みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

Never Give Up for the Win

どれだけ時間がなかろうが今日は書く。深夜だけどな!

2024年3月30日。会場は豊田スタジアム。第5節、名古屋グランパスvs横浜F・マリノス長谷川健太体制も3年目。個人的には、これが紛れもなくベストゲームだ。


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77分の森島司の同点弾以降、ずっと興奮は冷めることなく、全身に武者震いのような感覚を覚えていた。

正直にいえば、前半早々に山岸祐也のアクシデントがあり、負傷交代したときは内心お通夜状態だった。終わった....膝気にしだした終わったと。今の名古屋にとって、ポストプレーヤーを失うのはあまりに痛い。その後、後を追うように守備の要であるハチャンレまで脳震盪に倒れ、挙げ句、マリノスに先制点まで奪われる始末。「今日は仕方ねえ言い訳は山ほどあるから」と弱メンタルの自分に言い聞かせていた気がするごめんなさい。でも、同じ気持ちだった人もこの場で正直に手を挙げなさい。

たださ、選手たちは諦めなかったよ。諦めなかった。

山岸やチャンレがいなかろうが、それこそチームのエースであるキャスパー・ユンカーに至っては試合にすらいなかったのに。それでも、最後の最後まで戦ったのだ。

この試合の前に、心を打つようなコラムを読んだ。

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赤鯱新報に掲載された内田宅哉のインタビューだ。

内田は以下のようなコメントを残した。「みんなが身体を張って球際で戦うこと。それが名古屋らしさ」だと。

名古屋らしさ、か。これ実は耳の痛い話だったりする。

例えば、過去に名古屋サポーターではない知り合いからはこう言われたよ。「名古屋ってコレといったスタイルがないよね」。クッ....なんと腹立たしいセリフなんだ!

ただ、言葉に詰まるのも事実だった。例えば、川崎フロンターレマリノスと聞いたら、誰しもが何となくは彼らのイメージを想起するだろう。でも、名古屋は?毎回ころころスタイルが変わって、選手も金使って獲ってきてってか。うるせえコンチクショウ(自暴自棄)。実際のところ、クラブにもその問題意識はあったはずだ。2017年に風間八宏がやってこれば、明らかに「攻撃的なチーム」を標榜していたし、行き当たりばったりで(と言ったら怒られそうだが)マッシモ・フィッカデンティが就任すれば、今度はカッチカチの堅守を売りにし始めて高低差に耳やられた。そうだ大森さんは元気ですか。

一向に、スタイルが確立されたとは言えなかった。

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そして、2022年に長谷川健太が就任する。

正直に述べよう。ますますスタイルが分からなくなっていた(すまん)。アグレッシブにいくのか、結局は堅守なのか、はたまた今度はショートカウンター(ファストブレイク)か。分からない分からないよパトラッシュ。

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とりわけ今季に限っていえば、「俺たちはボール保持に挑んでいく」と宣言をし、遂には「可変」なるワードまで飛び出した。いや、それ自体はやったれ健太!と大賛成だったのだが、案の定、路頭に迷うかの如く開幕三連敗。あまりにも険しいその道のりに、勝つのが先か監督交代が先か、健太さんも首の皮一枚感は否めなかった。

しかし、だ。そこは百戦錬磨の長谷川健太である。

2024年3月16日。第4節の柏レイソル戦で、名古屋は慣れ親しんだダブルボランチに形を戻すことを決断する。


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この試合に至るまで、今季の目玉はキャスパーと山岸のツートップにあった。だからこそアンカーシステムを選択し、そのうえでキャンプから可変ありきのボール保持にまで拘った。慣れないシステムとスタイルに四苦八苦するのは構わない。なにより問題だったのは、そのシステムに適応できる人材がそもそも不足していたこと(特に名古屋の中盤のキャラクターは、アンカーにもインサイドにもハマらない選手が多くいた)。また、その慣れないタスクに意識が囚われたことで、もともとの自分たちの強みを発揮できない状況まで生まれてしまった。

では、果たして名古屋の(彼らの)強みとは何なのか。

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それは球際をしっかり作れる状況を生みだし(そのために慣れ親しんだダブルボランチにし)、身体を張り、そして徹底的にその局面で「闘う」ことにある。それは地味で、決して華麗でもない。観る者からすれば面白みだって欠けるだろう。しかし、ともすればそんな当たり前のような行為にこそ、彼ら一人一人の強みがあった。そして、そこに「名古屋らしさ」が宿っていた。その強度で相手に負けないこと。勝つために徹底的に闘うこと。

つまり、名古屋には「立ち帰る場所」があったのだ。

我々(と、あえて表現する)が、あの柏戦で改めて気づいたのは、原点(それは〝本質〟とも言い換えられる)を見失ってはいけないということ。保持だろうが堅守だろうが、それは我々にとって土台の「上」にあるものであり、決して土台にはなり得ない。攻撃的?守備的?美しいフットボール?表現するスタイルはなんでもいい。

外見(見た目)ではないのだ。どんなスタイルであれ、大切なのは「名古屋らしさ」が常に存在すること。

チームが苦しいとき、なにをやっても上手くいかないとき。立ち帰るべきは、この「名古屋らしさ」を問うことにある。今、そこを見失っていないかと。立ち帰る場所があるチームは、強い。それに改めて気づかされた。

更にもう一つ、大切なアイデンティティがある。

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それは、今回のマリノス戦で選手たちが魅せてくれた「勝つために、最後まで絶対に諦めないこと」である。

勝利に向かって身体を張り、そして球際で徹底的に闘う。そのうえで、試合の最後まで絶対に諦めない。そういう姿に、我々は興奮し、そして感動するのだろう。

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熱という、やっぱり熱いサッカーをしていきたいと思っています。そういうサッカーを見て皆さんが熱くなって、エキサイトして喜んでいただければと

健太さんの就任会見を思いだす。彼が目指す姿として挙げた言葉は、「観ている人がアツくなるような試合をしたい」だ。そのために必要なものが、このマリノス戦でやっと理解できた。我々の根底に流れる「名古屋らしさ(闘う姿勢)」と、胸に刻んだDNAである「Never Give Up for the Win」の言葉にあることを。勝利という目的のもと、それらが全て噛みあった先に健太さんの目指す姿があったことに感動し、だからこそ、このマリノス戦をこれまでのベストゲームだと強調したい。

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このゴール裏を見てくれよ。自分にとって、名古屋のゴール裏は最も硬派でアツく、そして闘う集団である。

やっぱり、名古屋ってそうなんだよ。そう思った。

アツくなる試合を目指せ。ピッチでも、そしてピッチ外からも。俺は山岸の離脱でヒヨる小心者。山中亮輔の決勝弾にオッサン同士で抱き合う硬派と無縁の人生だ。でも、培われたこの「名古屋らしさ」と、〝ピクシー〟ドラガン・ストイコビッチがクラブに残してくれたDNAを胸に刻もうと改めて思った。誇れるものがあったのだ。

スタイル?大いに結構。それは「積み上げるもの」だ。

絶対に変わってはいけないものは何なのか。大切なのは、自分たちのアイデンティティを失わないこと。

それにしても健太さん、やっとマリノスに勝てましたね(文通形式)。あれは2年前でした。ホームでマリノス相手に4発ぶち込まれたあの試合。忘れてない。忘れてません。正直、ブチギレて帰宅しました。まずは、そのリベンジに乾杯。もう一つ、長らく呪縛に苦しんだ「脱マテウス期間」からやっと、やっとこさ一歩踏みだせた実感を得られました。長かったですね。長すぎました。ほんとに乾杯。今回のマリノス戦、70分以降をもう4回は観ました。病気です。過去は全て忘れてあげます。

外見(見せかけのスタイル)に執着せず、中身(譲れないもの)にこだわれ、か。外見に拘りたい人生だった。

本当にありがとう。誇らしい。最高の試合だった。