の後押しでチャレンジを続けた彼らは、点が獲れなきゃ4-4-2じゃ!とシステムを変え、代わりにピッチ幅はサイドバックが埋めてしまえと大冒険。今季繰り広げるフットボールの原型となる超攻撃的なスタイルに変貌を遂げる。

ただそれだけでは飽きたらなかったキンミョンヒ。

鳥栖の根幹にあるものは、ハードワーク、球際、闘争心だ。ただ〝攻撃的〟と己のスタイルに酔いしれるつもりも、遡ればアヤックスの〝コピー〟になるつもりもさらさらなかっただろう。試合に勝つためには、サガン鳥栖が元々持つこの圧倒的な強みを、しかも若いチームだからこそ可能な形で全面に押し出すこと。これが最も近道となり、ひいてはそれこそが自分たちのスタイルになると解釈したのではないか。まだ進化の余地あり、クラブを守りそして強くするためには止まっている暇はない。

今季待っていたのは降格4クラブ、地獄のシーズンだ。

 

そして生まれたトップチーム版サガン鳥栖スタイル

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前年に築いたそのスタイルをさらに進化・発展させ、且つ〝勝てる〟チームを目指すべく、彼らは〝ハードワーク〟そして〝若さ〟を最大の武器に据えた。

基盤となるシステムも4-4-2から3-1-4-2へ。

その理由を解釈するうえで興味深いのは、攻撃時のデザインはある程度前年ベースを踏襲した印象を受けることだ。もちろん細かいメカニズムに違いはあれど、ピッチの横幅を6枚(左から中野、小屋松、林、山下、樋口、飯野)で埋めるデザイン自体に大きな違いはない。

基本システムを変えたことで大きく変わった点、それはボール非保持の場面、つまり守備にあると考える。

高い位置からボールを奪いに行く際、従来の4-4-2より今季の3-1-4-2の方がよりバランス良く前線からプレッシャーをかけ易くなった点が一つ。相手のビルドアップを阻害すべく前から圧をかける際、従来はどうしても両サイドハーフの立ち位置、またそこに付随した両サイドバックの移動距離(つまり各々がターゲットと定めた相手にプレッシャーをかける際のアプローチ方法)は改善点に映った。しかし今季は彼らをインサイドハーフ、そしてウイングハーフ(鳥栖ならではの呼称)と明確に設定したことで、中の密度は保ったまま、しかし各々がその標的に対し最短距離でアプローチ出来る仕組みとなった。その分背後が気になるが、そこはスリーバックの左右のストッパーが前に連動する形で対応する。アンカーの担当エリアが広いのが玉に瑕だが、ここは童顔の松岡が獰猛に相手を削り、ボールを刈り取る。名古屋に来い!

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一方で相手に押し込まれる場面では、従来の4バックではなくウイングハーフを下げ5バックとすることで、ピッチ幅をバランスよく埋め、ブロックの安定化を図っている。いわゆる人海戦術に近い発想だ。

つまり攻撃の良さはそのままに、守備のバリエーションを相手の出方で変えられるようになったわけで、そりゃ机上で語れば最強じゃねえかと唸ってしまうが、問題は何故それが可能となったのか、である。

〝ハードワーク〟と、それを可能とする〝若さ〟だ。

第五節終了時点での総走行距離、リーグNo1の626.8㎞とは恐れ入った。これは完全に走る暴力。

またこのメカニズムを語る際、左サイドを担当する三人、中野、小屋松そして仙頭は避けて通れない。

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守れば5バックのウイングバック、前からプレスをかけるなら今度はウイングハーフ、ボールを保持すれば一つ内側に入ってインサイドハーフ(ハーフスペース侵略担当)。小屋松よ、おま死ぬぞ。彼のオバケ体力とその理屈上の移動をマジで可能としてしまう爆発的なスピードにより活かされるのが新たな司令塔、仙頭だ。自身より前で立ち位置を取る6枚のレーンをどう操るかは彼のスキル次第と言っていい。またそんな彼らのコンビネーションを影で支えるのが若干17歳の若武者、中野。彼の動きは小屋松と持ちつ持たれつの関係性で成り立つ。ボール保持の際、中野が大外まで上がりきれば小屋松は一列中へ。一方のボール非保持では、小屋松が横にいれば3バックのストッパーとなり、彼が横にいなければオートマティックに最終ラインは4枚へと移行。中野が従来のサイドバックとして外のレーンを担当する。ここでも昨季のベースが前提にあることを見逃すことは出来ない。

面白いのは、これほど複雑なシステム変更を主に左サイドの連中が担っており、対する右サイドに位置する飯野、ファンソッコのタスクは非常にシンプルな点にある。飯野はとにかく前後をアップダウンし、攻撃になれば〝分かっていても止められない〟縦の仕掛けでチャンスを演出する。後方のファンソッコはビルドアップに大きく加担することなく、むしろその持ち前のフィジカルとスピードでチームを下支えするのが大きな役目だ。

つまり選手の個性を生かすべく、〝左が頭脳〟〝右が槍〟と意図的に左右非対称でチームのメカニズムを作りだしたのが今季最大のポイントといえる。元々持っていた攻撃性能に加え、ハードワークとそれを生み出す溢れんばかりの若さを武器とすることで、目まぐるしくチームの様相を操れる、それが今のサガン鳥栖の強さの源。

おっとそうそう忘れてた。総走行距離の貢献者を。

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もうさ、『今日も今日とて俺も走るしかねえ....』って誓いを立ててる姿にしか見えないパクイルギュ。

守るのが仕事か走るのが仕事か本人も分からなくなってるとしか思えない走行距離。しかし前からアグレッシブに奪いに行く鳥栖にあって、彼の圧倒的なプレーエリアの存在を無視することなど出来やしない。あるいはビルドアップで押し戻されれば彼が逃げ道となり、絶対に適当には蹴っていけないルールのもと、ケツバットだけは喰らうものかと効果的なパスで見事に11人目のフィールドプレーヤーを体現する、まさに攻めながら守る男。

ここにエドゥアルドと松岡、さらに言えば仙頭を加えたビルドアップ隊はなかなかに屈指な陣容で、彼らが相手のプレス隊と対峙しバリエーションあるビルドアップを駆使することで、前線からのプレスだけでなく、後方からのビルドアップでも試合の主導権を握ることに成功している。また他の連中が安心してポジションが取れるのも、もっといえばこれだけのポジション移動が可能なのも、彼らの存在抜きには語れないのだ。

決めたパギさん手放した横浜は定期的にイジってこう。

 

さあマッシモ、ともに鳥栖ウォッチを続けよう

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彼らが今季実現しまたブラッシュアップに成功した点。

それはより前からアグレッシブに、待つのではなく奪いに、そして攻撃的に、しかし守るべき時はチームとして結束して守る。まさに『いやそれ可能だったらどこのチームだってやりてえよ!』と嘆きたくなる進化にある。

ただ繰り返すがそれを可能とした大きな要因は、昨年から続く〝あるべきサガン鳥栖スタイルの追求〟であり、またそれを根幹で支える彼らの文化、そして圧倒的な若さにある。それらが融合した結果、他にはないスタイルが生み出された点は評価されるべきことで、仮にその進化のヒントになったのがライプツィヒにあったのだと言うのなら、これは非常に興味深くまた面白い。

このコロナ禍で鳥栖が無傷だったかといえばむしろ傷を負ったこともあったわけで、本来『コロナ禍のボーナスステージ』なんて不謹慎な表現なのは自覚している。

しかし今季の躍進に関して、例えば今だけに着目して語るのも、あるいは鳥栖には優秀な若手がいるからなと安易に片付けるのも、ここでは異議を唱えたい。彼らの躍進は、彼らが歩んできた文脈と、その結果生まれたキャスティング、そして何よりそれでも生き残るべく知恵を働かせこのコロナ禍すら逆手に取った継続の賜物だ。

さて今後も彼らの快進撃は続くのか。

そこにちょっと待ったと肩に手をかけクルピセレッソ

彼らが鳥栖に突きつけた課題は簡単なものではない。一つは選手達の個性を重視するが故の複雑な鳥栖のメカニズムそのもの。チームの頭脳であり心臓が松岡であり仙頭であるのは明白で、さすれば彼らをゲームから排除したいと思うのは当然。つまりボールが循環する〝肝〟が明確故の長所と短所が表裏一体のその仕様。二つ、仮にボールが前進出来た場合、潔く撤退し前後コンパクトにゴール前を締めてくる相手にどう立ち向かうか。端的にいえばラスト1/3の質とアイデアが課題であり、清水や福岡そしてセレッソとブロック守備に定評のあるクラブ相手にことごとく躓いた。三つ、リードされた展開における試合の運び方だ。ただでさえ前掛りなスタイルにあって、リードされゴールが割れないジレンマに陥るとチームはどうしても前傾姿勢となる。後方のメンバーが個人で晒されるのは至極当然で、その一つの結果があの日のファンソッコの退場であると言えるのではないか。

彼らのスタイルの根幹にあるリソース(選手層)と運動量も当然ながら重要な肝であり、これらが欠けたときチームの真価が問われるはず。なんにせよ相手に研究対策されてからが本番で、さあこれらを上回れるか。

そしてやってきたまだ見ぬ第二のオルンガ候補生、ナイジェリアとケニアの刺客チコとドゥンガぐりとぐらっぽく)。チコのわりにはむしろ道を踏み外した岡村隆史感があるキャラ設定もややこしければ、ボーっと生きてんじゃねーよ!とキレるには見た目も名前も申し分なさそうなドゥンガとの役割分担が尚のことややこしい。

そして次節は首位川崎そして控えるガンバと名古屋。

前節を〝完敗〟と認めたキムミョンヒはこう語った。

僕たちに似合わない大きな荷物、重荷を一つ下ろせたということで選手達も目が覚めて次に向かっていけるのではないか。変な驕りや胡坐をかいているような余裕のあるチームではない。もう一回ゼロに戻して、しっかりと戦う姿勢をみせて、次のゲームに進みたい

無敗と無失点が途絶えたから終わりではない。

むしろセレッソ戦の完敗こそ彼らにとっての新たな始まりであり、始まった矢先に待ち構える上位陣との4月のシリーズに向け、彼らがどう立ち向かうかは注目だ。

マッシモ、吉田豊、森下龍矢、金崎夢生ともはや名古屋のブラザーと言っても過言ではないサガン鳥栖

きっと今季もマッシモは見ているだろう。私だって見ている。マッシモは夢生が好きで、そんな夢生は林大地が好き。そしてなんと私も林大地が好きで、ということはきっとマッシモも林大地が好きなこの幸福無限ループ。

結論、俺とマッシモは相思相愛なのかもしれない。

時を経て名古屋に集結した〝90年世代〟

毎年この時期の脳内は我らが最強で埋め尽くされる。

オフの主役といえば名古屋しかし予想外の大補強はエスパルス。とはいえオフの王者名古屋のこの風格。

学に柿谷とは7年前ならバリバリの代表戦士。ここに米本と吉田豊も加えればなんと懐かしい約14年の時を経て城福ジャパン再結成。但し監督はマッシモです。

例年になく派手なチームに激変し"戻ってきた感"のある名古屋を今回も主観でばしばしと斬っていく。

 

一年を通し見えてきたマッシモ流

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まずはマッシモの描くフットボール像のおさらい。

素人の立場ながら試合を通し受け取った印象、一方でシーズン後に選手たちが発した実際の感想。

ここから読み取れるのは、

  • 起用する際のプライオリティは〝守備〟にあり
  • 〝守備〟におけるタスクとルールは相当に細かい
  • 一方で〝攻撃〟は比較的自由(約束事は最低限)

一言で〝守備〟とまとめてもじゃあどんな守備なんだとツッコまれるが、ここでは簡易的に〝マッシモが要求する守備〟だと定義したい。その点は後述する。

どの選手の口からも、求められる要求が高く細かいことは明らかとなっており、またそれが結果に結びついた事実は重要なポイントだ。どれだけ攻撃でメリットを生み出せても、他方守備にデメリットが多く結果収支が合わなければ起用の優先順位は落ちてしまう。

逆にそれさえ出来れば攻撃の約束事は多くない。

守るべきは〝誰かが動けば誰かが埋める〟ことであり、それもボールを奪われた先を見越した約束事。

しかしながら〝最低限の約束事のみ〟とはつまりその分攻撃は個人依存型なわけで、依存するが故に求められる能力もはっきりしている。ただ繰り返すがまず大前提は〝求められる守備〟があり、そのベースをもって必要な攻撃の能力も定められていると解釈したい。

近年の名古屋は降格後にスタイルを一新し、結果が伴わないジレンマからさらに軌道修正を図り今に至る。

〝現在(いま)〟に徹底してフォーカスする大森スポーツダイレクターのチーム編成と、それをピッチで〝結果〟に結びつけるマッシモのタッグは今季も健在。優勝争いが出来るチームを作る。この一点において、彼らの手腕に異論のある者はいないだろう。

新体制発表会で大森氏が繰り返し発言した、

  • チーム内での競争力
  • スピーディーな攻撃

これが昨季から継続して積み上げるテーマとなる。

では今季のチーム編成について、各ポジション毎に掘り下げていく(ゴールキーパーは割愛)。

 

熾烈なレギュラー争い 〜センターバック

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セレッソ大阪より木本恭生が加入。昨季全試合フル出場の丸山、中谷との〝競争〟であることを強調する大森スポーツダイレクター。セレッソ時代にはセンターバック以外にボランチもこなす器用な印象があるものの、今回は本人の希望も、またクラブ側の要望も〝センターバック〟であったことがポイントだ。

昨季〝堅守〟で名を馳せた名古屋とセレッソ

ライバルクラブから主力級を抜いたわけで、これ以上の補強はないと言えよう。空中戦は名古屋屈指だ。

ちなみにこのポジション、藤井陽也も控えている。

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アカデミー卒である彼や成瀬、石田を今季はクラブとしてどんなヴィジョンのもと育てていくだろう。

決してマッシモが〝若手を使わない監督〟だとは思わないが、同時に〝使いたい若手〟もはっきりしているはずで、それはどの監督でも至極当たり前のことだ。

しかし目先の結果、つまり〝チームの力を落とさない為の起用〟に終始しては一向に彼らの出番が訪れることはなく、それは試合に関わることのない月日だけが過ぎていくことを意味する。よって〝若手の伸び代への期待〟が今季の編成に組み込まれているかどうか。

名古屋のアカデミー卒の選手たちは比較的小柄で且つ華奢な選手も多い。例えば昨季大成功を納めた成瀬竣平にしても、結局はシーズン途中オジェソクの加入でその座を奪われた。持ち前のテクニックと敏捷性を持ってしても、ジェソクの対人能力や球際の力強さの前にはベンチを温めるしかなかったのが現状だ。それは藤井にもいえること。恵まれた身長はあってもマッシモが求める理想像からすればその身体は華奢に映る。

守備がベースにあるということは、つまり〝ボール非保持〟で何が出来るか問われるわけで、故にフィジカルの面は無視できない。これは〝ボール保持〟をベースに選手選考していた過去との決定的な違いである。

使えないと切り捨てるか、使えるように育てるか。

トップチームが結果を求めるあまり、未来ある名古屋の若手達に蓋を閉じる行為は本末転倒。大切なのは〝現在(いま)〟がどう〝未来(さき)〟に繋がるかであり、つまりトップチームとアカデミーの二軸が〝それぞれで〟稼働している事態だけは避けるべき。

目先の結果だけでなく、この視点も忘れたくはない。

 

鳥栖さんお世話になってます 〜サイドバック

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サークルにああいう奴いた森下龍矢。

陽キャ全開で既にファン層拡大中の森下だが、実は今季の目玉補強になりえるので少々掘り下げよう。

鳥栖時代を振返ると彼の特徴は遺憾なく発揮された。

チームは攻撃的。彼と前後でコンビを組む右サイドのミッドフィルダーは外に張ることへ拘らず、相手の〝間〟で受けるのが主たる仕事。対して〝大外〟に位置しピッチ幅を確保するのは常に森下の役目。故に自重どころか高い位置を取ることはもはや約束事で、彼の前には縦に仕掛けるスペースが確保されていた。

一方名古屋におけるサイドバックの役割は異なる。

スタート位置は低く、だからこそ攻撃を開始する際に問われるのは〝ビルドアップ〟の能力。もちろん大外に張る役目はなく、なにより前方に位置するウインガーとの関係性が重要となる。操縦し、操縦され。ただひたすらに大外を駆け上がればいいわけではない。

そして改めて言及するまでもなく〝守備〟の要求は多岐に渡る。ポジショニング、身体の向きは矯正確実。また本人も課題として挙げている逆サイドからのクロス対応。もう三笘(川崎)に背中は取らせまい。

web.gekisaka.jp

これだけ正反対に近いクラブをあえて彼が選んだ事実は、自身のキャリアを逆算した結果だろうか。

そして更に面白いのは、スタイルが異なるサガン鳥栖での彼をマッシモが評価した事実に他ならない。


【第8節のピックアップゴール】FC東京vs鳥栖 森下 龍矢(鳥栖)43分

90分ひたすらに繰り返せるスプリント力に加え、そのスピードを武器とした対人能力。分かりやすくいえば〝サガン鳥栖の大先輩〟吉田豊を彷彿とさせるそれであり、マッシモ漬けにする素養は十分だと見込んだのだろう。また明治大学出身という意味では、同じくカルチョ漬けで成功した長友佑都が理想像だろうか。サイドハーフもこなす攻撃力に加え、名古屋でこれらの課題を乗り越えた先を想像すれば、近い将来の日本代表いや海外進出もありえる逸材と言っていい。

それにしても右サイドバックの争いは熾烈である。

正直にいって、獲得の経緯とこれまでのチーム内での立ち位置を踏まえればレギュラーが森下、控えに成瀬となる可能性が非常に高い。吉田豊にアクシデントがあれば、森下が左に回り右を成瀬が務めるだろう。

ではクラブ在籍5年目の宮原和也はどうなるのか。

おそらく現在のチームにおいて、積み上げた実績と立ち位置の乖離が最も激しいのが宮原だ。昨年同様三番手に甘んじて契約満了に向かっていくのか、あるいはレギュラー奪取ないしはそのユーティリティ性に活路を(マッシモが)見出すのか。彼を戦力に組み込めば相当チーム力は上がるはずだがさあどうなる。

 

むしろマッシモが漬けられそうな男 〜ボランチ

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誰がどう見てもインテリ感の塊よ長澤和輝。

大学時代からの仲良し稲垣祥とは遂にチームメイトに。それを祝うべく新体制発表会では『ドイツに試合を見にきてくれ速攻で財布をなくした不思議キャラです』と早速ボランチのライバルを爆撃するインテリ。


【車内対談】名古屋グランパス長澤和輝選手に聞く 足腰の強さの秘訣|ドライブトーク前編|鈴木大輔【ヒストリア】

俺の下半身はスキー仕込みだ!と豪語する長澤の下半身は確かにすげえ下半身で、今季挑戦するACLでも過去にその下半身でブイブイいわせてた姿は忘れない。

globe.asahi.com

現役Jリーガーでありながら早稲田大学大学院に通った秀才は、その頭の回転速度と落ち着いたロジカルな語り口調でいつかの中田英寿をも彷彿とさせる。


関東2部からJを経由せずブンデス2部で優勝した長澤和輝が語る海外で活躍する方法がコレだ【海外を目指す君へ】

セレッソから加入した木本を〝センターバックとして獲得した〟と強調し、ボランチにはこの長澤を獲得した大森スポーツダイレクターの狙いは興味深い。元々は川崎の守田を狙ってたかどうかは知らないが、つまり名古屋のボランチに何より必要な能力はボールを狩り取る力であり、そして前後左右の広大なエリアをカバー出来るだけのスタミナとスピードだ。攻撃面は〝奪ったら素早く縦へ〟大森スポーツダイレクターの言葉からもボランチに求める能力は伺える。

何故ジョアンが構想外になったのか、あるいはこの枠に木本を含めていない理由もそれらにあるのだろう。

www.soccerdigestweb.com

また余談にはなるが、名古屋が流通経済大の安居海渡に拘る理由もまさしくここにあるはずだ。これまで狙ってきたターゲット、このポジションの年齢構成を踏まえても是が非でも獲得したいに違いない。

さて長澤だが彼は名古屋一ユーティリティな選手だ。

ボランチをメインに、試合展開に応じては阿部の代わりにトップ下の起用も考えられれば当然ながらサイドも出来る。もっといえば試合をクローズドさせる展開においてはサイドバックでの起用にも応えるだろう。

ポイントは〝どのポジションでも非常に強度の高いプレーを担保できる〟ことにある。つまり先行逃げ切り型のマッシモにあって、これほど使い勝手の良いピースもないはずで、一家に一台長澤和輝間違いなし。

 

コアラを狙うヒヨコ 〜ウイング〜

名古屋の左サイドがあざといキャラで交通渋滞。

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これははっきりと相馬勇紀のライバルと解釈すべきだろう。各媒体では名古屋のスタメン予想にマテウス前田直輝が名を連ねるが、個人的には彼らがむしろライバル関係で、一方の左サイドを大学時代の〝11番〟を背負うこととなったコアラと、優しい面をして実は獰猛なヒヨコが争うだろうと予想している。

チームでいえば今季このポジションのタスクは注目。

名古屋のウイングに求められる要素は多い。前述した通り守備ではきっちり4-4のブロック形成をするとともに、場合によっては最終ラインに吸収されてでも相手サイドバックを捕まえる。そしてそのベース(=スタート位置)があって始めて攻撃が始まるわけで、つまり圧倒的な対人能力、スピード、スタミナ、そこから前に出ていくパワー....ああどれだけ必要か。

しかもしかも必要な能力はこれで終わらない。

そこからアタッキングサード(相手ゴール前)では〝最低限の約束事〟故、相手がブロックを組めば個の打開力がこのポジションには求められることとなる。


【第28節のピックアップゴール】名古屋vs湘南 マテウス(名古屋)11分

昨季終盤コンディションを理由に相馬がスタメンを確保した理由はおそらくこれらの要素に起因しており、逆に前田が後塵を拝した理由もまたここにある。その点マッシモが最大限評価したのがマテウスで、彼の場合は攻守に爆発的なスピードとパワーを発揮しつつ、〝何もないところから何かを起こす〟謎の力まで併せ持つ、まさに〝マッシモのために舞い降りた天使〟。

では対する前田の特徴が何かといえば、その卓越したドリブル以上にフィニッシャーとしての能力にある。


【第34節のピックアップゴール】名古屋vs広島 前田 直輝(名古屋)86分

チームとして〝彼が点を獲る仕組み(=点が獲れるポイントに彼が現れる道筋)〟が作れればこれはもう最大の武器なわけで、但し現状はむしろ『ボールは預けるのでお構いなしにゴールマウスぶち込んでやってくだせえ!』なチームなのでなかなかに道は険しい。

さて今季何故このポジションが注目になるのだろう。

それは昨季を振り返る際、どの選手もチームの課題として〝後ろに重すぎた〟ことと、〝攻撃の選手(特にこのポジションの選手に向けてだろう)に負担をかけすぎた〟と口を揃えるように語っていたからだ。

これを改善するために考えられる手は以下の二つ。

  1. そもそもの守備の仕組みを変える
  2. 攻撃の精度を上げ結果ボール保持の時間を伸ばす

①を端的にいえばウインガーである彼らの守備負担を減らす仕組み作り。②に関しては重要な点で、〝前から奪う時間を増やしたい〟のであれば、逆説的だが結局は攻撃を改善するのが何よりの近道となる。

彼らが掲げる課題と今季の成長を図るうえで、この点に着目するとシーズンがいっそう面白くなるはずだ。

 

彼はこのクラブでどう成長するだろう 〜トップ下〜

阿部ちゃんやシャビエルを今更語る必要もないので、ここは三年間待ち焦がれた児玉駿斗に触れておこう。

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現状の名古屋で語るのなら枠は一つ〝トップ下〟。

何故なら他のポジションに比べ、このトップ下は唯一求められるフィジカルレベルに違いがあるためだ。前後を繋ぐハブとなり、相手のライン(DFとMF)間でスペシャルなアクセント、つまり〝違い〟を生み出し決定機を演出するのが最大の仕事となる。

もちろん守備にも役割はある。運動量はもとより、後方で待ち構える味方の助けとなるような〝賢い〟守備が問われるだろう。また前線からプレスを開始する際は周囲を動かし、自らもハードワークをこなす必要がある。これらのタスクをこなせなければ、監督であるマッシモにとってこのポジションを置く意味はない。

しかし今の名古屋でいえば阿部ちゃん然り、過去を振り返れば河野広貴も重宝したりと唯一小柄な選手でも積極的に起用してきたのがこのトップ下のひと席。皮肉にも彼の先輩である渡邉柊斗もこのポジションで試されていたのは記憶に新しい。勝負するならここだ。


【公式】ゴール動画:児玉 駿斗(名古屋)41分 ガンバ大阪vs名古屋グランパス JリーグYBCルヴァンカップ グループステージ 第6節 2018/5/16

さて児玉はマッシモのサプライズになれるか否か。

 

今季の命運は彼に託された 〜ストライカー〜

練習初日から圧倒的な存在感と貫禄の柿谷曜一朗

ユニフォーム売上一位をあろうことかセレッソ大阪の看板選手が即奪取したわけで期待の表れに違いない。

migiright8.hatenablog.com

彼自身にフォーカスした内容は過去のブログで言及したので簡潔にまとめるが、前述した森下が〝どこまで成長出来るか〟だとすれば、柿谷は〝どうはめ込み、結果彼自身がどう変われるか〟ではないだろうか。

最近になって長身ストライカーの話題が盛んだ。

この点に関しては、シーズン後の阿部浩之のインタビューが参考になるのでこの前提で語っていきたい。

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阿部ちゃんが昨季の課題に挙げた内容は簡潔にこれ。

  • 〝味方のために〟スペースを生かす動き
  • パスコースを増やす動き(顔を出す)

つまり各々の選手が自身のやりたいことに終始しているようでは駄目、〝味方のため〟にプレーが出来なきゃこれ以上の進化はねーよとのご指摘。余談ではあるが、こればかりは意識しないと変わらないとはっきり断定し、昨季の攻撃はほぼ評価に値しないとばっさり斬る歯切れの良さ。挙げ句、監督の好みは理解しつつもそれはあくまでベースであり、俺はそのうえでもっと攻めたい点も獲りたいと主張できるその姿勢。これぞ阿部浩之たる所以だなと感じざるを得ない。

さて、この課題を解決するには以下三つではないか。

  1. 理屈度外視で力技(高さ)でねじ伏せる
  2. マッシモが攻撃の細かい約束事を植えつける
  3. 阿部ちゃんの感覚に近いキャスティングで固める

ということで、もっとも手っ取り早く且つ計算出来るのが①長身ストライカーの獲得、となる。その点に関してはこのブログでも散々言及してきたわけだが...。

どうせなら柿谷曜一朗に賭けてみませんか(誰宛)。

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ここで長身ストライカー到来では、あまりに王道且つベタな展開で強いに決まってるのだもの。違う言い回しをすれば、全てが計算できてしまうことへのロマンのなさとでも言おうか。守備は堅守で攻撃もゴール前目掛けてクロス祭りや!ではさ、あまりに芸がない。

現状打破は出来るだろう。但し結局はそれもまた個人依存には違いなく、阿部ちゃんが指摘する課題に対して本質的な解決をしたことには繋がるまい。だったらマッシモが有機的な動きを仕込んでくれると彼に願うか、あるいはそれが無理なら〝目が揃いそうな〟阿部ちゃんや柿谷、学を並べそこで起こるケミストリーに賭けてみたい。おそらくそれを誰より望みまた楽しみにしているのが阿部ちゃんではないか。そもそも名古屋には山﨑だっているしそうだ夢生も戻ってくるぞ。

一つくらい箱の中身がわからない楽しみは如何。

 

なんの縁か名古屋の地に集結した黄金世代

相変わらず長々と書いてしまったが最後の章である。

あまり話題にあがることはないが、今季の編成における最大の変化、肝の部分は〝年齢構成〟にある。

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チームのムードメイカーだった千葉和彦太田宏介がクラブを去り、新たにやってきた〝城福ジャパン世代〟の柿谷や学、前述の吉田豊や米本を加えクラブのボリュームゾーンは見事90年世代となった。実は丸山に阿部ちゃんも柿谷とは同学年まさに〝柿谷世代〟。


U-17W杯 日本-フランス 柿谷曜一朗のスーパーゴール

代表経験豊富でJのスターとして名を馳せた彼らは良くも悪くも誇り高く、そして一癖ある選手たちだ。

柿谷にしろ学にしろ、最高峰といえるワールドカップの舞台に辿り着いたものの、周囲が期待した通りのキャリアが築けたかといえば否定的な声が多いはず。その前後の世代がワールドカップの舞台や海外のクラブで成功した事実に対し、彼らのキャリアが波瀾万丈だったことは否めない。あるいは米本や吉田豊にしてもその実力に反し今日まで代表定着に至るキャリアは歩めなかったし、それは阿部ちゃんや丸山も同様だ。

しかしそんな彼らが何の縁か名古屋の地へ集結した。

初日の練習風景をみても存在感は別格、はっきりと確信したが今季の名古屋は彼らが主役であり顔だろう。

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彼らがチームの先頭に立ち、〝俺たちはまだ終わっていない〟のだとキャリアにもう一花咲かせるか。あるいは上手くいかずアクが強いが故にバラバラとなってしまうのか。もはや名古屋の命運を握るのは彼ら世代であり、阿部ちゃんのように〝マッシモに言われた通りやる〟のではなく、〝マッシモの理想以上のものを作り上げる〟気概で与えられた枠を突き破ってくれれば、おそらく今季は面白い。若かれし頃、世界を見据え戦った彼らが、30歳を超え今度はチームを引っ張る〝ベテラン〟の立場でこの地に集った。こんなに不思議で、そして面白い縁を見過ごすなどもったいない。

〝90年世代の逆襲〟これが名古屋の裏テーマだ。

選手とクラブ、そしてファンサポーター

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移籍移籍で怒涛の日々だ。

特に今オフはコロナ禍の影響もあり選手の出入りが激しい。どのクラブのサポーターも毎日が一喜一憂、もはや誰がどこに行ったか分からないので名鑑待ちだ。

さて、我らがグランパスも相変わらずの日々である。

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名古屋のアカデミーで育ったストライカーに、長らく誰もが『名古屋の未来』だと信じて疑わなかった二人。まさか『完全』移籍とは。目を疑った。

それにしても毎年毎年よくもまあここまで心揺さぶれるものだ。毎時間我々の心はジェットコースターの如く上がってはダダ下がる。だって青木に杉森ときた。ダウンしてなお馬乗りするようなものではないか。

振り返るとこの時期を平穏に過ごせたことはない。

クラブからすれば今さら掘り起こすなと言いたいだろうが許して欲しい。文脈の共有のため振り返りたい。

 

繰り返された〝ファミリー置き去り〟の移籍劇

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2018年オフ、涙の昇格決定後に待ち受けていた田口泰士の移籍。フロントから引き出したクラブ内最高評価と本人の希望次第で結べる複数年契約。しかしあろうことか彼は移籍の道を選ぶ。こんな言葉を残して。

このクラブのために頑張る気になれなかった

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翌2019年オフには玉田圭司がクラブを去った。待て前シーズン最大の功労者では。2年連続で襲う悲劇。再び名古屋に戻ってきた〝クラブのアイドル〟は、その発表を待たずしてインスタに別れの言葉を紡いだ。

今シーズンで退団することになりました。あまりにも突然だったので正直、頭を整理するのに少し時間がかかりました....。2014年に一度退団し、その2年後に帰ってきて名古屋グランパスに誠心誠意をもってやってきましたが、契約しないと伝えられた時には労いの言葉の1つもなかったことにはがっかりしました。しかし、とても刺激的な2年間でしたし、僕にとってすごくいい経験をさせて頂いたと思っています。シーズン終了後に皆さんから来年度の僕のユニフォームを予約してくださったとの声を頂いて、来年にむけて頑張ろうと思っていたので、それを無駄にしないためにも前を向いていきたいです!ありがとうございます!

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同年もう一人の功労者であるキャプテン佐藤寿人もクラブを退団。2020年、クラブレジェンドである楢崎正剛が彼の引退に寄せたメッセージには、皮肉にも当時は知り得なかった現実が2年の時を経て綴られた。

お疲れ様でした。何度も対戦し、同じチームでもプレーしました。いつも相手に脅威を与えるストライカー。数字が物語っています。日本サッカーへの貢献は計り知れません。本当にありがとう。苦しい時期を共に戦い、大きな力になってくれたことは感謝の気持ちしかありません。今でも名古屋での最後は、もっとリスペクトがあるべきだったと思う....。これからの道、たぶんまたお世話になることもあるでしょう。次のステージも輝かしいものであることを願います

そして最後に風間八宏だ。

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シーズン途中で解任が決まった際、クラブの声明に彼に対する感謝の言葉はほぼ存在せず、あったのは『いかにこのまま続けていたらヤバかったか』それだけだった。残留を決めた際にでたトドメの一言がこれだ。

あのまま行っていたらおそらく…これはジョーも言っていたんですが、勝点1も取れなかったと思います。ジョーはそのことにありがとうと監督に伝えていましたよ。その通りだと思います

〝死人に口なし〟とは失礼な喩えだが、あのシーズンに起きたことはまさにそれで、そんなこと露知らずどれだけ連敗しても必死に応援していた我を恥じた。

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その翌年、あの日〝チーム代表〟として名前が挙がったジョーとクラブが裁判沙汰になった皮肉を、我々はどんな気持ちで受け止めたかクラブは知る由もない。

はっきりと書こう。毎年、毎年、散々なオフだった。

 

〝出会い方〟と〝別れ方〟

さて、先に断るが今更これらの話題は語るまい。

選手が去るときは一瞬で、そして、無力だ。我々が選手たちにどれほどの愛情を注ごうと、その恋愛対象と続くか別れるかを決める決定権は我々にはない。

それはもちろん〝別れ方〟だって同じこと。笑顔で別れるか、はたまたお互いに唾を吐いて別れるか。ともに過ごし、最もその対象に愛情を注いだであろう我々はその選択肢を持ち得ない。常に他力本願だ。

であるからして、別れ方が最悪なら悲しいかな我々は選手にありがとうを伝える機会すら与えられない。見えない場所で別れは決まり、知らない事情でクラブと拗れ、何故かお互いが気まずい想いでその手を離す。

こんなツラいことってある?いやないに決まってる。

だからこそクラブには『別れ方を大切にして欲しい』ずっとそう思っていた。出会いはどうとでもなる。きっかけは金でも誠意でも交渉術でも生み出せるじゃないか。つまりシビアにいえば出会いはビジネスだ。一つでもクラブに武器があれば選手は寄ってくる。例えその出会いが最悪なものでも構うものか。取り返す時間ならどれだけでもある。それが出会いだ。

ただ別れだけはそうはいかない。

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その手を離すとき、必要なのはこれまでその選手がクラブのために尽くしてくれたことへの感謝だ。

何故かって?だって我々がどれだけ手を離したくないと駄々をこねてもその決定権はくれないだろう。だからこそその判断を委ねる代わりに、我々は選手との間に生まれた信頼やともに歩んだ想い出だけでも大切にして欲しいと願う。頼むからぶち壊さないでくれと。

お前らにそんな権利はないなんて言わせない。

だってプロスポーツじゃないか。ファンサポーターあってこそ成り立つのだと言うのなら、せめてもの願いは『可能な限り円満に別れて欲しい』ただそれだけ。無償の愛を注ぐ我々に対し、クラブが出来る最大限のギブアンドテイクだと考えれば、少なくとも選手に対し誠心誠意の対応をする。これはある種の〝責務〟だと私は思う。その責任が彼らにはある。ただ残念にも我々はきっと裏切られ続けた存在だった。

しかし今オフは少しだけ様相が違うようである。

 

LINEに綴られた選手への想い。旅立った若手達

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※引用元:名古屋グランパス公式LINE

どのクラブでもあるような無味乾燥な移籍リリースに別れを告げ、移籍してしまう選手の人柄やエピソード、共に歩んだことを感じさせる文脈をもって感謝を伝える。これはクラブ公式のLINE担当者様の文章だ。

率直に、あぁこんな温かい言葉を紡げる方がクラブ内部にいてくれたのかと思う。その事実に、救われる。

話を杉森考起と青木亮太に戻してもよいだろうか。

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彼らのプロサッカー選手としてのキャリアを考えれば、今回の移籍は決して悪い選択ではないだろう。

特に杉森は1年間のレンタル修行で結果を残しそのクラブからオファーを勝ち取った。青木にしてもここ数年結果が残せていなかったにも関わらずJ1クラブへの完全移籍である。これを栄転と言わずして何と言う。

ただ一方でそれはあくまで〝選手目線〟の話に過ぎない。もちろんそれが何より重要であることは今更言及するまでもないが、やはりそこにはファンサポーターの想いがあることもクラブには忘れて欲しくない。

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クラブの生え抜きと呼ばれる彼らのような選手たちはやはりクラブの未来であり、多くのファンサポーターもまた彼らを通して未来を見る。9歳からグランパスで育ってきた杉森考起は、昨季徳島ヴォルティスであれほどの活躍、実績を残してもこのクラブに居場所を見出せず。これが今のクラブの事情である。彼らを手放す代わりに、我々はキャリアピークの優秀な選手たちを獲る。ただ2年後、3年後に彼らが今の力を持ち得る保証などどこにもない。そうなれば捨て、またお金を使い獲ってくる。その繰り返しだ。〝未来〟ではなく〝現在(いま)〟を取り、〝時間を金で解決した〟と言及する理由はそこにあり、ひいては『完全移籍』の本質的な意味もそこにある。いつか来るかもしれない出番を待たずして、今は席が空いていないからと放出する。それが正しい答えかは誰にも分からない。

彼らにその椅子を奪う力がなかったのも事実だろうし、その椅子をクラブとして用意してあげられなかったのもまた事実。そして、結果的に彼らのような選手が外に活路を見出すしかなかった現実もまた事実。

その事実を、我々が粛々と受け止めることは難しい。

ならばせめて彼らが堂々とこのクラブを巣立って行ったのだと、何の後ろめたさもなく、正々堂々と勝負した結果この道を選んだのだと、そう信じたい。

そりゃあプロの世界だ。人と人が交わり合ったその先に怒りや憤りがないなんて青臭いことは言いたくない。しかしながら繰り返すがプロスポーツにはファンサポーターがいる。我々が願うことはただ一つ、誠心誠意その選手に感謝を伝え、別れを告げて欲しいと。

〝強いクラブ〟はお金と誠意、そして目利き力があれば作れるかもしれない。不要になった選手がいれば捨てればいい。それ以上の選手を連れてくるだけだ。

ただ〝強く、そして愛されるクラブ〟はきっとそれだけでは作れない。どうしたら愛されるかって?そりゃ我がクラブに人生の1ページを費やしてくれた選手のことを、最後まで愛し抜くことだよ。それがひいては我々ファンサポーターも愛することに繋がるのだから。これは青臭いと言われようが強く主張したい。

そして私は欲張りなのでそんなクラブを求めたい。

 

今だからこそ改めて伝えたい感謝の想い

最後に。先日、佐藤寿人の引退会見を見た。

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質問者に名古屋の関係者がいなかったので仕方ないが、会見の殆どに名古屋時代の話はでてこなかった。

だからといってここで感謝を述べたところで彼に伝わることはない。けれどこの際だから書かせて欲しい。

あの泥舟のような名古屋にあって、約束されたキャリアを投げ捨ててでも飛び込んできてくれた貴方のことを忘れたことはない。降格してからの2年間、ずっとチームの先頭に立って走り続けてくれた姿を忘れることもない。佐藤寿人は名古屋の歴史に残るキャプテンであったし、同時に名古屋に歴史を作った張本人でもあった。だからこそ、引退することに労いの言葉もかけられない、いや、名古屋を離れる際、感謝の言葉すら伝えられなかった事実を未だ悲しく思う。

佐藤寿人は、今もなお名古屋の偉大なキャプテンだ。

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もうこんな悲しいことがないようクラブには強くお願いしたい。我々を〝ファミリー〟だと呼ぶのなら。

どんな理由であれ、どんな形であれ、どんな些細なことであれ、選手に感謝の気持ちを伝えてくれ、我々にその想いが届くような発信をしてくれた今のクラブに改めて感謝を述べたい。選手も、クラブも、我々ファンサポーターも、最後は〝人〟なのだ。

〝人〟を大切にするクラブであることを、切に願う。

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※引用元:深堀隼平Instagram