その日、私は時間を持て余す可能性のあった午前中をどう過ごすか頭を悩ませていた。
ここ最近のワールドカップフィーバーですっかりグランパススイッチを切っていた私は、灼熱の地とは理解していたものの、やはりグラサポとして練習場に行き、中断期間中に加入してくれた選手達をチェックすべきなのではないかとの結論を得た。
ご存知の通りここ最近の名古屋は連日35度を越すような猛暑が続いており、屋根のない客席で1時間以上座り続けるなど正気の沙汰ではない。ただそれでも足を運んでしまうのはやはり一にも二にもグランパス愛。
駐車場が埋まることを懸念し、9時半過ぎにはトヨタスポーツセンター(通常トヨスポ)に到着。「おぉ...」予想通り空いている。その日は午前練のみ、しかしこの暑さはトヨスポ行きを断念するには十分すぎる説得力である。
到着早々違和感を覚える。練習道具がグラウンドに出ていない。あるのはひたすらに放水を続けるグラウンドキーパーの皆々様の姿のみ。
そろそろ開始時刻の10時が迫っており、これは恒例の「30分御姿見れません」の日ではないかとの懸念を抱き始める。
「30分御姿見れません」これはトヨスポ常連の方々には恒例の行事である。開始時間を過ぎても30分程度選手が全く出てこない日。往々にして試合翌日や中1日あけた週最初の練習日に起きるこの現象は、おそらくミーティングなどを実施していることが影響している。確かに練習開始時間を10時と謳っても、それは「サポーターの皆さんの前に現れるのがその時間ですよ」とは意味しない。あくまで選手達にとっての練習開始時間である。
これは大変な持久戦が始まったと思った。
うだる様な暑さである。隣に座っている男性に至っては自宅の縁側の如く無駄に露出した姿でぐったりしている。
かく言う私も全身の汗が止まらない。日焼けだけは避けたい為当然長袖長ズボン(表現古い)着用だ。日焼け止めは死ぬほど塗ってきたものの、吹き出る汗の量は凄まじく、日焼け止めの効果すら全て流し切っている気がする。
あぁ!傘を忘れた。ペットボトルも忘れた。帽子もない。良席を確保したサポーター達は全長何メートルあるか分からない気持ちばかりの屋根ゾーンにたむろしている。
この日は本当に地獄の様なスケジュールで30分を過ぎても選手は出てこなかった。
目の前で起きていることが少々信じられなくなってきた矢先、遂に選手の姿を発見する。
「(お!!!寿人だ)」 ※心の声
もっと見える場所に出てきてくれよと叫びたくなるくらいには隅の方、客席からでは前のめりな姿勢を保たなければ視認出来ないレベルの場所に寿人の姿を確認した。いやはや、何はともあれ選手の姿が見えるだけでこの安心感はなんだ。心なしか客席全体もホッと一息ついている様な気がする。
その後続々と選手達がピッチに登場する。長かった。でもこの瞬間全てが報われた気がするのもグランパス愛あってこそ。見せて欲しい、この1ヶ月の成果を私に見せて下さい。
すると信じられない光景を私達は目にすることとなる。
ボールが違う。あれは私達の知っているサッカーボールではない。なんだあのなんとも重そうな巨大な丸い物体は。
「…体幹…トレーニングをするのか…?」
そう、灼熱のトヨスポで約1時間程度待ち続けた私達へのご褒美は体幹トレーニング(いや筋トレかもしれないがどちらでもよい)。アイツらミーティングなんてしていなかった。室内でずっと身体をいじめてたんだと確信した。私達の目線の先でボールを蹴っているはずだった選手達は今、私達の目線の遥か先で上空に体幹ボール(今名付けた)を投げ飛ばしている。おいおいお前達の十八番である止める蹴るはどこにいった。受けて投げる知らん。それにしてもさすがミッチ。上にもよく飛ばす。
これは何て日に来てしまったのだろう。いつになったらあのボールはサッカーボールに変わるのか。彼らはいつになったら私達の前まで来てくれるのか。隣の男性は長時間座り続けたのが堪えたのか、よりにもよってこのタイミングで立ち上がり、クラブハウス側の選手達を観察し始めた。待って欲しい、私は貴方のお尻を眺めに来たのではない。座って欲しい、一刻も早く、座っていただきたい。
そうこうしているうちに遂に選手達が客席側に向かって走り始めた。
「(キタ!!!!!!!!!)」 ※心の声
そのとき客席に座っていたある男性からこんな言葉が漏れ聞こえた。
「…あれ?スパイク履いてなくね?」
よくそこに目がいったなと感心した。心の声でエアトーク。「(...履いていませんね)」。
その瞬間全てを悟った私は、締めのランニングを開始した選手達を横目に「1周で終わろう、そして一刻も早くファンサービスを開始しよう」と願い続けた。ただ悲しいかな選手達はそんな願いなど知る由もなく、贅沢にも5周もグラウンドを走り続けた。
あれが丸山か。先頭集団の優等生ゾーンで走る彼の横には八反田、そして小林裕紀が加わる。娘が家に連れて来ても安心して預けられそうな良いオーラが漂っている。
中盤で走るグループに目を向けるといたぞ中谷。彼はグランパスアカデミー育ちなんだろうか。最近加入したとは思えないくらいのガキ大将感全開である。初めての移籍で心配する必要など彼には一切不要だった。むしろきっとうるさい。来てくれてありがとう。
そして最後尾にはブラジル人トリオ。あれがネットか。ジョーとほぼ同じ背丈のネットは遠目から見るとつぶらな瞳が印象的で、やる気がないときは競り合いなんてしない、そんな情報が嘘だと信じたいほどに温厚そうである。川崎の奴ら嘘ついているんじゃないだろうか(と信じたい)。
練習が終わり遂にファンサービスの時間。
トヨスポに来たのは久しぶりだったのでネットとか絡んでみたい。そう決意しファンサゾーンで待ち構えるものの、こんな日に限って選手達が一斉に向かってくる。自主練がないときのお決まりパターンである。選手の一斉投入。
あんなに長時間ピッチに現れなかった選手達は信じられない速度で私達の前を駆け抜けていく。あぁ!ネット。ネットが行ってしまったぞ!
持ち場を離れネットを追いかける。ネット!ネット!呼び止める私は選手をネットで捕まえたいわけではなく、ネットを捕まえたいのです。
なんとかネットだけは無事捕獲し写真撮影をした私の身体は、トレーニングを終えた選手達以上に汗まみれだった。体幹トレーニングをして涼しげにクラブハウスに戻る選手達と、選手達がボールを蹴る姿を見ることなく1時間以上灼熱のトヨスポに居続ける体感をした私達。
とある日の練習後、長時間のファンサを終えた佐藤寿人はこう言ったそうだ。「これは屋根を付けた方がいい。選手10人で100万ずつ出せばできるんじゃない?今後のためならオレは出すよ」
あの日トヨスポに参戦したおそらく全員のグランパスサポーターが深く頷いたことでしょう。
(追伸)あえて最後にファンサゾーンに現れ、1人ずつ丁寧に対応していた青木選手。いつまでもそのままの貴方でいてください。
※このブログで使用している画像は名古屋グランパス公式サイトから引用したものです