「考起!早く戻れ!」「青木!もっと考えろ!」
今年トヨスポで練習見学をされた方は一度は見たことがある光景ではないでしょうか。風間八宏があれだけ怒鳴り散らした選手はあの二人以外にはいないと断言出来る。
杉森考起(97/4/5生まれ)、そして青木亮太(96/3/6生まれ)。
未来のグランパスを背負って立つ選手に違いないと期待されてきたこの二人は、加入してからというもの出番に恵まれないでいた。それは戦術的な理由であったり、度重なる大怪我によるものであったり。そんな中チームも史上初のJ2降格が決まり、先行きが不透明な中やってきたのが若手育成に定評のある風間八宏だった。
この世代の選手達を見て思い出されるのは、2013年にUAEで開催されたU-17ワールドカップである。吉武博文に率いられ、圧倒的なボール支配率を武器にしていたこのチームは「96ジャパン」と言われていた。平均身長の低いこの小柄なチームが当時印象的で、私の自宅にも彼らの試合が残っている。その試合のキャプテンを務めていたのが後述する宮原和也であり、FWとして出場していたのが杉森考起である。他にも風間監督が川崎フロンターレで指導した三好康児もこの世代の中心メンバーだった。
残念ながらこの時のメンバーに含まれてはいなかったが、同世代の青木を含め、私が今季楽しみだったのは、この96ジャパン世代のメンバーと風間八宏が起こす化学反応だ。今季のグランパスには、そんな将来を嘱望される選手達が集まっていた。
さて、話を杉森と青木の二人に戻す。まず先発に抜擢されたのは杉森だった。
開幕前の彼のポジションは右WGだった。「遂に杉森が開幕スタメンの座を勝ち取った」。新しいシーズンへの期待を後押しするような、待ちに待った名古屋の至宝スタメン当確の報。ただ後述するが、彼もまた他選手との兼ね合いにより開幕のポジションに変更が生じた一人である。右WB。誰もが驚いたこの配置は、風間監督を知る者にとってはさして驚くことでもない「常套手段」であったらしい。ピッチ上でも比較的プレッシャーの弱い「サイド」から若手はスタートするというのが風間八宏式と聞き納得は出来たものの、杉森にとっての苦悩は皮肉なことにここからスタートする。
今シーズン杉森がスタメン出場し、前半終了時に交代した試合は4試合にも上る。その全てが本職ではないこのサイドでの出場試合。第9節対山口戦に至っては前半28分での交代。シーズン途中から本職であるFWでの起用が始まり2得点は奪ったものの、最後までサイドでの合格点は与えられなかった印象が残る。
練習場での杉森に対する風間監督はまさに鬼教官そのものだった。冒頭にも紹介したように、彼と青木を含めた二人には、誰の目から見ても明らかに接し方を変えていたように思う。特に厳しかったのはオフザボールの動き、攻守の切り替え(トランジション)。いわゆる「ボールがない時の動き」でいつも怒鳴られていたような印象が残る。例えば紅白戦形式の練習における風間監督の言動を見ていると、「この人は杉森しか見ていないんじゃないか」と思えるほど、常に考起の名を呼んでいたような印象だ。勿論そのほとんどが彼の名の語尾が強くなる呼び方ではあったが...
練習中相手にボールが渡ると風間監督はまず杉森を確認していたのは間違いない。相手に押し込まれているときにポジションのチェックが入るのも杉森だ。思い返すと技術的な面で彼に厳しい指導をしている場面はあまり見なかったように思う。
先に紹介しておくと、風間監督の指導は相当に細かい。特に「技術」に関しては妥協がない。少し今回のエントリーからは脱線するが、彼の指導がどれほど細かいかよく分かるエピソードを一つ。CBの櫛引がコンビを組む隣の選手から横パスを受けた場面。なんともないそのパスを櫛引はトラップしたが、ほんの少しだけボールが動いていた。それを見た風間監督は一言、
「クシ!ボールを泳がすな!正確に止めろ。その時間がもったいないんだ!」
このレベルである。私もサッカー経験者だが、そのトラップは少なくともミスとは言えないレベルの、普通に見ている分には全く気にならないものであった。ただ風間監督にとってのトラップは「止める」か「運ぶ」しかない。その中間は全てミスだ。そう考えると、確かにあのトラップはまさに中間だった。勿論彼にとっては今までそれが当たり前のものであったと思うが...
話を本題に戻す。おそらく風間監督にとって、杉森と次に紹介する青木は絶対に育て上げなければならない素材だったのではないか。それは表現を変えると、絶対に育て上げたいと思わせる素材だったということだ。先程「風間監督は若手をサイドからスタートさせる」と書いたが、第17節対金沢戦の試合前記者会見で、彼はこのことについて杉森を例に挙げてこう語った。
色々なものを見せることで選手のグラウンドの中での目が変わりスピードも変わります。極端にいえば、サイドなら180度の世界ですし、真ん中なら360度の世界です。本当は360度の世界を持たなければいけないのが選手ですが。自分の視野を作ることで目が変わりますし、最初から一番速い位置へ入れてもわからないこともあります。ゆっくりした場所から始めさせるということもあります。逆もありますが、これはあまりうまくいきません。でも、そうやっていろんなことから、彼は少しずつ覚えてきている。まだまだ伸びてもらわないと困る選手なので。グランパスには若い選手が多いから、色々なことを体験してほしいと思います。
このコメントに、彼が杉森に対してどれだけ期待しているか、その想いが込められている気がするのである。
杉森が苦労する最中、彼と入れ替わるようにしてスタメンに定着し始めたのが青木だ。
今となっては驚くべきことだが、彼はシーズン当初サブ組からも外れることが何度かあった。ミニゲームのメンバーに入れず、クラブハウス前で練習していた光景。開幕戦以来出番がなく、第10節対群馬戦で久しぶりの先発出場。ただ彼に与えられたポジションもまた、杉森同様「サイド(左WB)」のポジションだった。案の定結果がでず、ブレイクのきっかけとなる第17節対金沢戦まで彼も低空飛行を続けることになる。
風間監督からの指摘は杉森同様「オフザボール時」「トランジション時」である。とりわけ青木には厳しい言葉を浴びせていた覚えがある。
「青木!常に考えろ!頭を動かせ!遅すぎる!」
「青木!ボールを止めるな!どんなときでもボールは動かせ!ボールが止まっていたら相手は動かないんだぞ!」
客席から見ている私のような素人でも、青木の頭の中が真っ白になっていたのが分かるほど、彼の表情は生気を失っていた。ただでさえ勝手の分からないサイドのポジションで、自身への注文がひたすら飛び交うピッチ。完全に自信を失った彼のプレーに精彩などあるはずもなく、ボールを受けては迷い、奪われていた光景は忘れられない。
また風間監督とは別に、彼に厳しい要求をする人物がもう一人いた。玉田圭司。監督に負けないほどの鬼の形相と「亮太!!!」の声。彼もまた、青木亮太そして杉森考起に期待を寄せ、他の選手とは明らかに接し方を変えていた一人である。玉田に叱責され、明らかに自信を失っていた青木に、何かを悟ったように背後から笑顔で声をかけ肩に手を組んだのが佐藤寿人。風間八宏、玉田圭司、佐藤寿人という誰もが羨む3名によって育てられたのが青木である。
そんな彼の浮上のきっかけとなったのが前述した第17節対金沢戦。WBで上手くいかないのなら、最終ラインのサイドからスタートしろと言わんばかりの左SBでスタメンを勝ち取った彼は、この試合で持ち前のボールスキルを遺憾なく発揮。続く第18節対東京V戦でも、相手の激しいプレッシングを唯一何事もないかのようにドリブルで剥がし続けたのが青木である。同じサイドのポジションでも、杉森に比べて青木に適正があった最たる理由。それがこのオンザボールの質、圧倒的なドリブルスキルである。自身の間合いでボールを持てばドリブルのスピード、キレ、テクニックに関してはJ2レベルではないことをこの頃から証明しだした青木。そんな彼が完全にブレークしたのは8月の連戦からである。
風間監督が与えたポジションは3-4-3の右WB。その前方にはこの夏から加入した最強の助っ人ガブリエルシャビエル。J2でも屈指のこのコンビが結成されてから、青木自身の怒涛の反撃が始まったのは記憶に新しいところ。終わってみれば11ゴール、3アシスト。第17節金沢戦以降、怪我の理由を除いて全試合スタメン出場だったことを考えると、課題は残るものの完全に殻を破ったといえるシーズンだった。
さて、もう一人同世代の選手が今シーズン、サンフレッチェ広島から期限付移籍という形でグランパスに加入した。宮原和也(96/3/22生まれ)。42試合中41試合出場。風間八宏体制下に置いて、誰しもが怪我や戦術的な理由で数試合を欠場していたことを考えれば、珠玉の出来だったのが彼である。風間サッカーを理解し適応したという点で、影のMVPと言っても過言ではない。
開幕前、彼のポジションはボランチだった。勿論レギュラー格である。それが開幕直前になると、周りの選手達との兼ね合いで3-4-3の右WBに変わり、いざ開幕戦の蓋を開けると右ストッパーを務めていた。おそらく風間監督がピッチ上において誰よりも信頼を寄せていたのがこの宮原である。どのポジションでも一定の水準以上のパフォーマンスを約束してくれる。特に目を見張ったのが彼の守備センス。1vs1の応対ではまず負けない。絶妙な間合いでボールを奪い取る。華奢に見えるその体格のわりに、身体のぶつかり合いで負けることもない。どのポジションでも彼だけはピッチに置いておきたい、そんな存在ではなかったか。
そんな彼にもシーズンを通して唯一前半交代の憂き目にあった試合がある。第8節対徳島戦。この試合、記録としては前半終了後の交代になっているものの、風間監督は前半の早い段階で宮原の交代に動く素振りを見せている。これは試合後の風間監督のコメントである。
和也に常に伝えているのですが、彼は技術もスピードもありますが、トライしない部分があります。後ろへ逃げてしまうことで、相手に勢いをださせてしまうことがあります。
確かにこの試合、最も顕著だったのが相手のハイプレスを受ける度に自陣側へトラップをしようとする宮原の姿だった。彼にとってはセーフティな選択でも、風間監督にはそれが許せなかった。
この徳島戦の後から、普段自主練習に長い時間をかけない宮原が遅くまでピッチに残る姿が多くなった。一緒に練習していたのは小林、八反田、櫛引だったか。4名でいつもパス練習をしていた。といっても、一番の目的は「止める」の部分。自身の課題を理解し、すぐさま行動に移した結果、終わってみれば堂々の41試合出場というチームトップの記録である。
第22節対徳島戦の試合前記者会見では、それまでの宮原の変化について風間監督がこんなことを語っていた。
今取り組んでいる技術が武器になるとチームの中でも理解が早かった選手の一人だったこと。また、相手が来たら「逃げる」のが最も確実なボールを奪われない方法だと思っていたこれまでの宮原の考え方。それが相手に最も勢いを出させてしまうということに気づき、「ボールが止まれば相手は来れないんだ」という指導にいち早く取り組んだという宮原の練習態度に関する評価。そして「今のアイツはボールを奪われない」という信頼の言葉。
これを書いている段階ではまだ来シーズンの宮原の所属チームは決まっていない。名古屋グランパスか、それとも古巣であるサンフレッチェ広島か。おそらく彼の今後のサッカー人生に大きく影響を与えるであろう重大な決断になるかと思う。願わくばグランパスで、風間監督の下でJ1、そして日本代表を目指してほしいが。なんにせよ今年のグランパスにおいて攻守で最も安定感があったのは間違いなく宮原和也だと思っている。
今シーズン、風間監督がサポーターを楽しませたのは決してピッチで繰り広げるサッカーの内容だけではない。そのうえで彼らのような若手達が躍動する姿がそこにあったからこそ、私達はよりこのグランパスにのめり込めたのだと思う。
来シーズンはここに早稲田大学から秋山陽介、興國高校から大垣勇樹も加わる。秋山に関しては、強化指定としてレギュラーで活躍していた選手なので今更語る必要もないかと思う。もう一人の強化指定だった大垣。彼には複数のチームから正式なオファーが届いていた。その中から最終的には当時J2に所属していたグランパスを選択している。実際にグランパスの練習に参加し、風間監督の指導を受け、ここが最も成長出来る場であると本人が決断したというような話も耳にしたことがある。強化部としても是が非でも獲得したかった選手がこの大垣だ。
彼らが強化指定として練習参加するようになってから、全体練習後の自主練習では恒例となった風景がある。杉森、青木、深堀、秋山、大垣のシュート練習である。受け手の選手が外す動きをした瞬間、出し手の選手が足もとにボールを正確につける。それを正確に止め、シュートに持ち込む。この練習を森コーチや島岡コーチが見守っている。さながらその光景は「グランパスの未来」である。そんな光景を目に出来ることが、サポーターにとってはなによりの幸せである。来シーズンはここに怪我明けの梶山幹太や松本孝平も加わることになる。あとはおそらく強化指定となるであろう東海学園大学のレフティ渡邉柊斗。
そしてこの年末にはU-18の選手達が見事プレミアリーグ昇格を勝ち取った。この中には未来のバンディエラ候補、菅原由勢も控えている。
それにしても決勝戦、素晴らしかった。今年3年生の選手達の中でトップ昇格を果たした選手は残念ながらゼロだった。ただ彼らの頑張りで勝ち取ったこの昇格という事実が、グランパスというチームにとって後々大きな財産になっていくのだろうと思う。
愛するチームの将来を担うであろう若き選手達が、名伯楽ともいえる風間八宏のもと、来期はJ1の舞台で躍動する。そんな期待や楽しみをもって、是非皆さん年を越しましょう。どんな選手が移籍してくるよりも、やはり彼らが成長し、トップチームの主力になっていく姿を見ることが、サポーターとしては何よりの楽しみであります。
来年もこんな杉森が沢山見たいと思いませんか?
(武者修行に行ってこいとなったらどうしましょうか...)