みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

「戦術眼」~遠藤保仁、中村俊輔、そして中村憲剛~

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だいぶブログをご無沙汰してしまいました。その間にJリーグも開幕し、我らが名古屋グランパスは第三節を終え二勝一分。昇格組としては上出来ともいえる内容でここまできています。

そして今週末、昨年の覇者、川崎フロンターレとの一戦を迎えます。風間監督のもとJ2で『止める、蹴る』から叩き直してきたチームが、遂に昨年のJリーグ王者と相見えるわけです。今回戦う相手はただのJリーグ王者ではありません。私達と同じように風間監督が基礎から鍛え上げ、現在の礎を築いたチームであり、そんな彼らが王者として豊田スタジアムに乗り込んでくる、これ以上の舞台はありません。おそらくこの対戦を待ち焦がれていたサポーターは少なくないでしょう。

そういえば皆さんは少し前に発売された『伝わる技術(著者:風間八宏)』お読みになられましたか?「はじめに」の冒頭二行は痺れました。2017年12月2日、そして3日。この二日間は、今思い出しても気持ちが高揚してくる、と。勿論その二日間は川崎フロンターレがJ1初優勝を成し遂げ、私達名古屋グランパスがJ1昇格を果たした、それぞれにとって忘れられない一日のことです。思い入れのあるフロンターレと、現在指揮をとるグランパスが遂にJ1の舞台で対戦出来ることを、誰よりも楽しみにしているのは他でもない風間監督ではないでしょうか。

さて、改めて皆さんが想像するフロンターレとはどんなチームでしょうか。攻撃的、パスサッカー、バナナ、計算ドリル。いろいろあるでしょう。ただその中でも誰しもがピンとくる象徴といえば、やはり中村憲剛。日本を代表するゲームメイカーであり、司令塔。そして川崎フロンターレを代表するバンディエラといえば彼しかありえません。ただこれまでのグランパスの三試合を振り返ると、彼と肩を並べるような日本を代表する選手達と既に対戦しているんです。第一節ではガンバ大阪遠藤保仁、そして第二節にジュビロ磐田中村俊輔

彼ら三人に共通する特徴は高い技術、そして精密機械のようなキックです。誰もがイメージするのは『ボールを操る姿』。ただ彼らが持ち合わせる優れた能力は実はそれだけではありません。もう一つの能力、それが『戦術眼』です。彼らは試合の中で相手の特徴、長所、短所を把握し、相手のどこを攻め立てれば試合が優位に進んでいくか判断し実行する能力があります。意識して彼等を追わないと分かりづらいかもしれませんが、彼等は状況に応じてどのタイミングで、どのポジションにいることがベストか、常に考え探しています。この第一節と第二節、遠藤と俊輔のプレーを何度か見返しているうちに、彼等が現在の名古屋の問題点を試合を通してあぶり出していくような、そんな不思議な感覚がありました。彼等程のレベルになると、試合の中でここまで相手の穴を見つけていくものかと。彼等が名古屋に対して行ったプレーについて考えることで、今の名古屋の現在地が分かるかもしれません。またそれを知ることで、今回の川崎戦の試合を見るポイントも変わるかもしれない。何故なら今回の相手にも中村憲剛という偉大な司令塔がいるからです。

今回は守備に関する記述が多く、ネガティブな内容です。ただしこういった偉大な選手達から毎試合課題を得て、名古屋がシーズンを通して成長している姿を私なりに書きたいと考えました。またなにより川崎戦に向けて試合を見るうえで興味がわくようなキッカケを作りたいという想いと。中村憲剛は何を仕掛けてくるんでしょう。それに対して名古屋は対抗出来るでしょうか。彼等の動きを追うことで、サッカーの奥深さを垣間見れるのではないかと思います。

そもそも名古屋の守備の考え方は?

 失点がとにかく多い名古屋ですが、それなりに理由はあります。風間八宏の賛否が分かれる所以でもありますが、まずここをおさえていきます。風間監督の守備構築は決してシステマチックなものではありません。具体的に言えば、相手の攻撃を想定して、シチュエーションごとで誰がどう動き、どこのスペースを埋めるか、誰がどのタイミングでボールを持つ相手にアタックするか、緻密な設計のもと行ってはいません。あえて極端に図で表しましょう。

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 見てわかる通り、一人一人が自分の持ち場をしっかり守ること、その守るべきエリアを1mでも2mでも拡大出来るようにしましょうというのが風間監督の基本的な考え方です。チームとしての細かい約束事、設計されたものがない為、必要なのは個人の高い守備能力、判断能力。勿論広いエリアを守れること。おそらく求められるものは他チームに比べても多いでしょう。なにせここにビルドアップ(ボールを扱う技術、パス能力)の力も求められるわけです。昨年名古屋のセンターバックが次々移籍し話題になりましたが、これは風間サッカーに求められるセンターバックの能力が個人に依存し、その要求レベルが非常に高いことに起因しています。

さて、薀蓄が長くなっても仕方ないので、この前提をおさえた上で、今回の本題に移っていきます。まずは第一節、遠藤保仁が名古屋をどう攻略しようとしたのか。 

第一節 vsガンバ大阪(遠藤保仁)

あえてサイドバックのポジションに移動する

これは後程中村俊輔のプレーでも触れますが、遠藤はトップ下のポジションが定位置にも関わらず、あえて最終ラインのサイドまで戻る行為を何度か試みていました。彼等はこういったプレーを頻繁に使います。

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 理由は一つ。ビルドアップのスタートの段階から、どうやって名古屋の選手を一枚ずつ剥がしていくか、それをこのポジションから試みているからです。この場面で言えば、遠藤がこの位置に来ることで困った選手が青木亮太です。本来彼が見るべきガンバのサイドバックの選手につくかどうか。ただし目の前には遠藤がいます。彼がボールを持てば当然フリーにはしたくない。よって青木は遠藤につくことを選択します。ただしこれは遠藤が仕組んだ罠です。青木を喰いつかせて、本来彼が見るべきだったオジェソクをフリーにする為の。ここでもう一つのポイントが、名古屋が設定する高い最終ラインです。この場面、オジェソクにパスが回れば、彼の目の前には広大なスペースが存在します。全くプレッシャーがかかっていない状況ですから、この場面で言うと最終ラインで駆け引きするファンウィジョのタイミングにピッタリとパスを合わせられる。通常ボールを保持している選手がフリー、そして前向きの状態で最終ラインを高く保つというのは自殺行為に近いものがあります。「ラインが高く保てる」、それは「相手のボール保持者にしっかりプレッシャーがかかっている」ことが最大の担保です。見てもらうと分かりますが、第一節の段階ではまだ名古屋のホッシャ、秋山のコミュニケーションも取れておらず、ラインを作る上でのバランスも悪い。どうぞ走ってください、門は開いた状態です、まさにそんな状況。

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ちなみに遠藤は自チームのサイドバックの位置だけではなく、例えばこの場面のようにウイングの位置へも同じように移動し、名古屋のサイドバック(この場面は秋山)に対して揺さぶりをかけます。秋山からすると、本来見るべきファンウィジョなのか、目の前にいる遠藤なのか、どちらをケアすればよいか二択を迫られている状態。また遠藤のポジショニングが絶妙なのは、同サイドにいる味方の選手のレーン(ピッチを横で分割するイメージ ※青太線)にかぶらないような配置を取ることです。これによって図の矢印の通りパスに角度が付き、複数人(この場面は遠藤、ファンウィジョ、オジェソク)でボールを前に前に運ぶことが可能です。当然秋山としても的が絞りにくい。まずこれが遠藤が仕掛けた名古屋の守備構造を一から壊していったパターンです。

アンカー小林の両脇に出来るスペースの活用

 今度はトップ下としての仕事です。ちなみにアンカーの両脇とは具体的にこの場所のことです。

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前述した通り、名古屋の守備は守るエリア、守る上での選択、判断、これらを個人に依存した形で行なっている為、どうしてもこういったファジーなゾーンに意図的にポジションを取られると、誰がそこを埋めるのか、誰が相手につくのかはっきりしない欠陥が存在します。

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この場面で言えば、センターバックの菅原が前に出て潰しにいくのか、はたまた中盤の三人で役割分担をするのかがはっきりしません。こういった隙間隙間のポジションを取られては、フリーで受けて決定的な仕事を演出されてしまうのが大きな問題点です。このシーンは遠藤がトップ下の仕事として、よりゴールに直結する役割を負った場面になります。後述する中村俊輔もそうですが、彼等が何より凄いのは、相手の特徴を冷静に把握し、自身の動きでその守備構造を破壊していく頭脳を兼ね備えていることです。一見何気ない動きに見えるものが、実は数手先まで読み相手の欠陥を一つずつあぶり出す行為として成立していること。どうしてもボールを持った時のプレーに注目がいきがちですが、彼等は試合を俯瞰して見ているかの如くピッチ内を動き、周りも動かせる稀有な存在です。勿論その上でボールを持てば決定的な仕事も出来るわけですから、当然ながらこのレベルの選手は昨年戦ったJ2ではまず存在しなかった次元のものであると考えます。ダゾーンの中継でも、解説の戸田氏が再三遠藤のポジショニング、ボールの受け方を褒めていましたが、こういった動きに着目していたのではないでしょうか。彼が嫌らしいのは、こういったポジショニング、動きだしをここぞという絶妙なタイミングで仕掛けてくることです。最初からその場にいるわけではありません。そうやってガンバの決定機に常に絡んでいたのが遠藤でした。

では次に第二節、中村俊輔を見ていきましょう。 

第二節 vsジュビロ磐田(中村俊輔)

この試合を観戦した方はご存知の通り、後半磐田にかなり攻め込まれました。というより、後半は数回の決定機を除きほぼ磐田ペースで試合が進みました。何度も川又、アダイウトンに裏を取られ、その度に背走する羽目に。疲弊し、名古屋の陣形もどんどん縦に間延びしていきました。ここで重要な点は、『何故簡単に裏を取られ続けたのか、何故ボールを握られ続けたのか、何故間延びしてしまったのか』を考えることです。名古屋は最終ラインの裏が弱い、その事実にだけ目を向ければ良いとは思いません。何故簡単に裏を取られるのか、そこに着目した際、このゲームを動かしていた人物が浮かび上がってきます。それが中村俊輔です。

彼がどこを起点に攻撃を組み立て始めたか

俊輔の方が遠藤以上に自由にゲームをデザインしていました。彼がチームの中心となり、このゲームを動かしていた。名古屋に一点リードされた後半、彼が陣取ったポジションは外でも、中央の高い位置でもなく、中盤の底、アンカーのようなポジションです。

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名古屋がこの試合、ガンバ戦の反省点を活かし、チームとして課題に取り組んでいたことは明白でした。最終ラインが細かい微調整で常にチームの距離感を保とうとし、ホッシャと秋山の関係性も開幕戦に比べれば改善が見られました。ただこの試合で気になったのは、自陣で守備のブロックを形成する際のチーム全体としての意思疎通です。後半アダイウトンが名古屋の右サイドとのやり合いに見切りをつけ、守備が不慣れな左サイド(秋山のサイド)を中心に攻め始めた(ある程度流動的だが)。パワーとスピードで圧倒するアダイウトンによって、徐々に名古屋は陣形が後退していきました。そこで生まれたスペースと、名古屋の守備構造を見抜いて中央低い位置に陣取ったのが中村俊輔です。

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 元々こういった大きなポジションチェンジに対応するのが名古屋は苦手です(これは前述の遠藤に関する内容の通り)。中盤に俊輔が加わったことで、中央で数的優位を作りパス交換をしつつ、名古屋の陣形がボールサイドに片寄ったところで彼から左右に正確無比なサイドチェンジでボールを展開していく。またボールを支配し少しずつ相手を押し込む中で、名古屋にとってはもう一つの欠陥も俊輔に利用されることになります。ジョーとシャビエルの守備タスクの問題です。

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これは先程の後のシーンです。右での攻防を終え、再度ボールを持った俊輔が今度は反対の左サイド(ギレルメ)に展開するシーン。名古屋の中盤の三枚と、ジョーの距離感が何よりの問題です。この構造を理解した俊輔は、この広大なスペースを攻撃の起点とすることで、ゲームを操り始めました。またギレルメに関しても、シャビエルの守備タスクは決して重いものではない為、この場面を見て分かる通り全く見れていないフリーの状況です。ジュビロからすると、彼がビルドアップの際の逃げ場のような存在になっていました。名古屋に関して言えば、その点は青木の方がよく自陣に戻りますし、攻守の切り替えも早い。これはジョーとシャビエルの攻撃力を最大限活かしたいというチームの意図、勿論彼らの特性も踏まえある程度割り切っている部分かもしれません。

遠藤同様、サイドの低い位置であえて囮になる

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グランパスに前進を許し、後方から作り直す際は面白いことに遠藤と同じアイデアを使っていきます。俊輔があえてサイドバックの位置まで降り、シャビエルと対峙する構図を作る。彼へのパスコースを防ごうとシャビエルが喰いつくことが分かっているわけです。当然本来彼が見るべきギレルメへのパスコースは空き、簡単に名古屋の前線の守備ラインを突破されてしまいます。

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これも同様です。この場面に関してはシャビエルがギレルメをしっかりケアしているのが分かります。ただそれを理解した俊輔は、最終ラインとのパス交換に参加しつつ、グランパスの中盤の一人、玉田が自身(俊輔)のポジションをケアしてくるタイミングを狙っています。狙い通り玉田が喰いついたタイミングでセンターバックにボールをリターン、ボールを受けたセンターバックは本来玉田が見るべき相手だった泰士への縦パスを簡単に成功しているのが理解できるかと思います。これは風間さんもよく使う言葉で『遊びのパス』です。何気ないパス交換の中に彼が仕掛けた罠が存在します。

名古屋の問題点とは

ここまで見てきた中で私が問題だと思うポイントが二点あります。

  • ジョー、シャビエルの守備意識
  • グランパスの全選手に刷り込まれた「前から奪わないといけない」という意識

一つ目は過度の期待は禁物かもしれません。ただジョーを見ていても疲れは当然あるのでしょうが、サボっている場面は多々あります。彼が効果的な守備参加をしない為、当然後ろのメンバー、特に中盤にはかなりの負荷がかかっています。例で挙げた俊輔のシーンは、本来であればどの場面もジョーに出来る仕事はもう少しあると考えます。そしてシャビエル。彼も守備に関するタスク自体は軽いです。ボールを奪えると判断した際の相手に襲い掛かるスピード、奪う技術は間違いありません。ただし90分の内、それをずっと繰り返しているわけでは当然ありません。彼の背後は相手チームからすれば格好の標的です。ただ繰り返しになりますが、この点は割り切るしかありません。私達が彼等に期待しているものは「ゴール」なのですから。そういったアンタッチャブルな選手が二人ピッチに同居するのは少々引っかかりますが、それでもやはり彼等の攻撃力は圧倒的です。特にシャビエル。彼がこのチームの鍵を握っています。彼は遠藤や俊輔のような司令塔ではありませんが、ゴールに直結する決定的なプレーでは彼の方が優ります。テクニック、スピード、閃き。彼が周りを活かしているように見えますが、実際は彼を生かすも殺すも周り次第、彼にそう言った場面を御膳立て出来るかどうかに懸かっていると私は考えます。彼のプレーが輝いているかどうかがこのチームのバロメーターです。結果的にそれがジョーが輝けるかどうかにも繋がっていきます。なんにせよ中盤の三枚にかかる負担は相当なものですが...。

二つ目、個人的にはこちらの方が大きな問題だと思っています。風間サッカーといえば「相手を押し込め、奪われたらボールを即時奪還しろ、高い位置でプレッシャーをかけろ」これが代名詞です。この考え方、実際に相手を押し込んでいる状況なら問題はありません。相手を崩せている状況なら、これが自分達の約束事(プレーモデル)ですから躊躇なく遂行すべき。問題はそのような状況にない場合です。具体的に言えば相手を押し込んでいない場面、逆に自陣側に押し込まれている状況。こういった試合展開の中でこの約束事は通用しません。ここまで見てきた通り、簡単に相手に剥がされてしまうんです。中盤で数的優位を作られる、特定のエリアに異なるポジションの選手が加勢してくる。イレギュラーなことを相手にされるとピッチ内で対応が出来ない。これはチームとして明確な約束事がなく、準備もされていないからこそ起きる現象です。そのため相手に簡単にマークを剥がされてしまう。前述した通りジョーやシャビエルの守備意識の低さもこの問題に拍車をかける形になっています。これは風間監督のチームの最大の欠点です。

中盤で数的優位を作られボールの奪いどころを失う。サイドや裏に展開され、何度となく背走を余儀なくされる。苦し紛れにクリアをしボールを回収される。ラインを上げてボールを奪いに行きたいが、疲労と、行っても奪えないと構えてしまう気持ちと。その上でチーム全体での共通理解に問題を抱えている為、前後で分断、間延びし、そのエリアを俊輔に使われてしまった。そんなところでしょうか。

目の前の相手に喰いつくべきか、その場合他の選手はどう振る舞うべきか、共通理解がなされていない。そういった状況の中で「前からプレッシャーをかけないと」そんな意識が根底にあるからこそ、誰かが闇雲に相手に喰いつき、相手が仕掛けた罠にハマってしまう。こういったチームの欠陥、心理を遠藤や俊輔クラスの選手は見逃しません。

磐田戦の試合後、和泉がこんなコメントを残していました。 

相手がロングボールを蹴ろうとしたら、しっかりラインを下げる方がいいのかなとも思います。簡単に蹴らせてしまうと全員が逆を取られて、後手に回ってしまいます。

おそらくこのコメントの真意は、苦しい時間帯や前から上手くプレッシャーがかかっていない時間帯は、全体(チーム全員)で陣形を自陣側に構えて、チームとして縦の距離感をコンパクトに保ちたいということだと思います。蹴ってくる相手の選手にプレッシャーをかけられる選手(例えばジョー)をしっかり配置し、ときには自分達の背後のスペースを消してでも、蹴られて背走する場面を減らしたいという意図を感じます。

このチームの生命線は、やはり「常に全体の距離感(ジョーから最終ラインまでの距離)をコンパクトに保つこと」、そして「ボールを出来るだけ握って、自分達で主導権を握ること」です。

 以前、中田英寿が現役だった頃こんなコメントをしていました。「ビルドアップで最も重要なことは、相手を走らせることではない。相手の頭を疲れさせることだ。追っても追ってもボールを奪えない。相手が諦めたらこちらの勝ちだ」と。磐田戦、相手に押し込まれた原因は様々な理由が積み重なっていました。

打ち合いになるのは仕方ありません。風間監督の志向するサッカーは、圧倒的な魅力とともに大きな欠点も同居したサッカーです(だからこそ唯一無二の魅力が生まれるのかもしれませんが)。相手のクオリティがより高ければ、当然ゴールに繋げられてしまうシーンは起こると思います。それが『八宏スコア』と言われる所以です。ただどういう状況であれ、ボールを持つ、主導権を握るんだという強い意志、そのために必要な約束事だけは失ってはいけません。点を取られても取り返せる、「得失点差」のプラスを大きくしていけるチームを目指していくことが、追及していく最大の目標になるのではないでしょうか。

そして川崎戦へ

ここまで遠藤保仁中村俊輔のプレーを通して名古屋の問題点を考えてきました。どちらかといえば遠藤の方がよりゴールに直結するプレー、俊輔の方が一からゴールへの道筋を設計していくようなプレーのイメージでしょうか。そして次節の川崎には前で仕事が出来る中村憲剛と、ゲームを作ることが出来る大島僚太。これらの仕事を分担出来る陣容が揃っています。

どんな試合になるでしょうか。例えば磐田戦と同じような展開になった際、名古屋は彼ら相手に押し返すことが出来るでしょうか。悔しい話ですが、同じようにチーム作りをしてきた両チーム、私達が歩んできてぶつかった壁を、彼らは既に乗り越えてきている。彼らの方がその点一歩も二歩も前にいることは紛れもない事実です。

ただやっている選手は違います。個性が違う。名古屋には川崎にひけをとらないだけのタレントが沢山揃っています。今のチームとしての力にプラスアルファする形で、選手達のタレント力をどれだけ上積み出来るか、個人的にはそこに何より期待したいと思います。打ち合いの試合が見たいのではなく、川崎相手に打ち勝てる名古屋が見たい。

改めて、風間八宏の最大の魅力は彼の志向するサッカーの内容以上に、彼のチーム作りそのものにあるのではないかとここにきて感じています。時間はかかります。毎試合勝てるほど今の名古屋に力がないのも事実かもしれない。ただこのチームは強くなります。圧倒的な攻撃力と、それを体現出来る選手達を地道に、地道に育てている。またそれが出来る選手を一人ずつ、一人ずつ増やしていこうと積み重ねています。もしかしたらその先にいるのが次に戦う相手、川崎かもしれません。現状のチーム力では劣るかもしれない。ただ今戦えるベストの人選で臨めば、何が起こるかは分かりません。

どちらの攻撃力が最強か、豊田スタジアムで決めましょう。

 

 

※このブログで使用した画像はDAZN名古屋グランパス公式サイトより転用・加工したものです

 

風間体制二年目「始動」

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昨年の同じ時期。

その場にいる多くの選手が初めて体感することになった風間監督の指導。どの練習をするにも手取り足取りだった。長期離脱中だった松本孝平は、松葉杖で必死に移動しては一言一句逃すまいと耳を傾けていた。新しく出来た学校、そこに集った生徒達と風変わりな指揮官。あの時のことを想うと、今年は新しい選手達が転校生に見える。それはボール回し一つとってもそうで、とにかく人もボールもよく動く。全員がゼロからスタートした昨年と比べると、一年間風間先生の元で鍛え上げられ生き残った選手達の中に混じる転校生は大変である。同時にそんな光景を見ながら、ああこれが二年目の光景なのだと感慨深い気持ちになるのだ。

 

今年練習を見ていてまず気づいた点は寿人が思いのほか静かなこと。昨年は常に声をだし、どんなときも明るかった寿人。ただそれは必要以上の明るさだったとも思っていて、寄せ集め集団だった当時のチームをカラ元気でもいいから一つにまとめるんだ、そんな彼のキャプテンシーがそうさせていた気がしている。今年の姿の方がナチュラルで、より自身のことに集中しているように見える。「チームをまとめる」から「自身の結果をもってチームを勝たせる」。そちらに振り切れた寿人を見ている気がするのである。

そう考えると、昨年見た景色と今見ている景色は大きく違うのかもしれない。

新しいチーム、新しい監督の下で一から作り上げていく。今思えば昨年の今頃、私達が見ていたものは家の基礎となる土台を必死に築こうとする彼らの姿ではなかったか。初めて経験するJ2の舞台。ただ意外にも彼らの視線はそこではなく己に向けられたものであったように思う。そして今年の彼らが作る空気感。これは紛れもなくJ1という舞台に注がれたものである。基礎が出来、ここからどれだけ強く、頑丈で、美しいものを積み上げていけるか。何の為に。勿論J1の猛者達をなぎ倒していく為である。

安易に結果だけを求めず、もがき苦しみながらも揺るぎない土台を作り上げた昨年の一年間をもってして、彼らは今年のスタートを明らかに違うステージから始めた。

今更ながら、このブログでは彼等がタイに旅立つまでに私が見たこのチームの「二年目」の始まりを、出来るだけその空気感のようなものを大切にしながら書き始めたものです。練習見学のルールにも一部変更があり、具体的な内容は勿論書くことが出来ないものの、そこで見たこと、感じたこと、様々なエピソードをもってグランパスの二年目がどのようにして始まったのか、読んでくださった方に何か少しでも伝わるものがあれば、それを共有出来ればいいなと思っています。

さて、まずなにより気になるのは今年の新加入選手についてではないでしょうか。この二人に触れないわけにはいかない。

ジョー、そしてランゲラック(ミッチ)。

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シャビエル、ワシントン(ワシ)、そしてジョー。「Brazilian Storm」なんて洒落た名称で呼ばれ始めたこの三人。とにかく仲が良い。この表現が適切かは分からないが、昨年に比べジョーを含めた今年の三名の方がより密な関係性に見えるのは、おそらくジョーに早く馴染んでもらおうというシャビエルやワシの心遣いではないか。いつも一緒、そしていつも笑顔で溢れた三人。

肝心のプレーに関しては、もう紛れもなく元セレソンのストライカーです。前を向いた際の相手に与える威圧感。凄まじい。デカイ、そのわりに足元が柔らかい。あの身長をもってして躍動感溢れるステップワークを繰り出すものだから規格外の迫力。勿論「裏に抜ける」術も持ち合わせている。なにより好感が持てるのは、彼なりに風間監督のやり方を理解し体現しようとする様子が窺える点。特に感じるのは相手の最終ラインに仕掛ける、外すの部分。まだまだ身体が重い印象を受けるものの、問題児というレッテルを貼られたことのある選手とは思えないほど真面目に取り組んでいる。そういえば早速熱心なコリンチアーノ(ブラジル人ファミリー)がコリンチャンスの大きなフラッグを抱えてトヨスポに来ていたのは驚いた。「ジョー!ジョー!」と吃驚するほど大きな声を張り上げて。こんな出来事を通して、私達はいかに偉大な選手がこのチームにやってきたのか実感するのである。

そんなジョーを語る上で忘れてはいけないのがワシの存在。練習後の選手のランニングは観客としては声がかけずらいもの。ただ皆ワシには平気で「ワシー!」なんて声をかける。ワシも満更でもないのか、三週目くらいになると「ツカレタ...」と自ら返事をする(客席は爆笑)。ファンサにこればワシから「キョウサムイネ」なんて声をかけてくれる。勿論彼が残留してくれたことは戦力的にも大きいわけだが、なによりジョーがこの国、このチームに馴染むために非常に大きな存在なのではないか。彼らの様子を知ることが出来れば、いかにワシの残留に大きな意味があったか誰もが理解出来るかと思う。

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そしてミッチ。とにかくナイスガイ。イケメンなのは顔だけではありません。ファンサに来た際、「コンニチハ」なんて彼から声をかけてくれる。一人一人の顔をしっかり確認しながら笑顔で対応する彼の姿を見れば皆彼の虜でしょう。美人過ぎる奥様を見て一瞬嫌いになりそうだった当時の自分をぶん殴ってやりたい。

プレーに関しては実戦を早く確認したいところ。とりあえず風間さんの狭いコート設定(ミニゲーム)に力を持て余すミッチ。スローイングしたボールが何度もタッチを割り、その度に彼の悔しがる声と手を叩く音が聞こえる。名古屋のアイドルになる素質十分といったところか。楢さんが楽しそうに彼とコミュニケーションをとる一方、武田と渋谷が練習中も仲良くイチャこいていることも御報告しておきたい。

他の新加入選手にも触れておきます。まず今オフ最大の話題を掻っ攫った男、長谷川アーリアジャスール

最も充実感を感じる一人。ランニングの際、先頭を走る寿人と小林裕紀のグループに新たに加わったのが彼である。トライしては悔しそうに振る舞う彼の姿を見ていると、もう純粋に「あぁ楽しそうだ」と。ボール回しも全く遜色なくやっているどころか、積極的にボールに関与しようとする。常にボールに絡もうとするその姿勢、ボールを持てばまずゴールに向かっていける彼の能力は、昨年のグランパスにはなかったスパイス。今シーズン非常に楽しみな一人。杉本竜士は練習中彼のことを「ジャス!ジャス!」と呼んでいます。

そして堅守甲府からやってきた畑尾大翔。脳の入れ替えに必死です。このチームのスタイルに馴染もうと、プレー中頭の中はフル稼働。その都度最適な引出しを必死で探すように。ただ当然昨年から在籍する選手に比べればそれを探しだす速度も、いやそもそも引出しがまだ整理されているわけでもない。ボールを保持しながら悩み、身体と頭が噛み合わずそのボールが予期せぬタイミングで足に当たってこぼれてしまう。サッカー経験者なら誰もが「分かるその感じ...」と頷いてしまうような現象を見る限り、今の彼は風間監督の言葉を借りればまさに「頭の整理」をしているところだと思う。ただ新体制発表会で本人が自信アリと語っていたフィード。非常に綺麗な軌道で正確なボールを蹴る。また日に日にこのサッカーに慣れていく様子も窺える。これからどう変化していくか楽しみな選手である。

さて、今年もトヨスポでは風間鬼教官による若手指導が見られそうだ。

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青木、深堀、そして最も目をつけられていそうなのが大垣勇樹。杉森が去った今、風間監督の愛の鞭をもろに受けそうな気配。大垣は寡黙な男だ。あまり笑っている姿も見たことがない。ただFWとしての彼の潜在能力を風間監督が高く評価していることは、練習における彼の使われ方、彼に対する指導を見ていれば分かるというもの。風間監督が提唱する技術を体得すれば、自ずと素晴らしいFWに育っていきそうな雰囲気は十分にある。

「大垣!!今崩せなかったのはお前が相手に全く仕掛けられていないからだ!!」

今の私に書ける精一杯の風間語録である。

活気溢れるグラウンドから少しだけ目線をずらすと、いつもウズウズした様子でリハビリに励む選手が二人。長期離脱中の新井一耀、そして松本孝平。ルーキーイヤーから二年連続でリハビリ組としてスタートした松本のことを想うと胸が苦しくなる。一年間リハビリに励み、新シーズンを迎え尚その状況を打破出来ない彼の苦しみが私達に分かるはずもない。誰よりもこのピッチで皆と練習したいと願い続けて戦っているのは松本をおいて他にいないだろう。

ただ今年は隣にもう一人、新井という存在がいる。先が見えないリハビリ生活の中で、常に隣で同じようなメニューをこなす仲間がいることが、お互いにとってどれだけ心強いことか。ミニゲーム中に動きを止め、食い入る様にその光景を眺める彼らを見て、一日も早く元気な姿でこのミニゲームの輪に戻ってきて欲しい...深い絆で結ばれているように見える彼ら二人の姿を眺めながら、サポーターとしてそう願わずにはいられない(お...ボール蹴ってる!!)。

 

さて、最後にやはりこの点は個人的に触れておきたい。田口泰士について。

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練習場に行っても当然ながらもう彼の姿はない。練習が終われば一目散にファンサに来る彼の姿も(風間監督の彼に対する自主練評価はどうだったのか...)、三男(杉本)を長男(玉田)と挟んで楽しそうにしている次男の姿ももうそこにはない。当たり前のようにあったその姿がない、この現実は分かっていてもやはり想像以上に寂しいものだ。

私達はこれまでのチームの心臓を失った。目を背けてもそれは紛れもない事実だ。

今年のチーム編成に目を向けると、強化部は例えばもう一人獲得可能だった外国籍の枠をあえて空けたままストーブリーグを終えようとしている。チーム全体で見ても26名という最低限の人員でJ1復帰のシーズンを迎えることになる。

ただ私はあえて残したこの「余白」を今年の楽しみにしようと思う。誰がこの空いたポジションを掴み取るのか、風間監督がどういった采配を取るのか、適任者が見つからない場合強化部がどう動くのか。この余白をシーズンを通して見ていくことは今年の楽しみの一つであり、グランパスが新たな歴史を刻んでいく上でも重要なものになるのではないか。

泰士は別の道を歩むことを選んだ。だからこそ私達もまた別の道を歩まなければいけない。

泰士が抜けて空いた場所は穴ではなく、新たな可能性そのものなのだ。

ターニングポイントになりそうなのは新井が復帰するタイミング。今日からそこまでの3~4ヶ月でこのチームがどう進化し、J1の舞台でどういった戦いが出来るのか。

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最近見たテレビの番組で株式会社コルクの代表である佐渡島庸平がこんなことを言っていた。

「ビジネスとは動いた心の量をお金に替えることだ」

サッカーでいえばそれはスタジアムになるのかもしれない。ただそのスタジアムで起きることは、日々の練習場での弛まぬ努力、積み重ねがあってこそ生まれるものだ。練習場で見る人間模様、選手の苦悩や葛藤、努力。今年もこの場所でチームは進化していき、スタジアムで極上のエンターテイメントを見せてくれるに違いない。

今年はどれだけ私達の心を動かしてくれるだろう。 

今のグランパスには沢山の人の心を動かす力がある。

待ちに待ち焦がれたJ1復帰の舞台はもうそこまできている。 

 

 

※このブログで使用した画像は全て名古屋グランパス公式サイトより転用したものです

風間八宏と96ジャパン世代の出会い

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「考起!早く戻れ!」「青木!もっと考えろ!」

今年トヨスポで練習見学をされた方は一度は見たことがある光景ではないでしょうか。風間八宏があれだけ怒鳴り散らした選手はあの二人以外にはいないと断言出来る。

杉森考起(97/4/5生まれ)、そして青木亮太(96/3/6生まれ)。

未来のグランパスを背負って立つ選手に違いないと期待されてきたこの二人は、加入してからというもの出番に恵まれないでいた。それは戦術的な理由であったり、度重なる大怪我によるものであったり。そんな中チームも史上初のJ2降格が決まり、先行きが不透明な中やってきたのが若手育成に定評のある風間八宏だった。

この世代の選手達を見て思い出されるのは、2013年にUAEで開催されたU-17ワールドカップである。吉武博文に率いられ、圧倒的なボール支配率を武器にしていたこのチームは「96ジャパン」と言われていた。平均身長の低いこの小柄なチームが当時印象的で、私の自宅にも彼らの試合が残っている。その試合のキャプテンを務めていたのが後述する宮原和也であり、FWとして出場していたのが杉森考起である。他にも風間監督が川崎フロンターレで指導した三好康児もこの世代の中心メンバーだった。

残念ながらこの時のメンバーに含まれてはいなかったが、同世代の青木を含め、私が今季楽しみだったのは、この96ジャパン世代のメンバーと風間八宏が起こす化学反応だ。今季のグランパスには、そんな将来を嘱望される選手達が集まっていた。

さて、話を杉森と青木の二人に戻す。まず先発に抜擢されたのは杉森だった。

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開幕前の彼のポジションは右WGだった。「遂に杉森が開幕スタメンの座を勝ち取った」。新しいシーズンへの期待を後押しするような、待ちに待った名古屋の至宝スタメン当確の報。ただ後述するが、彼もまた他選手との兼ね合いにより開幕のポジションに変更が生じた一人である。右WB。誰もが驚いたこの配置は、風間監督を知る者にとってはさして驚くことでもない「常套手段」であったらしい。ピッチ上でも比較的プレッシャーの弱い「サイド」から若手はスタートするというのが風間八宏式と聞き納得は出来たものの、杉森にとっての苦悩は皮肉なことにここからスタートする。

今シーズン杉森がスタメン出場し、前半終了時に交代した試合は4試合にも上る。その全てが本職ではないこのサイドでの出場試合。第9節対山口戦に至っては前半28分での交代。シーズン途中から本職であるFWでの起用が始まり2得点は奪ったものの、最後までサイドでの合格点は与えられなかった印象が残る。

練習場での杉森に対する風間監督はまさに鬼教官そのものだった。冒頭にも紹介したように、彼と青木を含めた二人には、誰の目から見ても明らかに接し方を変えていたように思う。特に厳しかったのはオフザボールの動き、攻守の切り替え(トランジション)。いわゆる「ボールがない時の動き」でいつも怒鳴られていたような印象が残る。例えば紅白戦形式の練習における風間監督の言動を見ていると、「この人は杉森しか見ていないんじゃないか」と思えるほど、常に考起の名を呼んでいたような印象だ。勿論そのほとんどが彼の名の語尾が強くなる呼び方ではあったが...

練習中相手にボールが渡ると風間監督はまず杉森を確認していたのは間違いない。相手に押し込まれているときにポジションのチェックが入るのも杉森だ。思い返すと技術的な面で彼に厳しい指導をしている場面はあまり見なかったように思う。

先に紹介しておくと、風間監督の指導は相当に細かい。特に「技術」に関しては妥協がない。少し今回のエントリーからは脱線するが、彼の指導がどれほど細かいかよく分かるエピソードを一つ。CBの櫛引がコンビを組む隣の選手から横パスを受けた場面。なんともないそのパスを櫛引はトラップしたが、ほんの少しだけボールが動いていた。それを見た風間監督は一言、

「クシ!ボールを泳がすな!正確に止めろ。その時間がもったいないんだ!」

このレベルである。私もサッカー経験者だが、そのトラップは少なくともミスとは言えないレベルの、普通に見ている分には全く気にならないものであった。ただ風間監督にとってのトラップは「止める」か「運ぶ」しかない。その中間は全てミスだ。そう考えると、確かにあのトラップはまさに中間だった。勿論彼にとっては今までそれが当たり前のものであったと思うが...

話を本題に戻す。おそらく風間監督にとって、杉森と次に紹介する青木は絶対に育て上げなければならない素材だったのではないか。それは表現を変えると、絶対に育て上げたいと思わせる素材だったということだ。先程「風間監督は若手をサイドからスタートさせる」と書いたが、第17節対金沢戦の試合前記者会見で、彼はこのことについて杉森を例に挙げてこう語った。

色々なものを見せることで選手のグラウンドの中での目が変わりスピードも変わります。極端にいえば、サイドなら180度の世界ですし、真ん中なら360度の世界です。本当は360度の世界を持たなければいけないのが選手ですが。自分の視野を作ることで目が変わりますし、最初から一番速い位置へ入れてもわからないこともあります。ゆっくりした場所から始めさせるということもあります。逆もありますが、これはあまりうまくいきません。でも、そうやっていろんなことから、彼は少しずつ覚えてきている。まだまだ伸びてもらわないと困る選手なので。グランパスには若い選手が多いから、色々なことを体験してほしいと思います。

このコメントに、彼が杉森に対してどれだけ期待しているか、その想いが込められている気がするのである。

杉森が苦労する最中、彼と入れ替わるようにしてスタメンに定着し始めたのが青木だ。

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今となっては驚くべきことだが、彼はシーズン当初サブ組からも外れることが何度かあった。ミニゲームのメンバーに入れず、クラブハウス前で練習していた光景。開幕戦以来出番がなく、第10節対群馬戦で久しぶりの先発出場。ただ彼に与えられたポジションもまた、杉森同様「サイド(左WB)」のポジションだった。案の定結果がでず、ブレイクのきっかけとなる第17節対金沢戦まで彼も低空飛行を続けることになる。

風間監督からの指摘は杉森同様「オフザボール時」「トランジション時」である。とりわけ青木には厳しい言葉を浴びせていた覚えがある。

「青木!常に考えろ!頭を動かせ!遅すぎる!」

「青木!ボールを止めるな!どんなときでもボールは動かせ!ボールが止まっていたら相手は動かないんだぞ!」

客席から見ている私のような素人でも、青木の頭の中が真っ白になっていたのが分かるほど、彼の表情は生気を失っていた。ただでさえ勝手の分からないサイドのポジションで、自身への注文がひたすら飛び交うピッチ。完全に自信を失った彼のプレーに精彩などあるはずもなく、ボールを受けては迷い、奪われていた光景は忘れられない。

また風間監督とは別に、彼に厳しい要求をする人物がもう一人いた。玉田圭司。監督に負けないほどの鬼の形相と「亮太!!!」の声。彼もまた、青木亮太そして杉森考起に期待を寄せ、他の選手とは明らかに接し方を変えていた一人である。玉田に叱責され、明らかに自信を失っていた青木に、何かを悟ったように背後から笑顔で声をかけ肩に手を組んだのが佐藤寿人風間八宏玉田圭司佐藤寿人という誰もが羨む3名によって育てられたのが青木である。

そんな彼の浮上のきっかけとなったのが前述した第17節対金沢戦。WBで上手くいかないのなら、最終ラインのサイドからスタートしろと言わんばかりの左SBでスタメンを勝ち取った彼は、この試合で持ち前のボールスキルを遺憾なく発揮。続く第18節対東京V戦でも、相手の激しいプレッシングを唯一何事もないかのようにドリブルで剥がし続けたのが青木である。同じサイドのポジションでも、杉森に比べて青木に適正があった最たる理由。それがこのオンザボールの質、圧倒的なドリブルスキルである。自身の間合いでボールを持てばドリブルのスピード、キレ、テクニックに関してはJ2レベルではないことをこの頃から証明しだした青木。そんな彼が完全にブレークしたのは8月の連戦からである。

風間監督が与えたポジションは3-4-3の右WB。その前方にはこの夏から加入した最強の助っ人ガブリエルシャビエル。J2でも屈指のこのコンビが結成されてから、青木自身の怒涛の反撃が始まったのは記憶に新しいところ。終わってみれば11ゴール、3アシスト。第17節金沢戦以降、怪我の理由を除いて全試合スタメン出場だったことを考えると、課題は残るものの完全に殻を破ったといえるシーズンだった。

さて、もう一人同世代の選手が今シーズン、サンフレッチェ広島から期限付移籍という形でグランパスに加入した。宮原和也(96/3/22生まれ)。42試合中41試合出場。風間八宏体制下に置いて、誰しもが怪我や戦術的な理由で数試合を欠場していたことを考えれば、珠玉の出来だったのが彼である。風間サッカーを理解し適応したという点で、影のMVPと言っても過言ではない。

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開幕前、彼のポジションはボランチだった。勿論レギュラー格である。それが開幕直前になると、周りの選手達との兼ね合いで3-4-3の右WBに変わり、いざ開幕戦の蓋を開けると右ストッパーを務めていた。おそらく風間監督がピッチ上において誰よりも信頼を寄せていたのがこの宮原である。どのポジションでも一定の水準以上のパフォーマンスを約束してくれる。特に目を見張ったのが彼の守備センス。1vs1の応対ではまず負けない。絶妙な間合いでボールを奪い取る。華奢に見えるその体格のわりに、身体のぶつかり合いで負けることもない。どのポジションでも彼だけはピッチに置いておきたい、そんな存在ではなかったか。

そんな彼にもシーズンを通して唯一前半交代の憂き目にあった試合がある。第8節対徳島戦。この試合、記録としては前半終了後の交代になっているものの、風間監督は前半の早い段階で宮原の交代に動く素振りを見せている。これは試合後の風間監督のコメントである。

和也に常に伝えているのですが、彼は技術もスピードもありますが、トライしない部分があります。後ろへ逃げてしまうことで、相手に勢いをださせてしまうことがあります。

確かにこの試合、最も顕著だったのが相手のハイプレスを受ける度に自陣側へトラップをしようとする宮原の姿だった。彼にとってはセーフティな選択でも、風間監督にはそれが許せなかった。 

この徳島戦の後から、普段自主練習に長い時間をかけない宮原が遅くまでピッチに残る姿が多くなった。一緒に練習していたのは小林、八反田、櫛引だったか。4名でいつもパス練習をしていた。といっても、一番の目的は「止める」の部分。自身の課題を理解し、すぐさま行動に移した結果、終わってみれば堂々の41試合出場というチームトップの記録である。

第22節対徳島戦の試合前記者会見では、それまでの宮原の変化について風間監督がこんなことを語っていた。

今取り組んでいる技術が武器になるとチームの中でも理解が早かった選手の一人だったこと。また、相手が来たら「逃げる」のが最も確実なボールを奪われない方法だと思っていたこれまでの宮原の考え方。それが相手に最も勢いを出させてしまうということに気づき、「ボールが止まれば相手は来れないんだ」という指導にいち早く取り組んだという宮原の練習態度に関する評価。そして「今のアイツはボールを奪われない」という信頼の言葉。

これを書いている段階ではまだ来シーズンの宮原の所属チームは決まっていない。名古屋グランパスか、それとも古巣であるサンフレッチェ広島か。おそらく彼の今後のサッカー人生に大きく影響を与えるであろう重大な決断になるかと思う。願わくばグランパスで、風間監督の下でJ1、そして日本代表を目指してほしいが。なんにせよ今年のグランパスにおいて攻守で最も安定感があったのは間違いなく宮原和也だと思っている。

今シーズン、風間監督がサポーターを楽しませたのは決してピッチで繰り広げるサッカーの内容だけではない。そのうえで彼らのような若手達が躍動する姿がそこにあったからこそ、私達はよりこのグランパスにのめり込めたのだと思う。

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来シーズンはここに早稲田大学から秋山陽介、興國高校から大垣勇樹も加わる。秋山に関しては、強化指定としてレギュラーで活躍していた選手なので今更語る必要もないかと思う。もう一人の強化指定だった大垣。彼には複数のチームから正式なオファーが届いていた。その中から最終的には当時J2に所属していたグランパスを選択している。実際にグランパスの練習に参加し、風間監督の指導を受け、ここが最も成長出来る場であると本人が決断したというような話も耳にしたことがある。強化部としても是が非でも獲得したかった選手がこの大垣だ。

彼らが強化指定として練習参加するようになってから、全体練習後の自主練習では恒例となった風景がある。杉森、青木、深堀、秋山、大垣のシュート練習である。受け手の選手が外す動きをした瞬間、出し手の選手が足もとにボールを正確につける。それを正確に止め、シュートに持ち込む。この練習を森コーチや島岡コーチが見守っている。さながらその光景は「グランパスの未来」である。そんな光景を目に出来ることが、サポーターにとってはなによりの幸せである。来シーズンはここに怪我明けの梶山幹太や松本孝平も加わることになる。あとはおそらく強化指定となるであろう東海学園大学レフティ渡邉柊斗。

そしてこの年末にはU-18の選手達が見事プレミアリーグ昇格を勝ち取った。この中には未来のバンディエラ候補、菅原由勢も控えている。

それにしても決勝戦、素晴らしかった。今年3年生の選手達の中でトップ昇格を果たした選手は残念ながらゼロだった。ただ彼らの頑張りで勝ち取ったこの昇格という事実が、グランパスというチームにとって後々大きな財産になっていくのだろうと思う。

愛するチームの将来を担うであろう若き選手達が、名伯楽ともいえる風間八宏のもと、来期はJ1の舞台で躍動する。そんな期待や楽しみをもって、是非皆さん年を越しましょう。どんな選手が移籍してくるよりも、やはり彼らが成長し、トップチームの主力になっていく姿を見ることが、サポーターとしては何よりの楽しみであります。

来年もこんな杉森が沢山見たいと思いませんか?

(武者修行に行ってこいとなったらどうしましょうか...)

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絶望から歓喜へ。降格からの一年が教えてくれた「J1にいること」の意味

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2017年11月28日火曜日。このブログを書き始めたことをまずご報告。

まだJ1へ昇格したわけでもなく、次の日曜にもし負ければこのブログはお蔵入り。ただ浮かれているわけではないのだが、私は福岡に勝つ気がしている。勿論彼らのことを侮っているわけではない。それだけ初戦の千葉戦が山場だと考えていた。そこに勝ったのだから、いち早く昇格決定ブログをしたためてやろうという腹黒いブログです(←)。

さて、真面目な話に戻す。私が書きたかったことは勿論グランパスのこと、そして初めて経験した「J2プレーオフ」のこと。こんなにサポーターが緊張する試合ってあるんですね。このプレーオフで見たこと、感じたことを書いていきます。

時は戻って2017年11月26日(日)。場所はパロマ瑞穂スタジアム

スタジアムに入った際、まず驚いたのがアウェー側を埋め尽くすジェフサポーターの黄色一色の光景だ。

「これがプレーオフか...」

観戦に来た私まで一気に緊張感が増したのは言うまでもない。勝てば明日以降も希望を持つことを許され、負ければ夢が潰える。少なくともまた一年間のJ2生活。勿論昨年のように、例えばこの試合に負けても降格するわけではない。ただ結局上のカテゴリーに上がれなかったという事実にだけ目を向ければ、状況は今年の初めと何ら変わらない。

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ピッチでの練習が始まり、誰もが驚いた光景、それが宮原和也の練習内容である。通常であれば最終ラインの中央を守る選手だけに課せられるトレーニング。それに彼も参加している。グランパスはシーズン最後の9試合、7勝1分1敗の成績で駆け抜けた。その原動力であったシステムを、この負けられない試合で投げ捨てたことは、図らずも私達に不安ではなく、「風間八宏が遂に動いた」と大きな期待を抱かせた。それはやはりどこかで二週間前のあの敗北を誰しもが引きずっていたからではないだろうか。プレーオフまでの一週間、私達の話題は千葉に対して同じように正攻法で挑むのか、それとも風間八宏が「何か仕掛ける」のか。その一点だった。

試合に関しては「名古屋がシモビッチ目掛けてロングボールを...」など、いかにも普段全く選択肢にないような言葉がどうしても踊る訳だが、この点に関しては二週間前、完膚なきまでに叩きのめされた際、風間監督はこうコメントしている。

今日の場合は、中盤で繋ぐ必要がないので

何故ボールを持つのか。正確な技術が必要なのか。それは「相手を見るため」であり、決してどんな状況でも細かく繋ぐためではない。なのでこの点に関して、風間八宏が理想を捨てたという解釈は個人的にはどうにも腑に落ちない。

むしろ驚いたのは千葉が後方からビルドアップを始めたときである。システムを変更したことで千葉の選手達の配置に対しミラーのように一人ずつマークする名古屋の選手達。

この一年間、名古屋のサッカーには「前から奪いに行く」ことが重要だと言われ続けた。しかし蓋を開ければ毎試合毎試合相手の配置など関係なく守備を始める姿がそこにはあった。対戦する相手の情報など知らされず、その日までに学んできたことを裸のままぶつけてこいと送り出されているような。そんな感覚に近い。相手が名古屋に対し戦術武装していようが彼らは何も知らされず、自分達の力だけを信じて相手と向き合うしかなかったのではないか。

ただこの試合は違った。

明らかにこの一週間、千葉というチームをイメージして練習を重ねてきたであろう名古屋の選手達の姿。迷いのないプレー。二週間前ビルドアップを破壊されたチームは、その相手のお株を奪う形で彼らのビルドアップを破壊し、ゲームの主導権を握った。勿論それは「相手の良さを潰す」ためではなく、「自分達の良さを活かす」ためである。

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シーズン中、試合前には決して選手達に地図を見せず、進む道は試合の中で自ら導き出せと、とにかく選手の自立性に拘った指揮官が見せた勝負師としての采配。カーナビとまではいかないものの、事前に地図で目的地を把握し、そこに至るまでの経路を検討したうえで試合に臨んでいるようなそんな采配。なんとも風間八宏らしいではないですか。だってカーナビではないのだから。最後は自分達次第。

そう、この人は険しい道に遭遇したときの為に、それを乗り越えられるような技術は教えてくれる。ただ決して「この道を進め」とは言わない。考えて行け、行ってみてまた考えろ。ただ今回ばかりは「この道を進むとこんな難関が待ち受けているぞ」と事前に教えてくれていたような。また少しでも選手達が歩きやすいように道具も授けた。それらを駆使して教えてきた技術を最大限活かせと。

ただ何度も言うがこの人は決してカーナビにはならない。なれない。ルートを事前に案内するなんて絶対にやらない。また予期せぬアクシデントで「その場に立ち止まり耐え忍ぶ」という行為は苦手な人だ。どんな困難が立ち塞がろうとも突き進めというのが風間八宏である。このプレーオフで、私達は彼の新しい一面、彼のもう一つの素顔を知ることになった。普段は自分達で歩を進め、気づき乗り越えろという人間が、事前に地図を広げ道具まで持たせた。それが彼にとっての「目先の勝ちにこだわる」術なのだ。

さて、1点リードされ迎えた61分、田口泰士が値千金の同点ゴールを入れる。スタジアムが歓喜に包まれる中、ベンチの前に出来た歓喜の輪の一番下で、最後まで泰士に抱きつかれていたのが楢崎正剛である。シーズン終盤、出番を失っても常にムードメーカーとしてチームを引っ張ってくれたナラさん。そんなナラさんの姿を見るたびにサポーターは胸打たれたものです。そんなに明るく振る舞わなくてもいいのに。無理していないかと。泰士は試合後のコメントで、昨季の最終戦のことが心に残っていたと語っている。

それもあったので、得点後はナラさんのところに走っていった

二人の「元」キャプテン。そして彼らは私達そのものだ。昨年降格が決まった際、二人のどちらかでも失っていたら今のグランパスはなかったのではないか。これだけ選手が入れ替わってもグランパスグランパスのままでいられたのは、間違いなく彼ら二人の存在があったからだ。だからこそこのシーンには二人の、そして私達の1年間が詰まっていた。

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試合に戻る。ロスタイム。青木が倒されPKを獲得した瞬間、おそらくあの場にいたほぼ全ての名古屋サポーターがこの試合に勝ったと確信したでしょう。そういう私もその一人。ロビンのPKが決まった瞬間はもうそれなりに落ち着いていた。

だからこそゴールと同時に試合終了の笛が鳴った瞬間、悔し涙とともにしゃがみ込むキムボムヨンの姿が目に飛び込み、複雑な気持ちになった。私達は生き残り、彼らの夢はその瞬間潰えた。

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帰りの名古屋駅での光景。多くの名古屋サポーターとともに、多くの千葉サポーターの姿がそこにあった。明日もJ1への想いを馳せることが出来る私達と、敗北した現実、そして来年のチームはどうなるのかと不安に苛まれる彼ら。その日の朝までは同じ立場であったにも関わらず、一夜にしてはっきりと明暗が分かれるこのシステムの恐ろしさ。

勝戦線に絡まずともJ1の舞台に踏みとどまれたチーム、逆にJ2の舞台に「落ちてしまった」「残ってしまった」チームとでは天と地ほどの差があることを私達は知っている。このチームで誰が残ってくれるのか、誰が上のカテゴリーから引き抜かれそうなのか。この日からまたその現実が始まるのである。勿論今まで歩んできた道のり、チームの規模、予算、ライセンスの有無によってJ2というカテゴリーの捉え方は異なる。ただ少なくともJ1をそれなりに経験してきたチームからすればこれが現実だ。J1という頂上へ向かって、プレーオフという名の梯子を差し出され掴んで這い上がろうとしていたにもかかわらず、そこから急に崖に落とされる。プレーオフとはそういう舞台なのだ。

昨年まで当たり前のようにいたJ1。そこに戻る為にどれだけ険しい道を歩み、どれだけツラい思いをしただろうか。

降格、そして次々と名古屋を去っていく選手達。そんな沈没寸前のグランパスにやってきたのが佐藤寿人だった。今更ながら、よくあの時期に名古屋に来る決断が出来たと思う。チームが壊滅的だったあの状況で、最初に名古屋に来る決断をしたのがサンフレッチェ広島の顔、佐藤寿人だった。

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ゴール以外の部分でもチームの勝利のためであれば、何でもやる覚悟です

あの、今は本当に苦しい状況だと思います。ネガティブな情報もたくさんある中で、「グランパスはどうなっちゃうんだ」という心配事の方が多いと思います。でも苦しい時にどれだけのことが出来るか、そこに人間としての本質が出ると思うので、ぜひ多くのグランパスを愛するファン、サポーターの皆さんに一緒になって戦ってもらいたいと思います

いつまでも起こってしまった「降格」というネガティブな事実にばかりああだこうだと言っても、落ちてしまったことは事実ですし、いかにこれから明るい未来に向かって歩いていけるかってことの方が大事だと思います

寿人は当時真っ暗闇の中にいた私達に光を差してくれた希望そのものだった。

また彼は移籍会見の際このようなコメントも残している。

出ていく選手がすごい!みたいに書かれているけど、いやいや入ってくる選手も決まっているのに何で書かれていないんだろうとか。(中略)この降格が決して悪いものではなかったというのを、これから選手全員で証明していきたいですし、フロントスタッフはじめ、クラブ全体がそういう思いでいると思っています

このキャプテンを絶対にJ1の舞台に、「名古屋グランパスのキャプテン」として戻してあげなければいけなかった。「諦めるな」「今から始まるんだ」。このチームに魂を宿し、サポーターの心に灯をともしたのは紛れもなく寿人である。

J2が私たちに教えてくれたこと、それは「J1の舞台がどれだけ尊いものか」である。例えば単純に上のカテゴリーにいられるのが楽しい。いや実際はそんな甘いものではない。下に落ちれば応援していた選手達を失う可能性があるのだ。それがどれだけサポーターにとってツラいことか。毎朝起きる度に家族だった人間が一人、また一人と家を出ていく報を知る過酷な現実。だからこそ何が何でも上のカテゴリーに上がりたいのだ。しがみついてでも、もう離しては駄目なのだ。

2017年11月29日(水)21時38分。名古屋公式からプレーオフ決勝に向けて、小西社長からの直筆メッセージが発信される。

この一年、皆で手と手を取り合いながら、初めて登った険しい山の上から、また新しい景色を見るために

メッセージも嬉しかったが、個人的にこの前日、風間八宏に関して似たような例えで表現していただけに、社長のこのメッセージがなんだか妙にしっくりきた。そう、これは私達だけではない。戦った選手達もまた、初めて登るような険しい山だったに違いない。このメッセージを読んだ誰もが、新しい景色をこのチームと共に見るのだと改めて決意したのではないか。このタイミングで直筆のメッセージ。なんとも粋な計らいだった。

2017年11月30日(木)21時55分。名古屋公式がプレーオフ決勝動画を発信。

あとひとつ。想いはひとつ。

2017年12月2日(土)。川崎フロンターレが悲願のJ1初優勝を決める。

風間八宏と共に等々力に乗り込みたいという願望。それが叶ったときにはJ1王者として立ちはだかることになる川崎。その舞台を想像するだけで昇格への想いが強くなる。大きなモチベーションになる。明日は私達が歓喜の涙を、そう思わずにはいられない。

 

そして迎えた2017年12月3日。

 

私達はJ1の舞台に返り咲いた。

 

泰士が泣いていた。どの選手も泰士に抱きつき、声をかけていた。

楢崎正剛は試合後、泰士に去年のことを背負わせてしまった後悔、ピッチ上で助けになれなかったことを悔いていると語った。

降格からの1年間。苦しかったのはサポーターだけではなかったのだと改めて痛感する。名古屋グランパス史上初のJ2降格。そのシーズン、キャプテンマークを腕に巻いていた男が、誰よりも安堵し、涙を流していた。

彼は試合後にこうコメントした。

ファン、サポーターのために闘うと決めた1年だったから

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もう一つ試合後の光景から。今年の名古屋を象徴するチャント、それが「風」である。

試合後、サポーターと選手がともに歌う姿は見慣れた光景だ。ただこの日驚いたのは、大型スクリーンに映しだされた風間八宏の姿。サポーターと共に歌う彼の姿だった。

昨年彼は川崎フロンターレでの最後の試合、天皇杯決勝に敗れ、無冠のままチームを去った。そしてこの日の前日、その川崎が悲願のJ1初優勝を成し遂げた。

勿論私達はJ1で優勝したわけでもなければ、J2で優勝も出来なかった。

ただそれがJ1昇格という結果でも、私達はこの一年、その結果だけを欲していたのだ。それで十分だった。川崎だけではない。彼のこの1年もまた同じように報われた気がして、名古屋サポーターとしてはなんだかとても嬉しかった。

福岡のことにも触れておきたい。

勝者がいれば勿論そこには敗者も存在する。歓喜の涙の横には、必ずもう一つの涙がある。

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グランパスサポーターは、試合後名古屋の選手達に拍手を送った福岡サポーターの姿を忘れないでしょう。逆の立場だったとき、私達は同じことが出来ただろうか。

福岡の選手も、サポーターもまた、同じようにこの一戦に賭けていた。ただ彼らはこの日の勝者を、J1に昇格したチームを称えることを選択した。決勝に相応しい相手、そしてサポーターであったことをここに書き記したい。

さて、サポーター一人一人にどうしても昇格したい理由、想いがあったのではないでしょうか。

個人的には新井一耀に触れておきたい。私が何より嬉しいのは、彼の復帰の舞台にJ1という名のステージを用意出来たこと。勿論まだ去就は不透明である。ただ私は彼が赤いユニフォームを纏ってJ1のピッチに帰ってくることを期待してやまない。これは全名古屋サポーターの総意ではないだろうか。あの怪我が起こるまで、名古屋グランパスのディフェンスリーダーは疑いなく彼であった。どうか安心して帰ってきてください。

最後に小林裕紀のことを書いて終わりにしたいと思う。「上手くなるため」。それが彼が名古屋に来た理由である。ただどうにもそれが解せなかった。そんな漠然とした理由で、残留を勝ち取ったチームのキャプテンが、下のカテゴリーに蹴落とした当時のライバルチームにわざわざ来るのかと。

シーズン終盤、親愛なる新潟サポーターの方から一冊の本を受け取る。「アルビレックス散歩道2016」。えのきどいちろう氏の一年間のコラムをまとめた大作である(名古屋にもこんな本が欲しい)。驚きました。小林裕紀が何度も泣いているんです。あのファンサが不愛想で、エンジンかける音が異様にデカい、キャプマの締め方に妙に拘りのあるあの小林裕紀が、この本の中では苦悩していた。キャプテンとして結果を掴めない日々に、満足なプレーが出来ない自分に。あれで誰よりも繊細で、責任感が強い男なのだと知るには十分な内容で。実は彼、昨年の瑞穂での名古屋戦の後、新潟サポータの前で涙を流していたらしい。自分の不甲斐なさに。

今年の3月4日、豊田スタジアムで開催された第2節、対岐阜戦。前半33分で交代を余儀なくされた彼の後姿を、メインスタンドからずっと見ていた。次に彼に出番が訪れるのはここからもっと先、6月10日、第18節対東京V戦。実に約3ヶ月間、彼はここ名古屋でも苦悩していた。上手くなりたいと願い名古屋に来た男が、何より上手いことを評価する風間八宏の下で3ヶ月間も出番がなかった事実。

プレーオフ千葉戦後、風間八宏小林裕紀のことを相棒の田口泰士とともにこう評している。

泰士は我々のモーター。(小林)裕紀と2人がウチの心臓部なので

挫折。苦悩。そして華麗なる復活劇。それらを全て見ることが出来た私達は幸せ者だ。そう、彼は誰よりも上手くなりたいと願い名古屋に来たのだ。そして彼が一歩ずつ歩みを進めてきたその道のり、その姿を忘れることはない。

前述した東京V戦、彼はCBを務めていた。それからボランチに返り咲くまで、彼の自主練は毎日酒井隆介と一緒だった。ロングボールを蹴ってもらい、ヘディングで跳ね返す練習。酒井にアドバイスを求めながら何度も、何度も。今思えばそのエピソードに彼の生真面目で繊細な性格、そしてどんな形でもピッチの上でチームに貢献したいという責任感、上手くなりたいという想いが込められていた気がする。

それから数か月後、彼はピッチ上での私達の心臓、モーターとなった。これからは贅沢なことに、J1の舞台で彼がここから更に成長する姿も私達は見ることが出来る。

改めて名古屋に来てくれた偉大なる副キャプテン、小林裕紀に感謝を。

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ここから年末にかけて選手の去就に関するリリースも出始める。喜べるものもあれば、きっと悲しいものもある。ただこの年末はきっと喜べるものが多いでしょう。「解体」ではなく「強化」。それがどれだけ夢に満ち溢れているか。

試合後、名古屋公式が掲載した小西社長の言葉。

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。

 唯一生き残るのは、変化できる者である。」

昨年末、悔しくて、苦しくて、涙したあの日々を乗り越え今がある。だから今年ばかりは、昇格出来た喜びを噛み締めながら年末年始を過ごしてもいいのではないでしょうか。グランパスサポーターの皆様、一年間お疲れさまでした。

来年またスタジアムで、

このチームと共に、

J1の舞台で集結しましょう。

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「最悪の敗戦」を「成長の糧」とするために~2017.11.11名古屋グランパス対ジェフユナイテッド千葉~

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相手監督の嬉し涙で書き始めるのも悔しいですが、絵になるのでここから始めます...。

さて、豊田スタジアムで行われた名古屋グランパスジェフユナイテッド千葉の試合は0-3、千葉の勝利で幕を閉じました。現地で観戦した後の率直な感想は「完敗」。失点シーンがショッキングだったこと、なによりエスナイデルが涙を流すくらいお互いに重要な試合だった。その喪失感。完膚なきまでにやられたなと、落ち込んでその場を後にしました。ただその後この試合を何度か見返していくうちに、実は紙一重な部分もあったのでは、そう思うようにもなりました。3失点のうち2つはミスからです。勿論何故ミスが起きたか、その原因は間違いなくあるわけですが、同時に防げた可能性がある失点でもあったわけです。

ただ千葉はいいチームでした。強かった。試行錯誤が続いていたようですが、それらが今確実に実っている印象です。「攻撃」「守備」「攻撃→守備」「守備→攻撃」の中でもとりわけ「攻撃→守備」「守備→攻撃」、所謂攻守の切替の強度、連動性にはかなりの差があったなというのが正直な感想です。ただ彼らとのこの試合が、プレーオフ前で良かったとも今は思います。それくらい彼らは私達に大きな課題を残していった気がするからです。正直に言って、これを知らずにプレーオフに進んでいたら一発でアウトだった可能性が高い。例えば相手が千葉にしろ、徳島にしろ。そのあたりを今回のブログで一つずつ振り返りたいと思います。

今回は取り上げるシーンが多岐にわたる為画像多いです。辛抱強い方、ついてきてください。

ということでスタメンです(千葉のスタメン「復旧中」です)。

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千葉の守備戦術を紐解く

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 千葉のプレッシングの考え方がよく分かるシーンを厳選しました。名古屋の左サイドから櫛引までボールが渡った瞬間を切り取った画像です。この場面、ボールホルダーである櫛引に2トップの一角である船山がプレスに行きます。残りの選手はチームの陣形をボールがあるサイドにスライドすることから始めます。

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櫛引から中央の小林に入ったシーン。この段階で千葉は既にスライドを終え、チーム全体でボールを奪いに行ける陣形が整っていますから、今度は全員でボールの方向に向かってプレスをかけに行きます。このスイッチが入るタイミングは相手の「バックパス」。千葉からすると自分達の矢印(名古屋ゴール側)の方向、名古屋からすると自陣の方向へ「戻す」タイミングで千葉は最終ラインも含め一気にラインを押し上げる。

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小林は目の前にいる相手2トップの間に顔をだした櫛引に再度ボールを戻しますが、この時点で既に熊谷が掴まえに来ています。

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櫛引からワシントンへパスが回り、そこから縦にいる寿人にパスをするものの、このポイントも千葉の選手が既にケアしており、案の定掴まってしまいました。

千葉の特徴の一つ、最終ラインも見ていきます。f:id:migiright8:20171117001835p:plain

これはミドルサード(ピッチ中央付近)の状況です。このラインの高さ。陣形が整い、プレスをかけられるタイミングになれば必ず最終ラインも押し上げ全体をコンパクトに保つ。これは彼らの絶対的な約束事です。

リトリート(低い位置で構える)した際も同様です。

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見た通りです。これらで分かる千葉の守備の特徴は以下の通り。

  • 縦横を圧縮してコンパクトな陣形で網を張り、名古屋の「スペース」を潰す
  • プレスはボールを中心に四方から蓋を閉じるようなイメージ
  • 最終ラインはこまめに高い強度で上げ下げし、名古屋の前線の選手を操る
  • 結果的にオフサイドポジションに名古屋の選手を取り残す
  • 全員がチーム戦術に沿ってハードワークをし、誰一人サボらない

お互いのシステムだけ見れば上手く噛み合ってそれぞれがマークにつけるような配置なのですが、千葉の場合ボールを中心に陣形を整えながら動いている為、ボールと反対サイドはほぼケアしません。名古屋の選手がそこにいてもあえてつかない。必ずボールを網の中で奪い取る。勿論高い位置であればあるほど良い。何故なら奪ったらそのままショートカウンターで手数をかけず名古屋ゴールに迫れるからです。これは名古屋が前に人数をかけるチームだからこそ余計に効きます。目的は「名古屋のスペースを奪い」「高い位置でボールを奪還しショートカウンターでゴールまで繋げる」です。

ではこの千葉の守備に対して名古屋の攻撃のどこに問題があったのか。

名古屋の攻撃の問題点

スペースの使い方、選手のポジショニング

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象徴的なシーンを。この場面、ボールホルダーは小林ですが、実はこの前の段階で狭いエリア内を田口と何度かパス交換し、相手を引き寄せつつ、自身の前にこれだけのスペースを確保しました。得意の狭いエリアでのパス交換から相手の陣形を自身のエリアに集中させ、尚且つプレー出来る時間も確保しているわけです。そのうえで注目したいのが右サイドにいる宮原。いわゆる「ドフリー」です。前述の通り千葉はボールと反対サイドは捨てているからこそ、これだけスペースが生まれますし、為田にしろ比嘉にしろ宮原を視野にすら入れていない。画面に書き込んだスペースにパスをだせば、その1本のパスで決定機を生み出せる状態です。後述しますが、これが風間監督が良しとするサイドチェンジです。「寄せて」「空けて」「勝負出来るパスを送る」。これがスペースに逃げないサイドチェンジ。ではこの後のシーンに移ります。

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小林はあれほど時間があったにもかかわらず、宮原の前ではなく、彼の後方(名古屋ゴール側寄り)にパスを送る選択をします。いわゆる足元へのパス。ただこの選択は正しかったのか、そこが問題です。何故ならここで勝負出来るパスではなく、ポゼッションの為のパスを選択したことで、千葉側に宮原サイドへ陣形をスライドする時間を与えてしまっているからです。要は名古屋にとっては攻撃を「やり直す」形になっている。これが先程とは逆の意味、風間監督が嫌うサイドチェンジです。スペースに逃げるだけの、結局相手がスライドして一から攻撃をやり直す必要がある意味のないサイドチェンジ。何の為に密集地帯でパス交換をしたのか、そこで構築したものがこの1本のパスでまたゼロに戻っている。この場面はたまたま小林のプレーでしたが、補足すると、この試合最も意図をもってチャレンジするパスを送っていたのもまた小林であったことを付け加えておきます。

あえて空けているスペースが勝負のポイントとして上手く活用出来ないシーンは後半にも度々ありました。

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このシーンも青木が上手く前を向き、相手の最終ラインは青木のドリブルと視界に入る名古屋の前線3枚に視線が集中しています。勿論千葉の陣形が青木のサイドに集中しているのも分かります。そのうえでこの場面は左サイドの和泉に注目をしてみます。先程の宮原同様ドフリーです。シンプルに和泉の前にボールを送ればそのままゴールまで一直線というシーン。ただここも青木はあえて実線のシャビエルの足元へボールを送ろうとする。結果は千葉の最終ラインに阻まれて攻撃が終わってしまいました。

確かにゴールへの最短距離はこのルートです。それは間違いではない。ただ中央の狭いエリアだけで局面を打開出来る相手ならともかく、千葉のように極端にボール中心に網を張るチームに対して、同じ攻撃に固執する必要があるのか。何のためにボールを持つことを大前提にしたチーム作りをしているのか。端的に言えば、自分達の最大の武器をまだまだ活かしきれていない。相手によって出来不出来の差が大きい。それは相手によって自分達の武器の活かし方に変化がないからです。それが今のグランパスではないでしょうか。狭いエリアでも細かく繋げる技量があるからこそ、実は千葉のような相手を攻略出来る糸口があったわけです。ただ今はそのスタイルに固執するあまり、手段と目的がすり替わってしまっている場面が存在する。

さて、先程のシーンでもう一つ気になったのが各選手達のポジショニングです。

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このシーン、最終的には最終ラインまでボールが戻ってしまう、この試合を象徴するようなシーンでした。このサイドでの局面、名古屋が4枚に対して千葉は6枚で囲っています。流石に相手の方が2枚多いわけですから分が悪い。ただゴール前に目を向けてみると、ロビン、杉森、青木がフラットに相手の最終ラインと対峙しています。仕掛けるわけでもなく、ボールを待っているだけです。例えば熊谷の脇のスペースに一人降りてくるだけでまた状況は違ったのではないか。

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結果的にこの場面、バックパスが二本続きワシントンまで戻ってきてしまいます。寿人は試合後のコメントで「バックパスが続くと相手のプレスの矢印が大きくなる。次のサポートまでの距離も出来てしまう」といった趣旨のコメントを残しています。彼のコメントに込められた意図がこの画像から伝わると思います。千葉の選手がボールの流れる方向へプレスのスイッチを入れている様子、ボールホルダーであるワシントンと名古屋の残りの選手との位置関係。

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これもそうです。前線3枚のポジションがかぶっています。相手の網の中、相手の視野内に収まる場所で最終ラインに仕掛ける(相手の矢印の逆を取る)わけでもなく、同じ景色を見てしまっている。

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同様にこの場面も3人が全員同じ動きをしています。仕掛ける矢印が一方向(千葉ゴール側)のみで、相手の想定内の動きに終始している。例えば網の外に移動する、極論その場でストップしてもいいわけです。相手の守備の矢印と違う動きをすることで歪みを作ることが出来る。そういった動きが皆無で、どうにも網の中で必死に動いている印象すら受けます。

では逆に上手く千葉を攻略出来たシーンを振り返ります。

受けて、だして、相手の逆(網をかいくぐる)を取ることに成功したパターン

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このシーン、青木が相手を上手くかいくぐって前方に視野を確保します。ここでボールと反対サイドにいる和泉の前にシンプルにボールをだしたことで一気にファイナルサード(相手のゴール前)に侵入することに成功。ちなみにこのシーンも千葉の町田、溝渕は和泉を全くケア出来ていません。視野から完全に外れている和泉に向けて、「スペースに逃げる」「サイドを変える」のが目的ではなく、「このポイントで勝負する為」にボールを送れています。

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次のシーン。この場面も青木が演出します。田口、中盤におりてきた玉田とパス交換を繰り返し千葉の前線、中盤の選手を同サイドに集めます。千葉の両CB(近藤、キム)の特徴として、前にいるボランチ二人がエリアを捨ててでも前にボールを奪いに行くことから、空いたバイタル(中盤と最終ラインの間のスペース)を使われる恐れがある際はポジションを捨ててでも人についていきます。この場面でいえば中盤に降りてくる玉田に近藤は必ずついていく。この攻撃に関しては、名古屋はそうやって意図して相手を釣りだし、勝負出来るタイミングで一気にそのスペースをシャビエルに突かせることに成功しています。これが前半の最大の決定機でした。だして、寄って、タイミングを変えて裏を狙う。完璧な崩しでした。

どのシーンにも共通するのは、この「だして、寄って、受けて」の繰り返しの中で、相手の状況を確認しながら勝負出来るタイミングでパスのリズムを変えたり、相手の見ている景色、視野を変えることに成功していることが挙げられます。

これは風間監督の試合後のコメントです。

今日の場合は中盤で繋ぐ必要がなかった。最終ラインに仕掛けたかった。

風間監督は「ショートパスで繋ぎ倒せ」「中盤は省略するな」とは一言も言っていないわけです。勿論「中央から崩しきれ」とも言っていない。またこのコメントも興味深いものでした。

我々がボールを持つというのが何かというと、やっぱり相手がどういう風に来ているか、それに対してどう反応するかというサッカーなんでね。パスを3本も繋ぐ必要がない、あるいはそこを2本にする、1本にする、それからもうちょっと、出して寄ってからのタイミングを変えることで多分もっと破れたはずなんでね。我々のサッカーは自分達の形だけでやってるわけではないんでね、そういう意味で自分達がしっかりボールを持つというのは、相手を見ながらサッカーが出来るということですから、やっぱりそこのところをもう一回ね、何を見るか、どこを見るかということに関して、またこれからしっかり練習していきたいと思います。

このコメントを読んでも風間監督は選手達に何も禁止していません。大事なのは「何を見るか」「相手の陣形、動き」を見ることであって、ボールを持つこと、細かく繋ぐことはあくまでそのための手段でしかない。中央にこだわるのも、風間監督の理論ではまずその前提がないと「外」が上手く使えない為です。そのエリア(中央)でボールを持つ、相手を外す技術を持つことで生まれるスペースがある。見れる景色がある。だからサイドチェンジ自体を否定しているわけでもないですし、外が空いていれば使えばいいわけです。ただし何度も書いていますが、使うまでの組み立て方、タイミングが重要。この考え方に関してはj_saimoさんのコメントが参考になります。

一方で戦況によっては「あえて外に張る」行為も有効です。今回の千葉のような相手の場合、そもそもボールと反対サイドは捨てているわけですから、勿論風間監督の理論通りボールサイドで密集を作って、勝負出来るタイミングで両SBを活用する戦術も効果的だったと考えます。勿論それを上手く出来なかったのが敗因なわけですが。ただ同時にこの網の中でそもそも勝負する必要があるのかという考え方も存在します。ピッチの横幅を上手く活用することで、その網を広げるような仕掛けがあっても良かったのではないか。ただこの点に関しては、どういったサッカーを志向するか、その影響を多分に受けますので、どちらが良い悪いという話でもありません。ですから風間監督の理論に沿って考えれば、彼が提唱する外の使い方、サイドチェンジの意味も理に適っているわけです。ある局面で優位性を保ったうえで、空いているエリアを勝負をするポイントにする。そのための密集であり、かいくぐる技術であるということです。

敗因といえば、今回はあえて守備も取り上げたいと思います。

名古屋の守備の問題点

(FW-MF)と(DF)間の距離「間延び」

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セットした際の名古屋の守備ですが、見て分かる通りFW2枚と中盤の4枚は割と高い位置に陣形を保とうとします。攻撃的な選手が多いこと、勿論チーム戦術として「前から奪う」が前提にあることも起因しているでしょう。ただ大きな問題点もあって、高い陣形を保つ割には前からのプレスの強度は意外にも高くない。決して守備が得意ではないシャビエルと玉田が最前線なわけですから、しょうがないといえばしょうがないのですが...。ただ結果的にプレスが効果的にかからず、相手のボールホルダーが前向きの態勢で余裕を持っている為、名古屋の最終ラインはどうしても背後が怖くてラインを高く設定出来ません。

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なのでこのように中盤と最終ラインの間でボールを受けられると簡単に前を向かれてしまう。また最終ライン目掛けてハイボールを蹴られると、余計にこのライン間が空いてしまう、効果的な攻撃に繋げられてしまう。この点に関しては試合後和泉がこう語っています。

相手は縦に速いボールを蹴る状況でディフェンスラインが下がってしまい、いつもと違う距離感で今までのサッカーが出来ませんでした。

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これもそうです。相手にサイドを深くえぐられると、どうしても最終ラインがフラットにラインを作ってしまう為バイタルが空いてしまう。これに関しては、相手に深くえぐられた際のゴール前でのライン形成をどうするかという点においても工夫は見られません。

失点シーンを振り返る

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この場面、ボールホルダーの町田をケアする為に小林がついていきます。町田は右SBの溝渕にボールを預け、自身のポジションに戻ります。溝渕は小林が移動して空けたスペースに構える熊谷にパスを通す。

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小林は自身のポジションに戻ります。まさに孤軍奮闘。彼が必死にバランスを取っています。ただしこの場面では町田に揺さぶられたことで時間を奪われ、熊谷との間にこれだけのスペースを作ってしまう。私はこの場面に1つ目の問題があると考えます。このときシャビエルは千葉のCBへのバックパスをケアするポジションにいるわけですが、最も危険だったのはこの熊谷のポジションです。CBに戻されたところで千葉としても攻撃をやり直す形になるわけですから、放っておいても問題がない場面でした。まず彼のポジショニングがどうだったのか。あとは小林-田口-青木のラインの間隔も気になりますね。もう少しボールサイドに絞るべきではないか。

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二つ目の問題点。ここが決定的だったと思いますが、船山をマークするワシントン。熊谷がボールを持ったタイミングで名古屋のプレスがかかっていなかった為、パスが出てくると考えたのでしょう。彼はこのタイミングで船山から目を離し、隣のラリベイ、櫛引のポジショニングを確認します。それ自体は悪いことだとは思いませんが、問題だったのは体のアングルごと変えてしまったことです。船山の動きと逆モーションを取るような形で目の前のマークを外してしまった。この一連の動作で勝負ありでした。たったこれだけの動作で裏に抜ける船山に何歩も後れを取ってしまった。勿論ワシントン自身も足は決して速くありません。櫛引がラリベイをフリーにし、ゴール前を空けてしまったように見えますが、彼としてはワシントンが船山に追いつかないことを咄嗟に判断した上で、一か八かの賭けでマークを外してでも船山を追ったのでしょう。結果は時すでに遅しでしたが...。

現状の守備について

よく「風間八宏は守備が仕込めない」と揶揄されますが、要はこういった部分がそういった評判になるのでしょう。相手がボールを保持した状態でセットして守ろうとした際、チームとしての細かい約束事、チーム戦術が希薄な為、各選手が個々の判断で動いている印象を受けます。だからギャップやフリーな選手が生まれる。ファジーなポジション取りをされると誰がマークに付くかはっきりしない。組織としてのチャレンジ&カバーや、細かいスライド(空いたスペースを埋めていく動き)も見られません。ただこの点に関しては「技術解体新書」の守備の項目を読めば、彼の考え方(各個人がいかに相手にやらせないか、個人の守れる範囲を広げていく)が守備においても如何に個人に依存した考え方か分かりますし、ピッチ上の現象は腑に落ちるわけです。川崎の選手たちがこぞって「守備練習はほとんどした覚えがない」とコメントしているくらいですから、正直ここは期待できないと思っています。ボール保持が前提と言いますが、90分あればそうでないときもあるからこそ、「八宏スコア」が生まれるわけです。殴り合いになる。おそらく攻撃の完成度が上がってこれば、前からの守備はもう少し改善される可能性はありますが...。

ただしセットした守備はこれらの前提の上に成り立っていますから、やはり個人の守備力が高い選手がいるにこしたことはないわけです。ただ同時にこのチームのCBはビルドアップの技術も求められることは前回までのブログでも論じた通りです。風間監督のチームにおけるCBの役割がどれだけ大変か、ハイスペックを求められるかという話です。

またこれはあくまで私の想いですが、ブログに関してもこれらの点を好き嫌いでは書いていません。嫌いといったところで、それ以上の発展性がないからです。グランパス以外のチームであればこの好き嫌いでチームはチョイスしますが、これが私達のチームである以上、私としては良いところに目を向けたい。チームの目指すべき方向性を理解した上で目の前の現象を捉えたい。ですのでこれまであえて指摘をしていませんでした。

ただやはり守れないのであれば打ち勝ってほしいのもまた事実です。今回の千葉戦のように決め手に欠き、穴だけ突かれて完敗しているようでは、大袈裟に言えば風間八宏である意味はないわけです。これで突き進むならどんな相手でも殴り倒せるようなチームにならないと意味がない。勿論まだまだ成長過程なのは前回までのブログでも書いた通りです。何を目標にチームを作っているか、それすら見えなくなったら終わってしまいますから、その意味ではチームの進歩、成長がみられる分、私はこの路線ならこの路線で支持するつもりです。とことんやってくれと。ただしやる以上は必ず殴り勝てるチームになってくれないと困ります。それだけ極端なことをやっているわけですから。

風間監督の攻撃の理論の前提にあるのは「ボール保持者が常に先手を取れる」です。であれば翻って守備の局面は後手になるわけですから、組織で守る術が必要なのでは?とも思いますが...他のサポーターの方々はこのあたり、どうお考えでしょうか。

とは言うものの、もう目の前にはプレーオフという大一番が待っています。

千葉戦で浮き彫りとなった課題をこの短期間で克服出来るか。それがJ1昇格のカギになると思っています。今週の様子を見ていても、どうやら磨くべきものは「攻撃、攻撃、攻撃」のようですね。ブレない男。ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日「私達の応援するチーム」は「私達のチーム」になった

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1月。風間体制初日。

「早く練習が見たい!!」足早にあの地獄坂を上りながら期待に胸を膨らませトヨスポに向かった。客席にはJ2に降格した悲壮感はなく、新たな一年が始まる、新たな名古屋グランパスをこの目で見ることが出来る。そんな空気が充満していた。マスコミもかなりの数。それらがこの日から指揮を執る風間八宏、そして日本を代表するストライカー佐藤寿人によるものであることは誰の目にも明らかだった。

練習が始まりしばらくして私の目もやはり一人の選手の存在に釘付けになる。佐藤寿人サンフレッチェ広島のエースであり看板選手であったあの寿人が、赤いトレーニングウエアを身にまとい目の前を走っている。憧れ、そして俄かには信じがたいその光景に私の目は彼を追うことで必死だった。ほどなくして彼が妙に八反田に声をかけるシーンが多いことに気付く。「ハチ!!!ハチ!!!」愛犬のような愛称で呼ばれる八反田は、筑波大学時代、風間監督の下でプレーしていたこともあり、当分の間トレーニングリーダーのような立ち位置になるのだとそのとき理解した。ただ何故寿人が八反田とあれほど仲が良さそうだったのか、その理由を知るのはもう少し先の話。

寿人がナラさん(楢崎)をイジッている。その舞台はカラーコーンを並べたドリブル練習。カラーコーンにナラさんが引っかかる度、

「ナラさーん!!ナラさーん!!」

笑いながら「ほっとけや」と嬉しそうに応えるナラさん。あぁ、この二人はただ仲が良いだけではない。お互いがお互いの役目を理解し引き受けているのだとすぐに分かった。寄せ集めのようなこのチームを、サッカー好きなら知らない人間はいない、そんな二人が引っ張ろうとしていることに気づくまで時間はかからなかった。

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そんな佐藤寿人以上にグランパスサポーターの注目の的、待ちに待ち焦がれた男が玉田圭司だったかもしれない。3年振りにこの地へ帰ってきた男は、田口泰士とコミュニケーションを取りながら、名古屋での感触を取り戻すかのようにゆっくりとピッチを走っていた。だから初日は抑えていたんでしょう。日がたつごとに彼の要求は厳しさを増し、その対象は杉森考起と青木亮太に注がれた。玉田に怒鳴られ小さく見える青木に近づき、そっと肩に手を回し笑顔で声をかける寿人の姿を見て、日本を代表するストライカーの二人が、それぞれのやり方で名古屋の至宝達を必死に育てようとしているのだと分かった。それにしても贅沢なアメとムチだ。

名古屋の至宝といえば、彼らに厳しかったのは玉田だけではない。他でもない風間八宏である。この一年、彼らは何度風間監督に怒鳴られてきたのだろう。おそらくこの一年間、風間監督が最も手を焼き、最も愛情を注いだのがこの二人だ。余談だが、後に強化指定としてグランパスを支えた大学生、秋山陽介は全く手がかからない青年だった。だからこそ即戦力だったのも頷ける。

さて、初日の練習場ではその傍らで黙々とトレーニングをこなす男がいた。アルビレックス新潟から加入した小林裕紀。彼は昨年グランパスと残留争いを演じたライバルチームのキャプテンだった。私達はその戦いに敗れ、彼のチームが勝者だった。その勝ったチームのキャプテンが、敗れ去りカテゴリーを落としたチームにやってきた。

「上手くなるため」

彼は後にグランパスにやってきた理由をこう語っている。かくしてこの不思議な縁で結ばれた移籍劇の主人公は、今佐藤寿人と同じ赤いトレーニングウエアに身を包んでいる。誰よりも一つ一つのプレーにこだわり、風間イズムの全てを吸収しようと言わんばかりのその姿に、「この選手、好みだ。見てるだけで面白い」と私のオタク気質が疼いてしまったのは当然と言えば当然でして、そこからはパス練習一つとっても彼の姿ばかり追うようになってしまった。ミニゲームが始まれば彼はいつもピッチの指揮官だった。誰よりも声を張り上げ指示を飛ばすのは彼の役目だった。後に前所属先であるアルビレックス新潟のサポーターにも深く愛されていた事実を知り、私はこの選手を心から大切にしなければいけないと強く思った。

練習後、各々が思い思いにクールダウンをしている中、私は不思議な光景を目にする。東京ヴェルディからやってきた杉本竜士。周りに脇目もふらず、黙々と一人ドリブルを練習するその姿に目を奪われた。ルックスも相まって、その周りに媚びなそうなオーラは、こちらが期待せずにはいられない独特の雰囲気に包まれていた。「面白い選手が来た」実はあの日私が最も興味を抱いたのは彼である。何度目か練習を見に行った際、お昼休憩で田口と楽しそうに出ていった姿を見たときは嬉しかった。我が子を見るような気持ちで。「仲良くなってる!!」

練習後といえば風間八宏のエピソードも付け加えたい。初めてファンサービスを受けたとき、彼は大きな声でこう叫んだ。

「僕のサインいる人いますかー」

そのフランクな人柄と丁寧な対応に、普段マスコミの前で見せるどこかとっつきづらい印象は消え失せ、この人はサポーターを大切にする人なんだと感じたものです。ただ一つ、隣にいたサポーターが「何か今年の目標を一言添えて下さい」とお願いした際、

「そんなものはありません」

ときっぱり答える風間八宏を見て、この人は自身の信念、哲学からは絶対にブレない人なのだと悟った。だからこそ信用できると思ったのだ。

それ以降トヨスポで見た光景は忘れられないものばかり。

最初は全てのトレーニングが手取り足取り。必ず風間監督の実演からスタートするのがお約束。シーズン前から故障を抱えていたルーキー松本孝平は、松葉杖で必死に移動してはトレーニングの説明に聞き入っていたものです。誰もが風間監督の「言葉」を一言一句逃すまいと必死だった。

ミニゲームを行う際、グループ分けが2つでなく3つ出来る光景もいつしか当たり前のものになった。レギュラー組、サブ組、その他。サブ組に入れなかった選手達はクラブハウス前で全く別のトレーニングを行い、練習が終わればファンサービスもそこそこに足早にその場を立ち去る光景もまた当たり前のものとなった。いつもは丁寧にファンサービスを行う矢田旭が、それをすることもなく立ち去る光景は、真意は分からないまでもプロとしての意地、プライドを感じた。ピッチに立てなくても、同じように日々戦っている選手がいるのだと。

シーズンも半ばを迎えると、その場所から選手が一人、また一人と去っていった。大武、古林、旭、高橋、田鍋...共通したのは、昨年J2降格という苦い思いを味わった選手達であること。そして今年ほぼ出番がなく、クラブハウスの前で必死に己と葛藤しながら戦っていた選手達であるということ。

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意外だったのは磯村亮太。シーズン序盤は苦しんだものの、当時彼は小林とともにCBでコンビを組むレギュラー。グランパスの選手として最後の公開練習日。ファンサービスにやってくる彼の姿を忘れることはない。痛々しい膝のテーピング、どこか逞しくなったようなその風貌。やっと風間さんのサッカーを理解出来てきた、このタイミングで去るのはちょっと心残りだと語った彼に対し、風間監督のもとこれからイソはどう変化していくのだろうと同じ思いを抱いていたサポーターは私だけではないでしょう。この日最後にイソと走っていたのは寿人だった。移籍してしまう選手の練習最終日、私が居合わせたときはいつも寿人がその選手達の隣を走っていた。それはただ仲間との別れを惜しんでいるのではなく、私には一人のサッカー選手として後輩達にエールを送っているように思えた。

どんなときも誰よりも声を出し、常に先頭に立ち、この集団を「チーム」に変えようとしていたのは寿人だったように思う。この一年、彼がいなかったらこのチームはどうなっていたのだろう。そう思ったのは一度や二度ではない。寿人のいる練習場と、負傷でいないときの練習場は全くの別物だった。

名古屋を去った選手で忘れてはいけない選手がもう一人。宮地元貴。J2に降格し、毎日が憂鬱だった。そんなとき彼は母校である慶應義塾体育会ソッカー部のブログにこんな文章を寄せた。

今シーズン、グランパスはクラブ史上初のJ2降格という結果となり、来シーズンは新たなステージでの闘いが待ち受けています。その状況を見て、既に入団が決まっている僕に対して、ここぞとばかりに嘲笑を浴びせてくる人がいます。

今に見てろと思っています。

責任を持って選んだ僕の道です。

僕には猛烈な野心があります。

逆境を力に変えるのは自分自身です。

僕の人生は挫折の連続です。

それでも何度も這い上がってきました。

必死になってもがいてきました。

下手くそがどうやって戦うのか。

不可能だと言われることに挑戦するのか。

幼い頃からの夢を掴み獲るのか。

人生は一度きり。

他人の評価を気にして挑戦しない人生なんてつまらない。

他を凌駕する強烈な努力を積み重ねるのみです。

夢を叶えるには、どのような状況においても、全身全霊を傾けて今を生きることが最も大切なのだと信じています。

僕はグランパスを代表する、日本を代表するプロサッカー選手になります。 

慶應義塾体育会ソッカー部オフィシャルブログ(2016.11.11)より抜粋 

このブログで励まされたサポーターがどれだけいたことか。どれだけのサポーターが前を向くことが出来たか。ルーキーが1年目のシーズン途中に移籍するという異例の形で彼はグランパスを去った。ただグランパスサポーターは彼のことを決して忘れないだろう。そしてある女性サポーターが掲載した彼の涙が忘れられることもない。半年足らずだった。ただ誰よりも自主練習を熱心に行っていたその姿を私は忘れないし、彼が流した涙の意味も私達は知っている。

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抜けた選手ばかりではない。同じ夏、新たに数人の選手達がグランパスに加わった。

ガブリエルシャビエル。24歳とは思えないその風貌でトヨスポに現れたブラジル人は、最初に見せたボール回しの練習から素人目でも分かるほど類まれな技術を持った選手だった。初めてのミニゲーム。彼が入ったポジションは主力組のボランチ田口泰士の隣でプレーする彼を見て、練習後私は知人達にすぐメッセージを送った。「もしかしたら劇的にチームが生まれ変わるかも!!」。途中時差ボケで自らグラウンドの外に出たエピソードも懐かしい。その後あっという間にグランパスサポーターの心を鷲掴みにするとは思いもしなかったけれど。

横浜Fマリノスからは新井一耀がやってきた。風間八宏のサッカーに適応出来るCBなどどこにいるんだと思っていた矢先にやってきた彼。決まった際、新井と聞いてもピンとこなかった自分を今は恥じる。「中澤佑二の後継者」と期待されていたこの男は、圧倒的な高さに加えインテリジェンスも持ち合わせているのだと気づくまでに時間はかからなかった。練習初日、彼にずっと付きっきりで指導する風間監督の姿に彼への期待を感じたものです。その後彼が風間監督と高校時代から付き合いがあったこと、彼をプロに引き上げたのが他でもない下條GMであったことを知り、その縁になんだか奇跡的なものを感じた。川崎に連れてこようとした風間監督と、それを横浜に連れていった下條GMが、今この名古屋の地でタッグを組み、新井をグランパスのメンバーとして迎えたのだ。初めて写真を撮影させもらったとき、あまりの逆光とその長身で顔が全く見えなかったのも良き思い出である。

シーズンも終盤に差し掛かり、 最近こんなコメントをよく目にする。

「今年ほど応援した年はない」「今までで一番スタジアムに足を運んだ」

2016年11月3日。私達はパロマ瑞穂スタジアム湘南ベルマーレに敗れ、初のJ2降格が決定した。

絶望に打ちひしがれる私達に待っていたのは、連日のように報道されるクラブ内部の騒動であった。傷口に塩を塗るとはまさにこのことだ。あの記事の真偽はともかく、今思えばあれはグランパスサポーターに「それでもお前たちはこのチームを応援するのか」と問いただしているような、サポーターとしての覚悟を試されているような、そんなものだったように思える。

毎日苦しい想いをし、自分はこのチームが本当に好きなのか自問自答した。

毎日踏み絵の前に立たされているような気持ちだった。

そうこうしている内に、私達が応援していた選手達は次から次へとグランパスから去っていった。

J2に降格するとはこういうことなのだと、あのとき私達は初めて知ることになった。

勿論何があってもグランパスグランパスだ、そう胸を張って言えるサポーターもいるでしょう。ただ同時にこのチームを応援する沢山のサポーターが、こんな経験を経て初めてのJ2を迎えたのだ。その経験は「私達が応援しているチーム」を「私達のチーム」に変えた。だから今年ほど応援した年はない、そんな感情を抱くのは不思議ではないのだ。私達はそれを乗り越えてここにいるのだから。

名古屋グランパスは私達そのもの」になったのだ。

今シーズン妻に何度も言われた言葉がある。

「今年は特に酷いよ」

その言葉は彼女にとっては痛烈な嫌味であり、私にとっては最高の褒め言葉だ(そう思うようにしている)。

今やチームの象徴である田口泰士が移籍濃厚と目にしたときのことは忘れられない。目覚まし時計をかけているわけでもないのに毎日朝5時に目が覚め、スマホを手に取り何か情報がでていないかと漁った。毎日毎日。

数週間後、「残留決定的」と目にしたときどれだけ嬉しかったことか。友人二人にすぐにメールを送った。「最後まで残留を信じていたのは自分だけだ」と。会心のドヤ顔をしながらも、あのときから既に私の目はJ2という舞台に向けられていたのだと思う。ツライ毎日から抜け出し、このチームと歩んでいくのだと覚悟した。毎朝決まって5時に目が覚めるなんて、人生で初めての体験だった。J2降格を共に味わったキャプテンと、一緒にJ1に上がりたかった。

グランパスの戦力なら昇格して当然。他のサポーターはきっとそう言うでしょう。勿論個々の力がJ2では抜きんでた集団であることは間違いない。

ただ私が見た練習初日。あのチームはグランパスという名のもとに集められた寄せ集めの集団だった。それぞれが覚悟をしこの地にいる。ただチームとしての一体感はまだなかった。当然である。17人がこのチームを去り、18人もの選手が加わったのだ。チームスタッフもフロントも大幅に入れ替わった。紛れもなく新しいチームだった。練習が終わってクールダウンをする選手達。残留組、新加入組で分かれて走っていたその姿を私は忘れない。どこか余所余所しく、居心地の悪そうなあの感覚。あのときまだ名古屋グランパスはチームではなかった。

紆余曲折を経て、一歩ずつチームになっていった今のグランパスを誇りに思う。類まれなリーダーシップでこの「集団」を「チーム」に変えてくれた佐藤寿人。誰よりも厳しく練習に臨み、その背中でチームを引っ張った玉田圭司。一歩引いた立場でムードメーカーの役目を引き受けた楢崎正剛。そして圧倒的なカリスマ性と、「スタジアムを満員にしたい」と極上のスペクタクルをもってここまでサポーターを連れてきてくれた風間八宏。いつも笑顔でサポーターを迎え入れてくれた小西社長の存在も忘れてはならない。

昇格できるかは分からない。ただどういう結果になろうと、もうこのチームを疑うことはないだろう。何があっても応援することで支え続けるだろう。

ただ一つだけ。

私はこのチームをどうしてもJ1の舞台で見たい。

このチームでJ1に上がりたい。

泣いても笑ってもあと2試合。いや4試合かもしれない。とにかくこのシーズンが無事に終わるまで、最後までそれぞれがそれぞれのやり方でこのチームを後押ししよう。背中を押してあげよう。

そしてJ1の舞台へ共に帰ろう。

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相手の第一線の守備がグランパスの出来を左右する~2017.11.5ファジアーノ岡山vs名古屋グランパス~

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「いやぁ....本当に上手い....」

11月5日シティライトスタジアムで開催されたファジアーノ岡山名古屋グランパスの戦いは1-0で名古屋グランパスの勝利に終わりました。特に前半は名古屋が終始圧倒する展開。冒頭のセリフは試合中、解説の野村さんがふと呟いた言葉です。

先日のブログで湘南や長崎が名古屋に対してどう主導権を握ろうとしたのか書きました。彼らの組織的な守備に名古屋は自由を与えられず、満足なビルドアップをほとんど行うことが出来なかった。では逆に名古屋に自由を与えてしまうとどうなるのか。それが今回のテーマ。この岡山戦、特に前半にその点が凝縮されていました。

では両チームのスタメン。

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岡山は湘南、長崎同様3-4-2-1。私の考えでは今名古屋が最も苦手とするシステムではないかと。ただ試合の様相は前の二試合とは異なる形で動いていきます。

何故「第一線」の守備が重要なのか

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急に「第一線」と書いて理解する方もいれば意味が分からない方もいるかと思います。第一線とは、ボールを保持されている側(この図でいえば岡山側)の最前列の選手を指します。中盤の選手は第二線、最終ラインの選手は第三線です。このあたりの呼称は人それぞれかと思いますが、このブログではこの名称で進めます。さて、一見守備とは無縁に思えるFWの選手達、とりわけこの第一線の選手達が守備においても重要な存在であることは前回のブログでご紹介済みです。特に名古屋のような足元で繋げるチームにはこの第一線の選手達の働きがチーム自体の守備の出来を左右するといっても過言ではありません。ではこの試合、岡山の第一線の選手達の働きはどうだったか。

岡山は名古屋のビルドアップに対して、第一線の選手達が「マンマーク」する形で対応します。赤嶺が櫛引に、大竹がワシントンに、塚川が小林に、関戸が田口に。本来であれば第一線は赤嶺と大竹の2トップが該当するわけですが、今回の場合、この岡山の4人はワンセットに近いイメージです。この4人が第一線。何故なら名古屋のビルドアップで最も危険な中央のゾーンを、ボールをサイドに誘導して塞ぐわけではなく、人が人につくことで対処しようとした為です。ですから名古屋の中央の4人に各々マンマークでつく岡山の4人はこれでワンセット(第一線)のイメージでも違和感はありません。

私がこの試合の岡山を見ていて最も疑問だったのは、「どこをボール奪取の基準点にしていたのか」という点です。噛み砕いて言えば「どの位置にボールを誘導し、どのポイントでボールを奪い取りたかったのか」。特に前半の岡山に関していえば、ここにチームとしての意図や狙いを感じなかった。「枚数を噛み合わせる」だけでした。勿論そこで奪い取りたいという意図はあったのかもしれませんが。

名古屋のビルドアップ部隊に対し、同数の人数をあてる。その背後をボランチの渡邊で埋めるイメージでしょうか。ただ先程の図を見ていただければわかりますが、システムの噛み合わせ上、どうしても名古屋の両SB(和泉、宮原)が浮きます。湘南や長崎はここに同サイドのWGが可変することで対応したわけですが、この試合に関してはこの部分で大きな差が表れます。

SBへの対応の遅れを利用し、そこを起点にフリーの選手、スペース作りをしていくf:id:migiright8:20171106001503p:plain

さて、何故和泉がここまでフリーなのか。ここが最も重要だと考えます。岡山の第一線を担う選手達が名古屋のビルドアップ部隊に枚数をあてているだけで名古屋のボール(パスルート)を誘導することが出来ていない為、そこで奪い取れず名古屋のSBにボールが渡ります。背後で構える岡山の両WB(石毛、パク)からすれば、どのタイミングで前に出ればいいのか、そのきっかけを掴めません。いつ自分のサイドにボールが来るか分からないわけですから。ましてや安易に前に出ればその背後には寿人や青木が控えている。岡山とすれば既にこの段階で後手を踏んでいるわけです。逆に名古屋の立場としたらこのエリアがビルドアップの逃げ道になっています。ちなみにこの場面、丸で囲った名古屋の小林、そこにつく塚川に注目。

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和泉が主導権を握ったこの場面。小林はあえてダイアゴナル(斜め)に走り込みます。すると小林が元々いた位置には勿論スペースが生まれる(斜線部分)。この場面、個人的には丸印で囲った岡山の2トップ(赤嶺-大竹)のポジショニングが気になります。岡山の前の選手達はどうにも人につく意識が強すぎるため、名古屋に先手を取られてしまうと彼らの意図通り人について動いてしまう。この場面でいえば小林についた塚川、櫛引につく赤嶺。全体に名古屋の左サイドに集結させられている割には赤嶺のポジショニングが人を意識しすぎている為、小林が空けたスペース、画面からは見切れていますが和泉の後方にいるワシントンをケア出来るポジションに誰もいません。赤嶺は櫛引を意識しつつも、もう少しワシントンに入った際に即座にケア出来る位置取りをすべきだったのではないかと考えます。

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ワシントンは前述の通り完全にフリー。また小林が空けたスペースがここで活きてくるのですが、岡山の前3人の背後にいる青木までのルートが締められておらず、1本のパスで岡山の第一線の選手達を置き去りに出来る状況が出来上がっています。

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青木に渡った後の場面。岡山は名古屋の左サイドに意図して集められ、そこから右サイドに展開されたことで両ボランチのスライドが間に合っていません。この場面、ワシントンが一度田口を経由していればまた状況も違ったでしょうが、前述の通り小林が意図して空けたスペースを上手く活用することで1本のパスで青木まで通すことに成功。結果的に岡山が守備を修正する時間も奪い取っています。またプレスがハマらないことで岡山の最終ラインは前に上げることが出来ず、青木の前には広大なスペースが生まれてしまいました。

名古屋のように人を出し入れしながら後方から丁寧に繋いでくるチームに対しては、「どうボールを誘導し、どのポイント、タイミングで奪いにかかるか」がチームとして意思統一されていないと、結果的に全ての対応が後手になることが分かるかと思います。勿論枚数を噛み合わせることでボールを奪いきれれば問題はありませんが、そこで奪えないとシステム上の穴を活用される。今回でいえば名古屋の両SBのエリア。ここに時間を与えてしまう、言い換えれば先手を取られてしまう。そうなると名古屋のようなチームは人の出し入れを頻繁に行いながらボールにも多くの選手が絡んでくる為、気づくと例として挙げたシーンのようにスペースや空いている人間を作られてしまう。闇雲に奪いに行く、人数だけ合わせておけば問題ない。それは名古屋が最も得意とする土俵で戦うことを意味します。まだまだビルドアップに難がある名古屋ですが、人対人の繰り返しであれば、前述した手法で相手のプレス網を回避していく力を既に持ち合わせています。また同じように戦って名古屋に打ち負かされたのが岐阜であり山口です。ちなみに次にご紹介するシーンは岐阜戦での名古屋の1点目(田口のゴール ※第一回のブログにて動画掲載)とほぼ同じ形です。

 寿人が中盤におりて和泉がそのスペースを活用するパターン

 

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この場面、中盤におりてくる寿人をフリーにしない為、岡山の右ストッパー片山が寿人のケアに動こうとします。右WBの石毛がチェックに行けなかったのは、おそらく大外で張る和泉をマークする為です。f:id:migiright8:20171106004659p:plain

これもまた同じ理由。岡山の第一線の守備が機能していない為、名古屋のビルドアップの技量が勝り全くボールが奪えません。矢印は岡山の選手が名古屋のどの選手をケアしているか表したものですが、枚数は揃っていてもボールが奪い取れない、取りどころがはっきりしない為厳しくチェックが出来ていません。マークする担当ごとでこれだけ名古屋の選手と距離が開いてしまうのは何故でしょうか。チームとしてどこを基準点として奪いに行くか意思統一がなされていない為、行けばいなされる、空いたスペースを使われるの悪循環を恐れて足が止まっていると考えられます。この場面、プレスがハマっていないと判断した岡山の片山は、寿人につくのを諦め自身の定位置にリトリートする判断をここでします。

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名古屋は当然ながらフリーの寿人を使います。

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結果的に片山は戻ることを選択しましたが、寿人の動きに喰いつき過ぎたことで戻る距離が長く、同時に寿人が絶妙のタイミングでパスをだしたこともあり定位置に戻りきれていません。斜線はそれで生まれたスペース(岡山最終ラインのギャップ)です。そこを和泉が抜け目なく狙ったシーンとなります。

名古屋は最終ラインで回しながら、岡山の守備陣形がどう動くかしっかり認知し、寿人に入れるタイミング、和泉に入れるタイミングを計っています。ですから最も良いタイミング、岡山目線でいえば最も狙われると困るタイミングで急所を突けているわけです。これはシーズン前半戦の名古屋の守備陣もそうだったのですが、守る際に第一線、第二線のラインが機能していないと(相手のボールホルダーにプレッシャーをかけれていない)、最終ラインに5枚並べようが6枚並べようが簡単に相手に背後を取られてしまう。しかもなんでもないロングボール1本で。それだけボールホルダーに対して前向きな状態で時間を与えてしまうと危険だということです。極力最終ラインが晒されるような場面は避けなければなりません。

さて、ここで改めて佐藤寿人についても触れておきたいと思います。

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自らドリブルやボールキープで違いを生み出せる選手ではない為、湘南や長崎戦のようにチームのリズムに狂いが生じるとゲームから消えてしまうのが玉に瑕ですが、チームがプレーモデルに沿って機能していれば実に効果的な動きをします。時にはFWのごとく。時には中盤におりて組み立てにも参加し、隙あらばチャンスメイクも出来る。そしてなにより献身的な守備。爆発力では逆サイドの青木に軍配が上がりますが、こなしているタスクの量、質、そこへのハードワークではまだまだ寿人の方が一枚も二枚も上手。日本を代表するゴールハンターは、この一年で見事なまでに風間サッカーに適合しました。岡山戦の1点目、チャンスメイクをしたのは他でもない佐藤寿人です。

シーズン前、中盤でパス回しに加わり、広島の青山のごとく前線にフィードをし、左サイドからチャンスメイクする佐藤寿人を誰が想像出来たか。また風間さんの守備は「個」それぞれがどれだけ自身の持ち場を相手に侵略されないかが基本ですから(異論は認めます)、そのうえでも献身的に守備が出来る寿人は風間さんに重宝されました。本来はトップで使うべき選手ですが、彼が持ち合わせるインテリジェンスが今のチームでは左サイドにハマった。まさに「偽9番」ならぬ「偽サイドハーフ」。例えばこの場面での動きは秀逸でした。

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青木が前進した段階で岡山のバイタルは完全に空いた状態。寿人が大外でパスを呼び込む動きをしています。おそらくこのタイミングで縦に抜ける動きを選択するとタイミングとしてオフサイド、あるいは相手のCBにスルーパスをカットされる可能性があると判断したのでしょう。岡山の最終ラインの視線が青木に向けられたことを確認した瞬間、あえて縦ではなく中のルートを選択。青木とのタイミングを計りなおす時間を作る、より相手にパスルートを防がれないコース取りをする、なにより相手ゴールにより近い中央のスペースを狙いに行く。まさにストライカーの動きでした。

彼はストライカーであり、サッカー小僧。それは練習の風景を見ていれば分かります。「サイドハーフはボールを沢山触れる。前を向いてボールを受けられる」。これは寿人自身のコメントです。相手DFを背にしてプレーするより、常に前を向き、ボールに関わりながら前方に空いたスペースがあれば見逃さず飛び込んでいく。風間さんが与えたそのポジションは、寿人にとって新境地だったのかもしれません。余談ですが、この試合の得点シーンを演出したトライアングルは佐藤寿人玉田圭司小林裕紀。なんて贅沢なトライアングルだったんでしょうか...。素晴らしい崩しでした。

少々脱線しました。さて最後、名古屋のビルドアップに時間と余裕を与えると質の高い攻撃が生まれることは次のシーンからも分かりますので見ていきます。

「遊び玉」を有効に活用する小林

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このシーン、ボールホルダーの小林は最終ラインの選手からボールを受けると、前方にいる青木と何度かパス交換をして岡山の選手達を名古屋の右サイドに集結させます。

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パス交換を終え青木にボールをはたいた小林は、あえて青木の後方にあるスペース目掛けて動き出しを始めます。小林をフリーにしない為、岡山の塚川が小林をケアしていることが丸印を見れば分かるかと思います。その動きによって、小林が元いた位置にはスペースが生まれる。これは最初にご紹介したシーンと同じ流れです。この後青木は実線のルートである最終ラインの櫛引までボールを戻します。

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櫛引は小林が空けたルートに玉田がおりてきていることを確認し、ここでも1本のパスで相手の中盤を通過することに成功。どの場面もそうですが、岡山の前からのプレスがハマっていない為、名古屋に意図的に状況を作られ、1本のパスで5枚分の選手が置き去りにされています。意図してボールを奪う術がなければ何枚人数をかけてもボールは奪えない。空けてはいけない中央のスペースも空けてしまう。ただ人数を噛み合わせるだけでなく、どう奪うかがチームに浸透していないと名古屋のような相手にはカモにされてしまうということです。ちなみに名古屋はこういった相手には滅法強いです。しっかりとチームのバランスを保ち、窮屈なプレーを強いられることがなければ、ボールを扱う技術はおそらくJ2の中ではトップクラスですから、相手のプレスなど簡単にいなしてしまう。それがこの試合の前半であり、以前の岐阜戦で生まれた6-2という試合です。

何故名古屋のようなチームに闇雲にプレスをかけてはいけないのか

これは先日発売された「技術解体新書 著:風間八宏 西部謙司」内に記載されていた内容ですが、とても興味深い内容だったので少し引用します。お題はドイツのボルシアドルトムントが得意とする「ゲーゲン・プレッシング」について。

ドルトムントがなぜ失敗したかというと、相手の陣形が崩れていないのに前に突っ込んでいってボールを奪おうとしたから。時速100キロで奪いにいって100キロで返されたら実質200キロのカウンターになるじゃないですか。相手が下手だったらとれますよ。でも本当に上手い相手だったら無謀にプレスしてもとれるわけがない。 

今回のブログは決してゲーゲン・プレッシングについて書いているわけではない為、あえて説明は割愛しますしこれ以上深堀はしません。では何故このコメントをあえて引用したか。今回のブログの話と似ているなと思ったからです。要は相手の陣形が崩れていない状況で、闇雲にプレスに行っても上手い相手だったらとれるわけがない。むしろ守備の陣形が崩れて事態を悪化させるだけです。今思えば岐阜戦の前半も最初は岐阜の前からのプレスに名古屋はタジタジでした。ただそれは岐阜に攻撃でも先手を取られ、名古屋のストロングポイントである左サイドのシャビエルの位置を岐阜のパウロ-大本ラインに徹底的に狙われたことで守備の陣形が崩れていたことも影響はあったかと思います。寿人とポジションチェンジして彼がしっかり左サイドのスペースを埋めて以降は大崩れすることもなく、ビルドアップも整った状態からスタート出来ていましたから。そこからはこの岡山戦同様、岐阜の「枚数と人」を意識したプレッシングを簡単にいなして中央から物凄いスピードで前にボールを運んでいました。これまであえて触れていませんでしたが、こういった状況で誰にボールが渡ると最も脅威となるのか。私は青木だと考えます。彼が今回の例に挙げたような相手のボランチ周辺(要は中央のエリア)でボールを受け前を向くと、縦への推進力、スピード、ドリブルのテクニックがずば抜けていますから、名古屋とすれば一気にチャンスが生まれるし相手最終ラインからするとズルズルと後退してしまう。岡山はこのスペースを少々与えすぎました。

また名古屋というチームの特性についても少し触れておきます。これは対戦相手だったファジアーノ岡山サポーターのゼロファジさんと押谷について話していた際のツイートです。

前回のブログでロビンと杉森の動きを紹介しましたが、このツイートには風間さんの理想像が見え隠れしている気がします。

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押谷もシーズン中なかなか出番がありませんでしたが、練習でボランチとして鍛えられていたのは、「プレーの連続性に課題がある」との風間さんの評価があったからでした。ただ待つのではなく、積極的に相手に仕掛ける動きを繰り返すことで相手のマークを外していく。おそらくですが、この岡山戦の前半のようなサッカーをどのレベルの相手でも出来るようにしていくのが風間さんの究極の理想なのではないでしょうか。

「うちにはポストプレーはないから」

こんなコメントを風間さんがしたそうですが、言葉の真意はともかく、伝えたい意図は理解出来ます。だからこそ「うちのサッカーは慣れてこればポジションは関係なくなるから」なのでしょう。その先頭を走るのが「チームの目」と評された田口泰士小林裕紀であり、ベテランながらもこれを体現する玉田圭司、そして佐藤寿人です。

ボールを「待つ」のでなく、ボールに「関与」していく。受けて、だして、外して...それを全員が連続的に繰り返すことで相手のプレスを無効化していく。それが目指すべき理想像です。

今回もいろいろと書いてしまいましたが、この試合で最も話題をさらったのが前半終了後のこの画像でした。せっかくなので記念に残しておきます。ではまた。