みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

(書き終えて一言)引退撤回しよ

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飯尾篤史さんがライター業からの引退を表明した。

そもそも飯尾さんはアイドルじゃないから、「引退」なんて選択肢あったんかい!と、まずは言いたい。ずっと当たり前のようにそこにあるものだと思っていた。例えば橋本奈々未が「卒業」ではなく「引退」してしまった際のファンの気持ちってこれだったんでしょうか。奈々未と篤史は違いますか。まあ正直そこは同感です。

偉大なサッカー選手が引退すると特集号なんてものが発売される。ただ、偉大なサッカーライターの引退を特集する記事はない。改めて考えると、物書きを生業にした者の功績が、文章として残らないのも皮肉な話だ。

じゃあ私が、と決意し今この文章を書いている。

ただ、飯尾さんのキャリア全部は知らないしなあ。それなら私個人との関係性を包み隠さずとも思ったが、それはそれでわざわざ人様に伝えることなのかと疑問が残る。それこそ読み手側は知ったこっちゃないだろう。

まあ、とりあえず私の知る飯尾篤史を語ってみたい。

飯尾さんが書いてきた原稿はたぶん秋元康並にあるので(裏は取れていません)、我々読者ごとに様々な思い出やお気に入りがあるでしょう。そんな中で、飯尾さんご自身が一つの思い出として挙げていたのはこの記事。

number.bunshun.jp

これ、覚えている人、多いですよね。近年の名勝負。

当時、この記事がめちゃくちゃバズった。どうやら、関係各所でも素晴らしい評判だったらしい。そもそも、飯尾さんにとってはかなりチャレンジングな文章だったはずで。飯尾さんって割と硬派な印象で、小ネタとかを入れてユーモアを積極的に混ぜる印象がなかったので、当時は驚いたものだ。でも、きっとご本人は頭を抱えながら書いたんだと思う。自身の文体に普段は存在しなかった要素を急に取り入れるのは、絶対に勇気がいるから。

そんな記事ですが、インスパイアされたのは当時私が「プレビュー」で書いたこの記事だったと聞いている。

migiright8.hatenablog.com

手前味噌な自慢げエピソードで申し訳ないのですが、無礼講でもういいやろ(おい)。いや、ほんとにそんな気はない。ただ、そこに触れたい理由があるだけで。

「あのときの、『この文章に負けないようなものを書きたい』そんな衝動や熱量が、年々失われていく自覚はあった」のだと、ふと飯尾さんが口にしていたから。何かに触発されて、不思議と自分が突き動かされる。そんな書き手ならではの衝動が、己から湧いてこないのだと。

正直にいえば、その気持ちを理解するのは難しい。

ライター業に就いたことはないし、ひたすら取材を続け、そして書き続けることがどれほどのエネルギーを要することなのか、簡単に「分かる」とは言いたくない。そして、ここが重要なポイントだと思うが、「それを第一線で求められ続けること」が、きっと途方もなく大変であることを、私は想像することしか出来ないのだ。

ただ、同時にこうも思う。

きっと、飯尾さんはその業界の頂上の景色を観れたのだと。観れたからこそ、やりきったと思えたのだろうし、そこに辿り着いてからの景色に思うところもあったのではないか。もう、あんな勢いで駆け上がることは出来ないなあ....とか、あれ思っていた景色と違うんだけど、とか、もしかしたら駆け上がっている最中に(その山は変わらずとも)その下に広がる景色は様変わりしていたのかもしれないし、或いは頂上に辿り着けたからこそ、自身の力量を良くも悪くも自覚したのかもしれない。そして、ここからは駆け上がるのではなく、そこにどう居座り続けるか、だ。まさに下り坂を転がり落ちないようにするフェーズに入ったとき、もうそんな熱量も、そしてそんな姿を晒す気も、飯尾さんにはなかったのかもしれない。それはある意味で、飯尾さんの美学でもある。

でも、繰り返しになるがそれは山を登りきった証拠だ。

その過程ではきっと気づかない。登りきったものにしか分からない景色や感情、想いがそこには必ずあって、本当の意味でそれが理解できる人は一握りなのだと思う。

だから、悔しいがその決断を尊重するしか出来ない。

では、なぜ飯尾さんがそこまでの境地に辿り着けたのか。そもそもね、あのお方は「文章」へのこだわりが凄いんだ。そこを伝えたい。ライターとしてのプライド。

(今だから言えますが)一度、飯尾さんに校正していただいたことがあって。返ってきた原稿、もう真っ赤っかでさ。あのときはマジで嫌いになりそうだったぜ(このノリで本音をぶち込む愚行)。「みぎさんさあ、なんでいつもみたいに書けないの!?ここもここもここも。何が伝えたいのか全然意味がわからないよ」もう鬼じゃん....妻だけで十分間に合ってるんですけど(やめろ)。

migiright8.hatenablog.com

このブログでも書いたけれど(今さらネタバレ)、人一倍「読み手にそれが伝わるのか」をこだわっていたのが飯尾さんだ。例えば戦術的なことを書こうとすると、どうしても「それが伝わってくれそうな層」を意識してしまう。すると、なんだか小難しい言葉を使ってしまったり、自身が選んだ言い回しが「相手に伝わる前提」になったりする(これが特に顕著ではないか)。この言い方が正しいか分からないが、戦術論を書く人間独特の文体(フォーマット)みたいなものが間違いなく存在していて、でも悲しいかなよくよく見ると何かの呪文みたいな文章になってるケースは正直結構ある。当時の自分だってそう。「分かってる風」な文章で。そんな作品に、飯尾さんは妥協がなかった。その言い回しで誰が読んでも伝わるのか、そもそもその文脈は読み手と共有されているものなのか。そういう目線は、人一倍厳しい人だ。

あのときの飯尾さんのウンザリした様子は今も脳裏に焼きつき、消し去りたくてもしつこくて剥がれない。あれ以来、「もうコイツには頼むまい」と悟った可能性大。待ってもう一度チャンスを!と言いたいところだが、飯尾さん「戦略的撤退」とのことで、私の不戦勝です。

でもね、飯尾さんのそんな誠実な姿勢があったから、引退の一報を多くの人たちが惜しんでいるのだろう。

「飯尾さんの記事を一番信頼してた」とか「飯尾さんに(私の推しである)◯◯選手の本を書いて欲しかった」とか。そんなコメントを山ほど見た。え!?こんなに反響があるんだって、本音をいえば驚いた。ただ、夜中にみたらトレンドに上がってたのはさすがにやめてくれ。

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アブレイユジャイアンツ、ヴェルディ、飯尾。笑

そうだsnsといえば、数年前に飯尾さんへ伝えたことがある。「もっと積極的にsns使っていきましょ!」と。

でも、飯尾さん実はそんな器用なタイプでもなくて、「いやあ、待ってる原稿がたくさんあるからそんな時間取れないんだよ」とバツが悪そうに当時応えてくれた。私は歯痒かったのだ。これだけ数多くの原稿を書き、しかも格式の高そうな媒体(クラブのオフィシャルやらnumberやら)に沢山書いている割に、世間的な知名度sns界隈において低いのではないか。もっと飯尾さんだってパーソナルな部分を売りにすれば良いのにと。

いっそ僕に影武者としてsns運用させますか!と言ったことまであるんだから。だってさ、せめて書いたものの告知くらいしないと原稿が浮かばれないじゃん。頑張れ飯尾!サボるな飯尾!って正直何回も思ったよ←

でも、今回の件で自分が間違っていたのかなと思った。

そんな飯尾さんが「引退する」と発信して、これだけ多くの人たちが惜しんでいる事実。メッセージの数々。

いつからか髪も金髪になって、一見するとチャラめなイケおじなんだけど、それでいて実はくそがつく真面目で、曲がったことが嫌いで、そして誰よりも誠実な飯尾さん。そういう彼が、sns(つまり宣伝)の時間を削ってでもひたすらに書き続けてきたその文章の数々が、その温度感のままに多くの読者に伝わっていたこと。もしかしたら普段は言葉にしないけれど、今回だけは黙っていられない読者が実は沢山いたのかもしれないと思うと、やっぱり飯尾さんがやってきたこと、真摯に向き合ってきたその姿勢は、間違っていなかったのでしょう。

「読んでくれれば分かるから」。それが飯尾さんだ。

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このブログにも何度も登場していただいた。

あれもね、ある日、夜な夜な東京オリンピックの話をしてくださる飯尾さんの姿に、「飯尾さん、これ僕なんかに話してたら勿体ないですよ。そんな貴重な話は、ちゃんと形に残すべきです。もし、いつもの媒体では文字数制限があってやりづらいのなら、文字数の多さだけは定評のある(ここは脚色しています)「みぎブログ」で思う存分語ってください」と依頼したことから始まった(文字数無制限を売りにしたのは事実)。

それが多くの人に伝わったのは、嬉しかったな。

日本代表にもドラマがあり、長い目でみればそこには必ず文脈が存在する。だからこそ、個人の好き嫌いではなく、彼らが今やろうとしていることを出来るだけ汲み取り言葉にしたい。そうすれば、必ずや代表の魅力が多くの人に伝わるはずだ。その信念で、当時比較的バッシングの多かった森保ジャパンに誠実に向きあい続けた飯尾さんの姿は、もっともっと評価されて欲しい。誰が誠実に取材を続けていたか、「読者のための記事」を書いていたか。気づいている人は、ちゃんと気づいているよ。

そう、今回たくさんの人たちがこう呟いた。「飯尾さんの記事は常に誠実だった」と。凄いなあ、伝わってる。

きっと、読者に誠実であり続けるために、取材対象にも、もっといえば「取材を行う」行為そのものにも、誠実であり続けたのが飯尾さんだったのかもしれないな。

「キャリアの晩年に、みぎさんに会えて良かったよ」

晩年て、アンタまだ四十代やろ。お爺ちゃんみたいなこと言ってさあ。でも、やっぱりその言葉が嬉しかった。

これほど優れた書き手さんが、素人の私を平等に扱ってくれたこと。「この仕事って何で僕なんですかね。もっと適した人は沢山いると思いますけど」こういう愚問(冷静に考えれば失礼な話だ)を、果たして何度したことだろう。いつも自信がなかった。自分は素人だからと卑下して、そこの線を引こうとして、よく相談したような気がする。その度、飯尾さんは「そんな風に思わなくていい。相手は、みぎさんだから頼んでるんでしょ」と応えてくれた。その分、稀に仕事をご一緒すれば一切遠慮のない人でしたが(やめろ今いいところ)、同時に裏表のない人でもあった。良いものは良い、悪いものは悪い。そういう想いを、忖度なく伝えてくれる。また、良いものにプロも素人も関係ない。例え素人だろうが、凄いものは凄いと言葉にしてくれる。それを、誰よりもプロとしての「誇り」を持っている人が姿勢として示すことは、たぶん普通のことじゃなかったはずだ。

そこに「誠実さ」があれば、飯尾さんは認めてくれた。

ああ....結局、自分の話ばかりだ。長々とごめんなさい。でもさ、客観的に飯尾さんの功績を淡々と語る記事なんて皆読みたい?面白くないよ絶対(完全に誤った言葉選び)。どうせなら、血の通った文章を書きたかった。自分が知っている飯尾篤史という偉大なるライターを、今度は自分が言葉にして残すべきだと思ったんだ。

本当に今日で辞めるの?もう「飯尾篤史」のクレジットされた記事を読むことはないんだと思うと、そんなサッカー界でいいんかい!と、急に腹立ってきたんだけど。

今、5月31日の夜中3時。なんとか引退日に間に合った。

飯尾さん、本当にお疲れ様でした。......馬鹿やろう、なんか今になって泣けてきた。明日(いや今日)も仕事だよ俺。最後にアブレイユ(西武の抑えピッチャー)とトレンド入りしたこと、ずっとネタにしていきましょう。あと、「みぎさん、鳥栖対名古屋戦さ、鳥栖まで一緒に観に行く?」と聞かれて妻に突撃したものの、「頭イカれてんじゃないの」と一蹴されたこと、良い思い出です。飯尾ブランド、素人に全然効き目なくてワロタ。

良かった。まあまあいい文章書けた。貴方が声をかけた最初で最後の素人が、一人で夜な夜な必死に書いたよ。

でももう文章で応えてはくれないのか。寂しい本当に。

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