みぎブログ

主観で語りますフットボールを。

バクスターの血を受け継ぐ者と異端児の戦い

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「全てこの試合のために準備してきた」

1勝1分2敗。J1での成績、2戦2敗、3得点7失点。名古屋の対長崎戦における成績である。めっぽう苦手。風間八宏にとって長崎を率いる高木琢也は、マツダ出身の後輩という間柄だ。負けて笑って談笑とはいかないだろう。今シーズン、前半戦では完膚なきまでに叩き潰された(0-3)。迎えた今回は名古屋が7連勝中、かたや長崎はリーグ最下位と、誰もが名古屋の勝利を予想する中での4失点。目も当てられないとはこのことだ。

なるほど、冒頭の高木監督のコメントにも納得。

徹底的に分析された名古屋。そして風間八宏

代表ウィークを挟み、二週間ぶりのリーグ戦。どちらがその期間を有意義に使えたかといえば、おそらく高木琢也率いる長崎だったのではないだろうか。地道な積み上げをはかる名古屋と、その名古屋を叩くために二週間戦略・戦術を落とし込んできた長崎。高木琢也にとって、二週間の猶予は十分すぎたのかもしれない。

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長崎の布陣は前半戦と大きく変更はない。名古屋にとってまずネックだったのがシステムの噛み合わせ。4-4-2の名古屋に対して3-4-2-1の長崎では、名古屋に分が良い構図とはいえない。長崎のキーとなるのはツーシャドーの澤田、そして中村。名古屋とすれば、この二人を誰が見るかが問題となる。また名古屋の攻撃時に関していえば、ネットを含めた3プラス1(小林)でビルドアップを始める名古屋に対して、同数でプレスをかける長崎のプレス部隊が大きな問題となる。これは風間八宏にとっても苦手な形で、長崎同様、札幌相手でも同じような問題を抱え、返り討ちにあっている。

「間受け」に滅法弱い名古屋

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長崎の1点目のシーンである。最終的には長崎の右サイド、飯尾が全くのフリーの状態から折り返し、鈴木武蔵がゴールを決めるわけだが、私としてはこのシーンで勝負アリだったと考える。試合を通して、先ほど挙げた二人、澤田と中村に対する名古屋のマークは最後まで曖昧だった。その証拠に、長崎の3得点は全て彼ら二人が演出している。鈴木武蔵にとっては、完璧にデザインされたその崩しにおいて、最後のフィニッシャーの役目だけを務めれば良かった。このシーンでいえば、丸山の視野外にいた澤田が、ボールがでてくる瞬間に丸山の前に回り込んでボールを受けることに成功している。名古屋にとっては危険なエリアだったにも関わらず、完全フリー。例えばジョーがあの位置で受ける際、これだけフリーな状況が存在するかといえば勿論ない。丸山としても、鈴木と澤田の二枚を同時に見る状況で、ボールを受けた澤田に強くプレッシャーをかけることは出来なかった。

ただこの場面、丸山の様子を見ていると、そこまで慌てているようにも見えない。もしかすると、間受けされることもある程度許容している可能性がある。4-4-2のシステムにおいて、選手間に生まれるスペースは泣き所である。だからこそ各チーム、スライドの徹底や明確な約束事をチーム戦術として必死に取り組むわけだが、その点名古屋の場合は個人のセルフジャッジに依存しているフシがある。だからこそ最後で凌ぎきれば良いと。ただこの後で問題となるのが金井の絞りと、その背後をフォローすべき児玉の状況である。サイドバックがどれだけ絞るべきなのか、サイドハーフがどこまで戻ってくるべきなのか。仮にそこを各々のセルフジャッジで判断しているのであれば、これだけ右サイドが空いてしまった点も今後の反省材料となるのだろう。その証拠に、例えば丸山や金井の様子を見ていても、飯尾にボールが出た瞬間「何故フリーなんだ」と、その瞬間気づくようなそぶりを伺うことが出来る。

 

徹底していたビルドアップ封じ

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前述した通り、名古屋のビルドアップへの対処も準備していた。名古屋のビルドアップはネットが最終ラインに降りて、両センターバック(丸山・中谷)がワイドに開く。両サイドバックは高い位置を取り、小林を中継点とした3プラス1、菱形のような陣形が基本だ(図のようにネットと小林の位置が逆になるケースも有)。それに対して長崎は前線3枚が同数であたり、中盤の1枚が小林をケア。当然両ウイングバックが名古屋の両サイドバックにつく配置をとった。

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ただし前半戦に比べると名古屋のビルドアップも改善され、簡単にボールを失うことはない。長崎としてもそれは折り込み済みで、前から徹底して追いかけることはせず、状況が悪ければリトリートし5-4ブロックを形成(両ウイングバックと両シャドーが一列ずつ下がる)。ハーフウェーライン付近で構え、そこからパスコースを限定していく。名古屋のビルドアップ隊が前線めがけて蹴ったボールを、密度の濃いゾーンで追撃する形で回収する。

カギは「中央」をしっかり締めることである。このやり方は、昨年J2の舞台で初めて長崎と対戦した際(このときも瑞穂だった)に近いものがあった。鈴木武蔵を頂点に、両シャドーと二人のボランチの五角形で中央を封鎖する。名古屋のボールの流れを外に外に押し出していく。名古屋は時折ネットや金井が、上手くかいくぐってこの五角形の中でボールを受けることに成功していたが、この中央のエリアを使えなかったことが、試合の出来に大きく響いた。後述するが、長崎は奪った後のカウンターに備え、出来るだけ両シャドーを高い位置に置きたかったようだ。その影響で、例えば長崎のボランチ脇は狙い目であったし、対角線上からジョーにボールをつけられた際の応対にも苦慮していた。ただ試合全体を通してみれば、「中を使ってこそ外がある」名古屋にとって、肝心要の「中」を上手く活用出来なかった、いやさせてもらえなかったのは敗因の一つだろう。

振り返ると、前回対戦時は前から徹底的に潰しにきたことで、名古屋は窒息し失点を重ねた。では今回は何故このような形をベースとしたのか。

ショートカウンターではなくロングカウンター

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長崎2点目のシーン。この試合、予想通り名古屋のボール保持率は高い数値を誇った(60%)。ただしこれは長崎としても折り込み済みだっただろう。ここで長崎の立場になって考えてみたい。彼らにとって、名古屋がどの位置でボールを保持している時にチャンスを生み出せる可能性が高いか。仮に前から奪いに行くことをベースとすれば、自陣の背後には広大なスペースが生まれる。いまや名古屋には、J有数の「高速カウンター」という武器がある。逆に自陣深くまで追い込まれるとどうだろう。仮にボールを奪っても名古屋に自陣を支配され、セカンドボールを回収されつつ2次攻撃、3次攻撃と繋げられ、ジリ貧の可能性が高い。そう考えた時、もっとも名古屋に穴が生まれる瞬間は、ミドルサードのエリアでボールを奪った瞬間と考えていた可能性は高い。名古屋とすれば押し込みきれていない分、ボールを奪われると当然陣形は崩れている。その上で、もっともバランスが悪いエリアは、金井がいるべき名古屋の「左サイド」であることは誰の目にも明らかだ。あえて金井に高い位置を取らせることで、ボールを回収したらそのスペースを崩しの重要なポイントとしてチームで共有する。この試合、結果的に名古屋がミドルサードでプレーした割合は、実に53%という高い数値となった。

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長崎の3点目は、この試合の狙いが見事にハマった象徴的なシーンだ。ミドルサードでボールを奪回してからのミソは、とにかく「速く縦につけること」。ブロックを作ろうと戻る名古屋よりも速く名古屋ゴールまで辿り着く。それが彼らの重要なミッションである。長崎の中村慶太のコメントは以下の通りだ。

試合前にサワくん(澤田)と(鈴木)武蔵と3人で話をして、なるべく下げずに前にボールをつけていこうという意識をしていて、それが上手くいったと思います

何故ファンマではなく鈴木武蔵だったか。このゴールシーンにおける鈴木武蔵の一連の動き、名古屋ゴールへ向かうスピードがそれを証明している。またゴール前に飛び込む際も、必ず名古屋DF陣の「間」にポジショニングすることを徹底。中谷が見るのか、宮原が見るのか。深い位置からのクロスに対してマークの受け渡しに名古屋が問題を抱えていることも、おそらくスカウティング通りだっただろう。ただビルドアップを阻害するだけでなく、それを攻撃に繋がる術も明確に実装されていた。

最終的な両チームの走行距離は名古屋109.3㎞に対し、長崎112.0㎞。スプリント回数の比較でみると、名古屋106回に対して、長崎は脅威の141回。特に長崎の前線3人と両ウイングバックに至っては、全員が20回超えである。名古屋の最多が前田の15回だったことから考えても、それがいかに驚異的な数値であったかが理解出来る。試合を振り返れば分かることだが、そのスプリントの多くは矢印が「前向き」のものだ。8月の連戦、名古屋怒涛の快進撃を支えたのは「走り勝つ名古屋の姿」だったが、この試合に関していえば、長崎の走力にも屈してしまった。というより、名古屋は走らせてもらえず、長崎が走り勝てる環境を作られてしまったと表現する方が正しい。

試合を通して終始名古屋の問題点となっていたのは、長崎の対策によってボールの出しどころがなく、ジョーをターゲットとしたフィードが増えたこと。この点に関して、試合後に風間監督はこのようなコメントを残している。

自分たちがリズムを作りながらもスピードを上げすぎてしまった。カウンター攻撃を自分たちで起こさせてしまった

またボールを奪われれば長崎がまず裏を意識的に狙っていたこともあり、最終ラインと中盤の距離感に大きな問題が生じていた。そのギャップを突くことが出来る長崎の両シャドーの存在が厄介で、このエリアで彼等に前を向いてボールを持たれると、必然的に名古屋の最終ラインの矢印は後ろを向いた。名古屋が自分達のサッカーをピッチで表現するために重要な要素「距離感」が、長崎によって破壊されてしまったことがなによりの問題だった。

決して下を向く必要はない

審判のジャッジが大きな話題を呼んだ試合ではあるが、得点シーンを冷静に振り返れば、長崎は狙い通りの3得点、逆に名古屋は個人技による2得点とパワープレーによる1得点である。どちらの出来が良かったかといえば、それは長崎だっただろう。試合を通して両チームによる戦術の応酬というわけではなかったものの、かたや7連勝中のチームと、最下位の現実に苦しむチームである。高木琢也にとっては会心の勝利、シーズンでもベストゲームの一つではなかったか。

ただ名古屋には下を向いて欲しくない。それだけ改善の余地がある、「伸びしろ」があるチームなのだと考えれば、まだまだこのチームの成長過程を楽しめる。J1のチームでこれほどまでに相手を研究し、尚且つ、試合を通してそれを徹底出来るチームは珍しい。だからこそ力比べになれば名古屋の優位性は発揮されるし、逆に長崎の視点でいえば、今回のような戦い方がハマらない相手と対戦した際に、改めてその力量が問われるのかもしれない。どちらにせよ名古屋にとっては当然ながら噛み合わせの良い相手ではなかった。名古屋に足りない部分をしっかり提示してくれた長崎という相手は貴重であったし、厳しい残留争いの真っ只中ではあるものの、「意味のある敗戦」だったと受け止める。まだまだ強くなれるのだと。

なんにせよ、高木琢也という監督がもっと評価されるようになると、このリーグはより良いものになるのではないか。そう思えた試合だった。敵ながら素晴らしい監督だったと記し、今回は締めたいと思う。

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